95.行商の旅②
商隊は草原地帯を抜け、木々の生い茂る林道に入っていた。
整備のされていない悪路のため、リンダとチャールズが手綱を握り、速度を落として馬車を走らせる。
“鉄の牙”はというと、リアムが先行し、幌の上に登ったレイラと共に索敵を行っていた。
他の面々は二人を信頼しているようで、どっしりと腰を据えて馬車に揺られている。
しばらく何事もなかったが、森の半分を過ぎた辺りでリアムが戻ってきた。
「この先にソニックボアがいる」
「やり過ごせないか?」
「無理だ。道の真ん中に陣取って動きそうにない」
「分かった。馬車を止めてくれ。戦闘準備だ」
“鉄の牙”は馬車を降りると、固まった身体をほぐし、装備の確認を始める。
イアンも同様に準備を行おうとすると、マックスが手の平を向けて制止した。
「ソニックボア程度なら“鉄の牙”だけで倒せる。専属護衛殿の助力は不要だ」
少々棘のある口ぶりだったが、イアンは大人しく馬車に戻った。
“鉄の牙”の先導で大きく曲がった道を進むと、大きな猪のような生物が寝そべって道を塞いでいる。
すると、商隊の存在に気付いたのか、ソニックボアはのっそりと身体を起こした。
立ち上がるとその大きさが強調され、体格のいいマックスが小柄に見えてしまう。
さらに、その牙は丸太のように太く、撥ねられたならばひとたまりもないだろう。
しかし、マックスは大剣を手に取ると、躊躇なくソニックボアへと接近し、剣を振り下ろした。
だが、ソニックボアは巨体の割に俊敏で、マックスの攻撃は避けられる。
怒りの鳴き声を上げたソニックボアはマックスに鼻先を向け、後ろ足で地面を二度蹴った。
次の瞬間、ソニックボアの姿が消え、轟音を立てて道の脇の木々がなぎ倒される。
速すぎてイアンの目でも追うことができない攻撃だったが、マックスは地面に転がりながらも完璧に躱していた。
それ以上にイアンが驚かされたのは、マックスが突進が来るよりも先に回避行動を始めていたことだ。
冒険者としての経験値が成せる技だろうかとイアンが推察していると、体勢を立て直したマックスはソニックボアとの距離を詰める。
マックスの剣が届く前に、再びソニックボアは地面を二度蹴り、その姿が一瞬消えた。
「ぬん!」
金属鎧の鈍い音がしたかと思うと、マックスは突進を正面から受けていた。
しかし、ただ単に攻撃を喰らったわけではなく、マックスは強く踏ん張りをきかせて、地面に深い溝を作りながらもソニックボアの鼻先を抑え込む。
ソニックボアの前進が止まると、シェリーがすかさず矢を放ち、ソニックボアの右目に命中させた。
ソニックボアは鳴き声を上げて暴れ出し、マックスの拘束を振り払う。
だが、死角に回り込んだドリューがすでに拳を構えていた。
「破砕拳!!」
ドリューの拳が頭蓋に叩き込まれ、その衝撃はソニックボアの動きを鈍らせる。
そこに両脇からリアムとレイラが同時に攻撃を仕掛け、足の腱をナイフで切り裂いた。
ソニックボアはたまらず地面に倒れ込み、起き上がることができない。
トドメにマックスが大剣を首に突き立て、戦闘は終了した。
ソニックボアと遭遇してから討伐までおよそ三分。
“鉄の牙”は言葉をほぼ交わしていないにもかかわらず、洗練された連携だった。
上級モンスターを相手に完勝という結果に、“鉄の牙”の実力を甘く見積もっていたイアンはその評価を改める。
マックスは顔についた血を拭うと、リンダに声をかけた。
「依頼主殿、少し時間がかかるが、牙と毛皮を回収していいか?」
「ええ、構いません。もしよければ、商会で買い取りましょうか?状態が良ければ、適正価格に色をつけますよ」
「そいつはありがたい。組合に買い取らせると、手数料やら何やらで取り分が減るからな。ほら、さっさと終わらせるぞ」
“鉄の牙”はレイラとシェリーを護衛に残し、ソニックボアの解体に取り掛かる。
作業は手際よく進められ、十分足らずで素材の回収を完了してしまった。
「どうだ?そこそこ上手く剥ぎ取れたと思うが」
マックスは毛皮を差し出すと、リンダはチェスターを呼び、その場で査定を始めた。
「色・艶ともに良好。目立った傷はなく、手触りも滑らか。適正価格以上の価値はありそうですね。チェスターさん、どう思いますか?」
「概ね、お嬢様と同じ意見です。ただ、これ程の大きさの毛皮ならば、倍の値を付けてもよいかと」
「ありがとうございます。では、牙と合わせて、適正価格の倍値で商会が買い取ります。ただ、今すぐのお支払いはできませんので、依頼を終えた後に精算しましょう」
「ああ、異論はない」
予想以上の金額に、“鉄の牙”は喜びを隠せない様子だった。
牙と毛皮を馬車に乗せると、一行は旅を再開しようとする。
ただ、ソニックボアの死骸はそのまま残されており、疑問に思ったイアンはマックスに問いかけた。
「あの死骸はどうするんですか?」
「埋めるか燃やすかするべきだが、あの巨体だと難しいからな。仕方ないが今回は放置していく」
「それなら、俺が処理します」
イアンは火魔法を発動し、ソニックボアの死骸を数秒で消し炭にする。
一瞬の出来事に、その場にいた一同は目を瞬かせていた。
その後、何度かモンスターに襲われ、イアンが戦闘に参加することもあったが、商隊は無事に森を抜けて最初の村に立ち寄っていた。
リンダたちが村人を相手に商売する間、特にやることのないイアンは遠目からその様子を眺める。
すると、マックスが隣に立ち、おもむろに口を開いた。
「専属護衛殿、聞きたいことがある。ダンという冒険者を知っているか?」
「はい。何度か会ったことがあります。知り合いですか?」
「ああ、あいつが駆け出しの頃に冒険者のいろはを教えてやった。まあ、まさか俺を追い抜いて、頂点に手をかける男だとは思わなかったがな」
マックスは肩をすくめる一方、誇らしげな表情を浮かべる。
「そのダンから聞いた話だが、将来あいつを超えるかもしれない奴が王立学園にいたそうだ。あの時は酔っていたし、正直信じていなかったが、この旅でそれが冗談じゃなかったと確信した」
マックスはそこで言葉を切り、イアンに目を向けた。
「あいつが語っていたのは、専属護衛殿のことだ」
「え、俺ですか?」
「名前を聞いてはいないが、専属護衛殿の剣と魔法の技量からして間違いないだろう。でだ、あいつが認めた男の実力を直接確かめてみたい」
「…となると、模擬戦でもしますか?それなら、“鉄の牙”とも手合わせさせてください。あと、呼び方はイアンでお願いします」
「分かった。では、イアン。お前の力、見せてもらうぞ」
マックスは不敵な笑みを浮かべた。




