第14話
「そんな事が」
仙道が目を丸くして言った。
夕食後のお茶を淹れながら、五味が言う。
「びっくりっすね。獣人たちの服、見てみたいな……尻尾の穴とかどうやって強度付けてるんだろ」
あまりびっくりしてなさそうな顔だけれど。興味のポイントがさすがデザイナー(の卵)だ。
「大家さん、いままでそんな現象見たことある?」
キョーコの問いに、ひよこのようでひよこでない、大家さんは首を捻った。
ピィ……?
どうやら、思い当たらないらしい。
「俺たちも付いて行こうかって言いたいところだけど、女性の部屋に勝手に男を連れて行くのは、まずいよね」
「そうですね」
梨花は頷いた。お店の休憩室とはいえ、だ。
さすが仙道、気配りが行き届いている。
「大丈夫です。コナさん、いい人そうでした」
にっこりと笑って言ったのに、なんだか一様に微妙な顔をされた。
「心配だな」
「壺、買わされたりしないでくださいね」
「大丈夫、私が一緒に行くから。私、お店定休日だし」
「え、えぇ……?」
心配してくれるひとがいるということが嬉しいような、放って置けないと思われている自分が、情けないような。
複雑な気持ちで、梨花は淹れてもらったお茶をすすった。
(あ、そうだ)
おばあちゃんにもらった、湯呑み。
不注意で欠けてしまってからはしまいこんでいたのだけれど、いつか金継ぎに出そうと思っていた、大切な思い出の湯呑み。
(直してもらえるかな)
ダメもとで言ってみようと、梨花は思った。
◇
「まずはシチューよね。お口に合うかしら」
言われたとおり、鶏肉と鮭を入れた。
野菜はにんじん、じゃがいも、たまねぎ、しめじ。
鍋をかきまぜながら、梨花はすぅぅと息を吸い込んだ。
ホワイトソースのあったかシチューは、幸せの匂いがする。
味付けはどうしようか。
「う〜ん。とりあえずシンプルに行くか」
後から味は足せるけど、引くのは難しいからなぁ。
コナの店の休憩室で、三人は座っていた。
出来上がったシチューを口に運ぶコナを、梨花とキョーコが神妙な面持ちで見つめる。
ゆっくりと噛んで、ごくんと飲み込む。
少し考えるような顔をしてから、「美味しい」と、コナは言った。
でも梨花はそのわずかな違和感を、見逃さなかった。
「遠慮なく、言ってください。何か足りませんか?」
「う〜ん。美味しいんだけど、ちょっとだけ何かが違うの。なんだろう、コクというか、うまく言えないんだけど」
申し訳なさそうに言って、パッとすぐに顔を上げた。
「でも、美味しいよ! 本当に」
コク。もしかして。違うかもしれないけれど、試してみる価値はある。
「ちょっと待ってください、すぐ戻ります!」
立ち上がった梨花に、キョーコがお茶請けのクッキーを片手に問う。
「手伝う?」
「大丈夫です! 少し味を足すだけなので!」
「じゃあ待ってるね」
ひらひらと手をふるキョーコに頷いて、階段にむかう。
「どうでしょう?」
階段を上がっただけで息があがる。
運動不足を痛感しながら、持ってきたタッパーを机に置く。
隠し味を足してみた、シチュー。いつも梨花が作っているのは、こっちの味だ。
「そう、これ! 思い出の味だ。美味しいよ」
コナの耳がピンと立った。
猫好きとしては触ってみたい衝動にかられるけれど、全理性を動員しておさえこんだ。
「何を足したの?」
覗き込むキョーコ。
「お味噌です。白味噌を」
「へー! お味噌入れるのね。晩ごはんが楽しみ!」
「キョーコさんは、ご飯にかける派ですか?」
「パンにひたす派〜♡」
「いいですね、昨日仙道さんが買ってきてくれたバゲットがあるし。じゃあチーズを足しても良いかも」
「やだ最高」
「あ、ありがとう。きっと、ユキも喜ぶ」
コナの言葉に、梨花はにこりと微笑んだ。
「いえ。仲直りのきっかけになれば幸いです」
「そもそも、どうしてケンカしたの?」
キョーコが聞くと、コナはしゅんと下を向いた。
「私のせい。言葉が足りなかったんだ。ユキのお母さんが体調が悪そうだから、早く帰ってって言いたかったのに、ユキがいなくてもこのお店は大丈夫、私のお店なんだからって、言っちゃった」
ゆらゆらと、元気なく揺れる尻尾。
「それからもう三日、顔を見てない。店が忙しくて、お見舞いも差し入れもできなかったから、今日はこのあとお店を閉めて、このシチューを持って行ってくるよ」
「もしかしたら、ユキさんは看病で来れないだけかも」
「うんうん。私もそう思う。コナちゃんの気持ちは、伝わってるんじゃないかなぁ」
「ありがとう。リカとキョーコにあえてよかった」
よし、と、キョーコが立ち上がった。
「お見舞いにいくなら、今日はもうお暇しようか。また来るね」
梨花も続く。
「そうですね。直してもらうもの、今度ご相談させてください」
「うん、いつでも! ーーありがとう。行ってくるね」