第15話
次の祝日ーー
キッチンのカウンターから、匂いに釣られたキョーコが顔を出した。
「あら、今日は何作ってるの?」
小鍋でホワイトソースを作りながら、梨花は胸を張った。
「ふっふっふ。ブランチ用のクロックマダムです! コナさんたち、シチューがお好きだったら、これもお好みかも、と思って」
「私も好き♡」
「いっぱい作りますからね、皆さんのぶんも。あれ、仙道さん、五味さんは?」
「仙道さんは朝帰りっぽいね。昨日打ち上げって言ってたから〜。帰ったら食べると思うよ〜。五味っちは、うわさをすれば」
「え? 俺の噂っすか。照れますね」
「起きてこないね〜って」
「あ、そういう……。昨日、デザインが進んで、つい夜中まで」
「珍しい。寝癖ついてるよ」
「まじすか。あ、俺顔洗ってきたら、コーヒー淹れます」
ふたりのやり取りにくすくすと笑って、梨花は言った。
「はい、ありがとう。お待ちしてます」
いつも通りのサラサラ黒髪に戻った五味が、コーヒーを飲んで言う。
「今日、おふたりはあっちに行くんですよね」
「うん」
「そうですね」
「いーなぁ。俺も行ってみたい」
ふむ、と梨花は考える。前から思っていたのだ。あの窓から見える楽しげな街。一度で良い、歩いてみたい……!
それに。
一緒に暮らしていても、梨花と同居人たちは一緒に出かけたことはない。
それぞれの生活する町に通じる「道」は、本人しか通れないから。
もしコナたちの世界にみんなで行けるなら、初めての日帰り旅行みたいで楽しそうだ。
「あっちでの街歩きはできるのかなぁ。聞いておきますね、前に来られてた方のお話」
「うん。できたらで」
「了解です」
「気をつけてね」
ピィ。
「ありがとう。大家さんも」
「任せとけい」
「いや、キョーコさんも気をつけてよ、一応女の子でしょ」
「一応ってなんだよ」
◇
「やっぱり、看病と実家の手伝いで忙しかったみたい。手紙もくれたみたいなんだけど、遅延しててさっき届いた」
てへへと笑うコナの顔は、嬉しそうだ。
「お母さんも、すっかり良くなったって」
「それはよかった」
「ねっ」
ふと、梨花は思いに耽る。
メールも電話もない世界、か。
あるのが当たり前すぎて、考えたこともなかった。
不便だからこそ、思いが繋がったときの喜びは大きいのかもしれないな。
ぽそっと、隣でキョーコがつぶやいた。
「メールとか電話で繋がるとそれでいいやって思いがちだけどさ、お互いの顔を見て気持ちを伝えることを、忘れないようにしたいよね」
「うん。ですね」
深く深く、梨花は頷いた。
「ありがとう。シチュー、ユキも喜んでた」
「よかったです。あ、今日はこちらを」
梨花はアルミホイルにくるんだクロックマダムをコナに渡した。コナとユキとユキのお母さん、三人分。
「美味しかったよぉ」
「えー! いいの? ありがとう!」
「ついでですから」
「そんなこと言わないで。気持ちも嬉しいよ。ありがとう」
ストレートな物言いが、嬉しいようなくすぐったいような。
コナは職人の顔になって、梨花を見た。
「あ、直すもの、持ってきた?」
「これなんですけど。少し欠けちゃってて」
梨花が取り出した桜柄の湯呑みを、コナは白い手袋をしてからそっと触る。
梨花は「そんな高価なものじゃ」と言いそうになって、やめた。
きっと、値段ではない「大切」に対する敬意の表れなのだ。
「これ……」
神妙な顔でコナが言う。
「あ、こういう食器の修理は無理でしたか?」
やはり文化が違うと難しいだろうか。
「ううん、大丈夫。そうじゃなくて」
言いながら、席を外す。
シンクの隣にある食器棚をごそごそしたかと思うと、コナはまた戻ってきた。
「これ」
その手には、桜柄の湯呑み。
「同じ……?」
「本当だ。同じ柄だね」
欠けもない、きれいな状態の。新品ではないけれど、大切に使われていたのがわかる。
コナは言った。
「カヨの忘れ物なんだ」




