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99.“血濡れの大蛇”②

919号の四本腕から剣撃が繰り出される。

(“剣の舞”を覚えていて正解だったな)

さすがに歌うまではしなかったが、防御特化の“土の舞”により、イアンは919号の連撃を凌ぐ。

ただ、このまま防御に徹したところで勝ち目はないことは理解していた。

イアンはこれまでの戦闘から919号について分析する。

(まず、腕が四本あるのが厄介だ。手数が多い上、軌道を読み辛い。大剣を片手で扱える腕力だけじゃなく、ナイフを振るかのような速さもある。防御に専念してどうにか対応できているが、下手に受ければ剣を折られるな)

919号の攻撃を受け続けた剣は、少しばかり刃こぼれしていた。

まだ耐久力に余裕はありそうだが、あまり長くは持たないだろう。

(対して、俺の攻撃が効かないのがキツいな。魔法は霧散するし、斬撃もろくに通らない。腕お化けも固かったが、919号は段違いだ)

一度試しに、ギルバートの剣技と“火の舞”を組み合わせた攻撃を仕掛けたが、919号の脇腹に当たった刃はまったく通らなかった光景が脳裏を過る。

イアンは攻撃を捌きつつ、反撃の糸口を探る中、ふと考えが浮かんだ。

(…あれを試してみるか)

イアンは一歩退くと、即座にアースウォールを発動する。

土壁はほんの数秒で破壊されたが、その間にイアンは剣を納め、呼吸を整えていた。

四本の大剣が一斉に振り下ろされるが、イアンはそれを回避し、懐に飛び込んで拳を構える。

「破砕拳!」

イアンの拳が919号の胸部を打つ。

一見効いていない様子だったが、少し遅れて919号はふらふらと後退った。

「手応えありだ」

ドリュー曰く、破砕拳は衝撃を伝搬させ、内部から破壊を起こす技。

どれだけ表面が固い相手でも、内側からの攻撃を防ぐ術はない。

しかし、所詮は付け焼き刃。

心臓を狙ったが、一撃では破壊に至らなかったようだ。

イアンは再び距離を詰めると、同じ位置に二発、三発と重ねていく。

もちろん919号が反撃してくるが、鈍った攻撃がイアンに当たるわけもない。

そして、十発以上の衝撃の蓄積により、遂に心臓が破裂し、919号は倒れる。

死亡を確認すると、イアンはその場を後にした。




イアンが919号と交戦する頃、“カラス”はボスとホレスに追いついていた。

「しつこい奴だ。もう一人はどうした?」

「彼にはあの怪物を任せてきた」

「任せてきただって?」

ホラスはこみ上げる笑いを抑えながら語る。

「相手は僕が作った改造人間だよ?改造人間にはモンスターの血を混ぜて、ギフトに匹敵する能力を獲得させているんだ。中でも919号は特別製でね、物理耐性・魔法耐性・筋力強化、他にも数多くの能力を持たせた上、剛腕を二本移植している。つまり!ただの人間じゃ絶対に勝てないんだよ!」

高笑いするホラスを傍目に、ボスが剣を抜いて“カラス”の前に立った。

「それじゃ、お前にも死んでもらうぞ」

ボスが繰り出した剣撃に対し、“カラス”は防御魔法を展開する。

だが、剣が触れると、魔法障壁は一瞬で霧散した。

“カラス”は辛うじて躱すが、仮面に大きく傷が入る。

「驚いたか?この剣は魔法耐性物質とやらでできている。便利なことに、どんな魔法でも消しちまうんだと。“カラス”、お前は確か魔導師だったな?」

「何が言いたい?」

「この剣がある限り、お前は無能ということだ!」

ボスは“カラス”に斬りかかった。

魔法耐性の剣がある以上、魔法による攻撃も防御も意味を成さない。

勢いづくボスの攻撃に対し、“カラス”は回避する他なかった。

しかし、何を思ったのか、“カラス”は土魔法で石礫を放つ。

もちろん、その石礫はボスの剣で粉々にされた。

続けて“カラス”は落ちていた小石を風魔法で飛ばすと、ボスは小石を剣で弾く。

「何の真似だ?こんな攻撃、目眩ましにもならねえぞ?」

「…なるほど。そういうことか」

“カラス”は魔法を発動させ、地面から石柱が飛び出す。

ボスが剣で防御するが、石柱は剣に触れても消えず、ボスを撥ね飛ばした。

「くそ、いってえな…何が起こったんだ?」

「やはり、その剣は魔法で生成した物質は打ち消せるようだが、自然物には効果がないとみえる」

「は?何を言って…」

「理解できないか?つまり、君の負けだ」

“カラス”の魔法により、左右の壁から石柱が飛び出し、ボスを挟み込んだ。

「何だ、これ!なんで消えねえんだよ!」

「その石柱は、この洞窟の壁を魔法で押し出しただけの自然物だ。その剣の効果は発揮されない」

「くそが!動けねえ!」

ボスは頭だけ出した状態で挟まっており、身動きが取れない。

「さて、一つ尋ねたい。これまで殺めてきた人々に謝罪する気はあるか?」

「は?ねえよ、そんなもん。死んだ人間に詫びて何になる?」

「そうか、残念だ…」

“カラス”はそう呟き、ボスの首を落とした。

そして、“カラス”が石柱を元に戻すと、ボスの死体を見たホラスは腰を抜かす。

“カラス”はホラスに近付くと、その胸倉を掴み上げた。

「ひいっ!こ、殺さないでくれ!」

「質問に答えろ。例の毒だが、解毒薬はあるか?」

「ポ、“ポイゾ”は史上最凶の毒なんだ。僕の頭脳をもってしても解毒薬は作れないよ」

「何…だと…?」

“カラス”が愕然としていると、そこにイアンが合流する。

その姿を見たホレスは目を見開いて喚き始めた。

「な、なんで生きている!?919号はどうした!?」

「あれは俺が殺した」

「そんな馬鹿な!ありえない!」

「おい、そいつどうするんだ?」

「…ああ、そうだな…彼にも地獄に落ちてもらおう」

「待って、殺さないでくれ!僕のような天才を殺せば、人類にとって大きな損失になるぞ!?」

「損失?有益の間違いだろう?」

ホラスの命乞いに、“カラス”はひと思いに首を刎ねる。

だが、復讐を果たしたというのに、その背中には悲壮感が漂っていた。

「…よかったのか?」

「ああ、これが最善だった」

「そうか。ところで、さっき聞こえたんだが、解毒薬って何のことだ?」

イアンの質問に“カラス”は口を噤む。

少し逡巡した後、“カラス”は語り始めた。

「…彼らが私の故郷に毒を撒いた話は聞いただろう?」

「ああ、全員亡くなったんだろ?」

「いや、実はたった一人、私の妹が生き延びていたのだ。しかし、一命を取り留めたものの、その身体は毒に侵され、今もなお苦しんでいる。だからこそ、私は“カラス”という仮面を被り、犯人を追った。だが、十年の歳月を費やした結果が、このザマだ!」

“カラス”は感情のままに壁を殴り、頭を抱える。

「これからどうするつもりだ?」

「妹を連れて王国を出る。私は犯罪者の身であるし、国外ならば解毒の方法が見つかるかもしれない」

“カラス”の言葉に、イアンは少し考え込み、口を開く。

「…解毒についてだが、俺に当てがある」

「…それは本当か?」

「まあ、俺の出す条件を呑めばだが…」

「いいだろう。妹を救えるというのであれば、如何なる条件でも呑もう」

「あ、ああ…」

“カラス”に即答され、イアンの方が逆に面食らってしまった。

「ひとまず、先に君の目的を果たすとしよう」

「いいのか?」

「ああ、元々その心づもりだ。協力は惜しまない」

「助かる。先を急ごう」

イアンは“カラス”を連れて、リンダの救出に向かった。

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