91.魔法科男子の悩み
マイルズがファイアボールを同時に三つ発動し、20m先の的を狙う。
放たれた三つの火球はまっすぐに飛んで行き、それぞれ異なる的に命中した。
「イアン、これ…」
「ああ、成功だ」
「やった!遂にできたぞ!」
マイルズは感情を露わにし、両手を上げて全身で喜びを表す。
「三つの多重発動の習得、おめでとう。この一年、よく頑張ったな」
「ありがとう。諦めずに続けてよかったよ。でも、こんなに難しいとは思わなかったな」
マイルズはしみじみとこれまでの苦労を思い浮かべて、遠い目をする。
魔法三つの多重発動の習得に一年という時間を費やしたわけだが、これは決してマイルズの能力が低かったということではない。
むしろ、マイルズは魔法科でも優秀な部類であり、魔導師としての実力は十分ある。
そのマイルズでさえ習得に苦戦したという事実は、いかに多重発動が高度な技術かということを物語っていた。
「次はどうする?四つも試してみるか?」
「…止めておくよ。たぶん僕の能力じゃ、これ以上は扱いきれない」
「そうか?三つも四つも同じだと思うが…?」
「確認したいんだけど、イアンはいくつまで多重発動できるの?」
「今のところ、完全に制御するなら十。数だけを出すならその倍はいける」
「は…?」
イアンの返答に、マイルズは唖然として言葉を失う。
「…と、とりあえず、他の技術を教えてもらっていいかな?例えば、この前やってた魔法を曲げるやつとか。あれってどうやってたの?」
「あれは、魔力操作の応用だ」
「えっと、どういうこと?」
「いつもの持続訓練でも、ミニアクアに魔力を流し続けて形を維持するだろ?それと同じように、放った後の魔法に魔力を繋いで操作するんだ。まあ、実際に見た方が早いか」
イアンはアクアショットを発動し、二回軌道を曲げて的の中心を撃ち抜いた。
それを魔力可視化の魔法で見ていたマイルズは目を瞬かせる。
「本当に魔力が繋がってる…これ、かなり強くない?」
「いや、そうでもないぞ。まず、通常よりも魔力消費量が多い。操作する分、速度が落ちる。それに、操作できる距離も50m程度だ」
「それでも十分すごいと思うけど…」
「いや、このままだと奇襲くらいにしか使えない。実戦で使うとしたら、あと…」
イアンが改良案の考察を始めた。
それを聞いていたマイルズは神妙な面持ちでイアンの言葉を遮る。
「…イアン、前々から言いたかったことがあるんだ」
「ん、何だ?」
「いい加減、自分の非凡さを自覚した方がいいよ」
「…どういうことだ?」
「多重魔法にしても、魔法の軌道曲げにしても、誰にでも真似できることじゃない。イアンにとって当たり前かもしれないけど、僕らにとっては不可能なこともあるんだ。まあ、何を伝えたいかというと、イアンは紛れもなく天才なんだよ!」
マイルズの昂った声色から、本気でそう信じているのは理解できる。
ただ、これまで幾人もの格上の存在と相対してきたイアンには、自身が天才だと自惚れることはできなかった。
すると、それまで興奮気味だったマイルズは沈んだ表情を浮かべる。
「でも、君を見ていると、自分の平凡さに嫌気が差してくるよ」
「おいおい、そんなことは…」
「君以外と比べたってそうだ。ルシアは早撃ち、ベンジャミン様は上級魔法っていう確固たる強みがあるんだ。僕はただ魔法が使えるだけで、何の取り柄もないんだよ…」
マイルズはいじけたように地面を蹴る。
だが、マイルズがそう卑下する程の人間とイアンは思わなかった。
「マイルズの強みならあるぞ」
「え?本当に…?」
マイルズは少し顔を上げ、期待した目をイアンに向けてくる。
「マイルズの強みは、安定感だ」
イアンの答えにマイルズは明らかにがっかりとした様子を見せた。
「安定感…?何だか地味だね。それ、強みっていえるの?」
「ああ、もちろんだ。マイルズはどんな状況にあっても、魔法の発動速度や威力が乱れないんだ。魔力切れ寸前の状態や危険が迫っている瞬間のような、内的・外的な要因に影響されず、安定した魔法行使ができる。そういう魔導師には安心して背中を預けられるな。もし魔法科の中で相棒を選ぶなら、俺はマイルズを選ぶ」
「…何だか面と向かって評価されると、ちょっと恥ずかしいね。でも、少し自信がついたよ」
マイルズははにかんで、頬をかいた。
しばらく二人で訓練に取り組んでいると、そこにベンジャミンがやってくる。
「マイルズ・オクスリー、イアン。お前たちに相談がある」
唐突な発言に、イアンとマイルズは顔を見合わせた。
「えっと、ベンジャミン様。何の相談ですか?魔法のことならイアンに…」
「違う。魔法に関してならば、僕一人でどうとでもなる。相談したいのは、ルシア・ワイエスのことだ」
なぜルシアの名前が出てくるのか、疑問を投げかける前にベンジャミンは語り始める。
「僕が如何に有能であり、優秀であり、美丈夫であるかは周知の事実だろう。ゆえに、これまで僕に振り向かなかった女性はいなかった。だが、ルシア・ワイエスは違った。この僕がいくら声をかけようが、贈り物をしようが、素っ気ない態度で笑顔すら見せないのだ。そこで、彼女と親しい関係にある君たちに聞きたい。彼女を僕に振り向かせるにはどうすればいい?」
馬鹿みたいな質問だが、ベンジャミンはいたって真剣のようだ。
イアンはため息をついて、仕方なく答えてやる。
「まず、その鼻につく自分語りをやめたらどうだ?正直、聞いていて気分が悪い」
「ちょっ…」
イアンの歯に衣着せぬ物言いに、マイルズは冷や汗をかく。
だが、ベンジャミンは不思議そうに首を傾げた。
「なぜ気分が悪くなる?僕のすばらしさを知れて、君たちも嬉しいだろう?」
「こいつ、冗談だよな…?」
ベンジャミンの自己肯定感の高さに、イアンは呆れを通り越して感心すら覚えた。
「ルシアとの会話を思い出してみろ。何を話したんだ?」
「それはもちろん僕の話を…」
「ルシアの話は聞いてやらなかったのか?」
イアンの問いかけに、ベンジャミンは考え込んだ。
そして、ハッとした表情で頭を抱えた。
「…何ということだ。僕はルシア・ワイエスのことを何も知らない」
「じゃあ、これからはルシアの話も聞いてやれ。相談はこれで終わりだな?」
「待ってくれ。話を聞くにはどうすればいい?」
「それくらい自分で考えろ」
しつこく縋ってくるベンジャミンを煩わしく思っていると、マイルズがおずおずと口を開く。
「あの、僕がルシアとの間を取り持ちましょうか?」
「本当か!?マイルズ・オクスリー、頼りにしているぞ!」
ベンジャミンはマイルズの両肩をがっしりと掴む。
引き攣った笑みを浮かべるマイルズをイアンは気の毒に思うのだった。




