94.行商の旅①
出発の朝。
まだ日も昇っていない時間に、イアンはヒマワリ商会の王都支部に足を運ぶ。
支部の前には幌付きの馬車が二台並べられ、その一方に木箱が続々と積み込まれていた。
リンダがその指揮を執っているようで、イアンに気付くと手招きする。
「貴方も商品の運搬を手伝ってもらえないかしら?数が多くて、時間までに終わりそうにないの」
「ああ、分かった。運ぶものは中にあるのか?」
「ええ。壊れやすい品物もあるから、取り扱いは慎重にお願いね」
「了解」
イアンは自分の鞄を馬車の傍に置いて、荷運びに加わる。
支部の中に荷物はまだ半分以上残っていたが、人手が増えたことにより、積み込み作業は予定よりも早く終わった。
「ありがとう、助かったわ。あとは、貴方の装備品を渡しておかないとね」
リンダは従業員に指示を出して、剣と革鎧を持ってこさせた。
イアンはそれらの武具を装着し、試しに剣を抜いてみる。
灯りに照らされた剣は銀の輝きを放ち、イアンの手によく馴染んだ。
ちなみに、剣はネルの父親が製作したもので、イアンの要望を細かに反映した特注品である。
革鎧の方は既製品だが、イアンの体型に合わせて仕立て直しており、動いても違和感がない出来となっていた。
「今更だけど、革鎧でよかったの?」
「ああ。金属鎧は硬いが、重量があるからな。こっちの方が動きやすい」
「へえ、そういうものなのね。鎧といえば、そろそろ護衛の冒険者が来る頃だったかしら?」
リンダは時間を確認し、冒険者たちの姿を探す。
イアンも同じく周囲を見渡すと、こちらに向かって歩いてくる五人組の姿が見えた。
その五人はイアンたちの前で足を止めると、先頭にいた男が話しかけてくる。
「護衛依頼を受けた“鉄の牙”だ。依頼主殿はどこにいる?」
その男はダリルよりも大柄で、全身に金属鎧を着込んでいる。
口調はやや乱暴で、イアンたちを威圧するような雰囲気を纏っていた。
「私がそうです。受注書の提示をお願いします」
臆することなくリンダが前に出ると、男は一瞬眉をひそめたが、受注書を差し出した。
リンダはそれを受け取り、隅々まで目を通す。
「…確かに受注されたようですね。私は商隊の責任者のリンダ・スラットリーと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
「ああ…」
リンダが丁寧にお辞儀をすると、それまでの高圧的な姿勢はどこへやら、男は少し困惑した表情を浮かべた。
「こちらの同行者を紹介します。まず、私の補佐を務める、チャールズです。私が不在の際に何かあれば、彼に相談をしてください」
ふくよかな体型をした初老の男が、にこやかに礼をする。
「次に、見習いのミアです。まだ商会に所属して日が浅く、至らない部分はありますが、ご容赦下さい」
イアンより少し年上と思われる女性が無表情で頭を下げる。
「最後に、私の専属護衛のイアンです。私と同じく王立学園の生徒です」
その肩書きに若干引っかかるところはあったが、黙ってイアンもお辞儀をする。
「では、そちらの皆さんについてもご紹介していただけますか?」
「ああ、分かった。改めて、銀級パーティーの“鉄の牙”だ。俺はリーダーのマックス。個人の階級は金級で、見ての通り、剣士だ」
マックスは背中に携えた大剣を指し示した。
「他の四人は全員銀級だ。まずは、武闘家のドリュー。攻撃力に関しては王都の冒険者でも五本の指に入る」
「よろしくぅ」
ドリューはヒラヒラと手を振る。
その態度の軽さは、カルヴィンに似たものを感じさせた。
「弓使いのシェリー。正確な射撃が売りで、大事な局面で外したことがない」
シェリーはそっぽを向いたまま、視線だけを送ってくる。
ただ、リンダの平らな胸を一瞥して、鼻で笑っていた。
「探索師のリアムとレイラ。双子の兄妹だ。索敵はこの二人に任せておけば間違いない」
「「任せろ」」
双子だからか、息ピッタリに声を揃える。
もちろん顔はそっくりで、髪の長さが同じならば見分けがつかなかっただろう。
「ありがとうございます。それでは、今回の依頼の詳細と行程を説明しますね」
リンダの説明に対し、マックスとリアムが耳を傾ける。
その一方、ドリューはミアに声をかけに行き、シェリーは弓の手入れを始め、レイラは馬を観察して、と冒険者らしく各々が自由に行動していた。
リンダの説明が終わると、マックスが渋い顔で口を開く。
「詳細は理解した。ただ、一つ聞いておきたい。まだ若いようだが、専属護衛殿の実力はどれくらいだ?」
「私もすべてを把握しているわけではありませんが…少なくとも銀級程度の実力はあると思いますよ」
リンダの発言に、冒険者たちの厳しい視線がイアンに集まる。
敵意か対抗心かは分からないが、イアンに対してあまり良い感情は待っていないことは確かだ。
ただ、その場では何事もなく、商隊は定刻通りに出発した。
王都を出た一行は、草原の道を進んでいた。
二台の馬車は縦に列をなし、冒険者たちを乗せた馬車が前を走り、商品を積んだ馬車がその後ろについていく。
前の馬車はリンダ自らが御者を務め、同時にミアへの指導を行っていた。
イアンとチャールズは後続の馬車に乗っており、今はイアンが手綱を握っている。
比較的緩やかな道だったということもあり、チャールズから馬車の扱いを教わり、運転を代わってもらったのだ。
「いやー、イアン殿は飲み込みが早いですな。うちの商会も優秀な者は多くおりますが、この短時間に習得できる者はそうそうおりませんね」
「チャールズさんの教え方が上手いからです。俺は別に優秀というわけでも…」
「またまた謙遜なさって。イアン殿はお嬢様に見込まれたのですから、もっと自身を持ってもいいのですよ?」
「リンダに見込まれるというのはそれ程のことなんですか?」
「はい、もちろんでございます。お嬢様はご兄弟の中で最も商才に恵まれており、品物の価値や他者の才能を見抜く眼をお持ちです。私も元は露天商だったのですが、お嬢様に勧誘され、今や王都支部の副代表を務めております」
「副代表って…チャールズさん、そんなに偉い人だったんですか?」
「いえいえ。肩書きだけで、そう大した立場じゃありませんよ」
イアンの驚いた顔に、チャールズは軽く笑い声を上げた。
「ところで、イアン殿はお嬢様とどういったご関係で?もしや、お付き合いされているなど…?」
「まさか。リンダとは元クラスメート以上の関係はないです」
「そうですか…商会長へのご報告は必要なさそうですね」
チャールズは目を細めて、ぼそりと呟く。
いったい何と報告するつもりだったのか、イアンはとても聞く気にはなれなかった。




