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96.行商の旅③

「おお、うめぇ!ミアちゃんの料理は世界一だな!」

一口シチューを食べたドリューがミアを褒めちぎる。

大げさな反応に対して、ミアは苦笑いを浮かべていた。

「ミア殿が困ってるだろ。やめてやれ」

「おいおい、俺は感想を言っただけだぜ。なあ、ミアちゃん?」

マックスが苦言を呈するが、ドリューにはまったく響いていないようだ。

今回の旅において野営をする時には、ミアが食事の用意をしている。

その腕前は一流の料理人並で、ミアの容姿がいいこともあってか、ドリューに言い寄られるのも分からないでもなかった。

二人のやり取りを傍目に、食事を済ませたリンダはマックスに話しかける。

「そういえば、この先で野盗が頻繁に現れるという話を聞いたのですが…」

「ああ、俺たちも組合から通達があった。つい二日前も商人が襲われたらしい」

「その方はどうなったのですか?」

「残念ながら、護衛の奴と一緒に死体で見つかったんだと」

「…このまま進んで、大丈夫でしょうか?」

リンダが不安を漏らすと、一瞬その場が静まり返る。

「大丈夫ですよ」

真っ先に返事をしたのは、ミアだった。

リンダの肩に手を置き、優しく語りかける。

「私たちには“鉄の牙”がついていますし、野盗くらいなら追い払ってくれるでしょう」

「そうだぜ。俺たちに任せてとけ」

ドリューが調子よくミアに賛同する。

その一方で、マックスは渋い顔をしていた。

「…俺の意見としては、ここで引き返すべきだと思う」

「何ビビってんだよ、マックス。“鉄の牙”が勝てないような相手が野盗にいるわけがないだろ?」

「ドリュー、適当なことを言うな。野盗の規模も手口も分からないんだ。進むにしても、まず情報を集めてだな…」

「はあ?これだから堅物は…」

マックスとドリューの間に険悪な雰囲気が流れ出したため、リンダはイアンに話を振る。

「イアン、貴方はどう思う?」

「俺はマックスに賛成だな。護衛も殺されるくらいだ。ただの野盗と思わない方がいい」

「そう…」

イアンの意見を受けて、リンダは目を伏せて考え込む。

そして、しばらくすると、リンダが神妙な面持ちで口を開いた。

「…引き返しましょう。チャールズさん、日程の組み直しを…」

「待って下さい、お嬢様!ここで引き返しては、私たちを待つお客様を失望させてしまいますよ!」

「ミア、確かにお客様は大切よ。でも、命は何よりも優先すべきことなの。責任者として、そこは譲れないわ」

リンダに諭されたミアは眉を顰めたものの、それ以上何も言わなかった。

「“鉄の牙”の皆さんは、それで構いませんか?」

「ああ、俺たちは依頼主殿に従う」

「ありがとうございます。では、明日の早朝に出発しましょう」

“鉄の牙”の面々も頷いて、了承の意を示した。




ミアの作った朝食を食べ、商隊は来た道を引き返し始めた。

野盗の目撃情報がない地域だったが、可能な限り、急いで馬車を走らせる。

そんな緊迫した中でも、ドリューは相変わらずミアに声をかけていた。

「…そういや、ミアちゃん。昨日の夜、何してたんだ?」

「昨日の夜?何の話ですか?」

「ほら、一人で森の中に入っていってたろ?すぐに追いかけたんだが、見失っちまってな」

「それは…」

「馬車を止めて!」

レイラの叫び声で馬車は急停止する。

「どうしたんだ!?」

「…待ち伏せされたみたい」

レイラの視線の先では、数人の男たちが道を塞いでいた。

「数はあれだけか?」

「気配からして、森の中にもっといる。たぶん、最低でも三十」

「そうか…迎え撃つぞ。イアンも手伝ってくれ」

「了解です」

“鉄の牙”とイアンが馬車を飛び降りると、森の中から数十人の野盗が姿を現し、まとめ役の男が声を上げる。

「リンダ・スラットリーはいるか!?大人しく、そいつを差し出せ!ついでに、荷物ももらっておいてやる!他の奴は…逃がしてやってもいいぞ!」

その発言に、野盗たちがゲラゲラと笑う。

下卑た笑い声にマックスたちは険しい表情を浮かべていた。

「あの、ここは私が出た方が…」

「ダメだ。ああいった輩が約束を守った試しはない。それに依頼主を見捨てては、冒険者の恥だ」

「でしたら、この際商品は放棄しても構いません。皆さんの命を守ることを最優先してください」

「分かった。戦闘体勢を取れ!道を切り開くぞ!」

マックスの掛け声で、イアンたちはそれぞれに武器を構えた。

「仕方ねえな…やれ、お前ら!」

まとめ役の号令で、野盗たちはイアンたちに向かって走り出した。

だが、戦闘を走る男にシェリーが先んじて矢を放ち、出鼻をくじく。

続いてマックスとドリューが集団に飛び込み、野盗たちを蹴散らした。

さらに、気配を消したリアムとレイラが腕や脚を斬りつけ、混乱を与える。

また、イアンは馬車の守りを固め、一歩も近寄らせなかった。

「くそっ。全然無力化できてねえじゃねえか。手間かけさせやがって…」

予想以上の抵抗に、まとめ役は苛立たしげに足で地面を打つ。

終始優勢に戦いを進めていたイアンたちであったが、突然、ドリューが何もないところで転倒した。

「何だ?身体が…」

ドリューは身体の自由が効かないようで、起き上がれない。

さらに、リアム・レイラ・シェリーもほぼ同時に倒れる。

「おい!何をやって…!」

その言葉は最後まで続かず、マックスは膝をつき、脂汗を流し始めた。

イアンも手足の感覚がなくなり、馬車に寄りかかって身体を支える。

「やっと痺れ薬が効いたみたいだな。お前ら、護衛の奴らを集めろ」

野盗たちは倒れた“鉄の牙”の面々を乱暴に引き摺っていく。

ただ、マックスだけは気力で立ち上がり、周囲にいた野盗たちを斬り払った。

「俺は、“鉄の牙”のリーダー!金級冒険者、マックス!賊が…舐めるな!」

マックスはふらつく足で、戦い続けようとする。

「きゃあ!?」

その悲鳴にマックスは目を見開き、身体を硬直させた。

なんとミアがリンダの首筋にナイフを当てていたのだ。

呆然としていたマックスは四方八方から剣で刺され、口から血を吐いて崩れ落ちた。

「ミア、いったい何を…?」

「ただの見習いだと思った?私は“血塗れの大蛇”のミア。彼らの仲間よ。ちなみに、朝食に薬を混ぜたのは私」

薄ら笑いを浮かべたミアに対し、リンダは絶望した表情を見せた。

「まったく、あんたの仕事が遅いから、えらい被害が出たじゃねえか」

「急な予定変更だったんだから、仕方ないでしょ。そんなことより、早くこの子を連れて行きましょ」

「それもそうだな。よし、男どもは殺せ。女は、そうだな…好きにしていいぞ」

ミアとまとめ役はリンダを連れて、その場から立ち去っていく。

イアンは霞む視界の中、その後ろ姿に手を伸ばそうとしたが、背後から心臓を貫かれ、意識を失った。

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