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第11話 

 おばあちゃんの家には、隠し階段があった。


 外から見ると、少し天井の高い平屋建ての日本家屋なのに、実はニ階が隠れているのだ。屋根裏部屋というには、広い空間が。

 田舎ならではの広い玄関を通り過ぎると、これまた広い座敷があって、その奥には大きな仏壇のある仏間。鴨居の上の方には白と黒のご先祖様たちの写真が、長押にひっかけるようにして、ずらりと並ぶ。

 その先の細い廊下を通り抜けると、裏庭に面した小さな部屋がある。


 普段は使わない部屋だけれど、そこに家族しか知らない秘密があるのだ。

 押入れにしか見えない襖を開けると、階段が現れる。

 少し心細い気持ちで真っ暗な二階を見上げて、襖の内側にある黄ばんだスイッチをぽちりと押すと、ジジジという微かな音と共に、小さな電球にオレンジ色の明かりがともる。


 まるで忍者の秘密基地のようで、子供の頃の梨花はその階段がお気に入りだった。

 一段一段の奥行きはとても狭く、勾配も急すぎて、動物のように四足歩行で手をつきながら登らないといけない。

 そんなところも、スリルがあって好きだった。

 階段をのぼりきると、少し埃っぽい匂いのする空間にたどり着く。

 そこに並ぶのは、古いオルガンやおばあちゃんの若い頃の着物が入った桐箪笥。

 年々親戚の集まりが減って、使わなくなった、たくさんの来客用の食器セットが入った箱たち。

 突き当たりまで歩いていくと、細い細い窓とも言えないようなガラス張りの隙間から、外が見える。

(敵に攻められた時は、ここから矢を放つのだ! ……そんな妄想を、した事もあったなぁ)


 そんな昔の記憶が鮮明に蘇ってきたのは、押入れの中からコトリと音が聞こえたからだった。


 シェアハウスにおける梨花の部屋は、その階段に続く部屋にそっくりだったのだ。


 鶴と松の描かれた、襖の絵柄も。

 記憶の中の古ぼけて黄ばんだ感じはなく、真新しい色だったけれど。


 ただ、押入れの中は、ただの押入れだったはず。

 旅行用のキャリーとか、普段使わないものを入れていたはずだけれど。


 でも、部屋が「できる」のだから、階段だって「できて」もおかしくはない。

 ひとつ深呼吸をしてから、梨花はガラリと襖をひきあけた。




 見慣れたピンクのキャリーケースが鎮座している。

 あたらしく現れた階段に遠慮するかのように、壁ぎりぎりにくっついて。

 そして古ぼけた焦茶色の階段のいちばん下には、何やら木の実のようなもの。

「どんぐり……?」

 にしては、大きい。

 これが、音の原因だろうか。

 丸くて大きいどんぐりだけれど、日本で見る松ぼっくりくらいの大きさだ。

 そろーっと、階段の上を覗き込む。

 暗くて、先がよく見えない。

(スイッチは……たしかこのへん)

 探してみるも、お目当てのものは見つからず、ふむんと梨花は考え込んだ。

 似てるけど、非なるもの。

(相談した方が、良いかも)


 キョーコたちが帰ってきたら、相談しよう。

 それまでは、そっと襖を閉じておこう。

(あ、ちょっと待って)

 もしポルターなガイストさんの仕業だったら、お供物が効いたりなんかしないだろうか。

 仕事のお供にと用意していた豆大福を、階段においてみる。値札もそのままプラ容器に入ったままだけど。まぁ、いいよね。お仏壇じゃないし……。

 どんぐりも元の場所に戻して、襖をゆっくりと閉じる。

 仕事の資料とノートパソコンを持って、梨花は部屋を後にした。


 怖いわけではなかったけれど、皆が帰ってくるまでは居間で過ごす事にしよう。そうしよう。

 決して、怖いわけではないのだけれど。


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