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90.デート

王城前でイアンは一人ぼんやりと佇んでいた。

日は出ているが、冬の空気は冷たく、道行く人々は早足に歩いていく。

ポケットに入れた手が冷えてきた頃、クレアが走ってくるのが見えた。

「待たせてごめんね!準備してたら遅くなっちゃた!」

かなり急いだのか、クレアは息を切らしながら謝罪する。

「俺もさっき来たところだから問題ない。それに、まだ時間前だ」

「あ、本当だ。よかった~」

広場に設置された時計を見て、クレアは胸を撫で下ろす。

ちなみに、イアンは約束の時間の15分前には到着していたが、それをおくびにも出さなかった。

走ったことで乱れた髪を整えるクレアに目を向けると、イアンはある感情を抱く。

「…綺麗だ」

「え?そ、そうかな?」

イアンのほとんど無意識で口にした一言に、クレアは顔を赤らめた。

イアンがそう感じた理由には、衣服がよく似合っているということはもちろんある。

ただ、それ以上に、薄く施された化粧がクレアの魅力を引き上げていた。

「しかし、どうしてそんな余所行きの格好をしてるんだ?俺と出掛けるだけだろ?」

「もう、これからデートするんだよ?オシャレするのは当たり前だよ」

クレアは頬を膨らませ、イアンを指先で小突く。

デートというのは、馬術大会での優勝を祝おうとしたイアンにクレアが望んだことだ。

あまりに欲のない願いに、遠慮しているのではないかとイアンは疑っていた。

だが、今日の気合いの入った姿を見て、クレアが頑なに希望を変えなかったことに納得がいく。

「じゃあ、行こっか。イアン君と行きたい場所がたくさんあるんだ」

クレアは笑顔を見せると、イアンの手を引いて歩き出す。

まずイアンたちが訪れた場所は服飾品店だった。

王都でも有数の規模を誇る店で、老若男女・身分問わず顧客としているらしく、たくさんの人で賑わっている。

クレアが買いたい服でもあるのかとイアンは思ったが、何故かクレアは男物の売り場へ向かっていた。

「ねえ、イアン君は身に付けるなら何色がいい?」

「どちらかといえば、暗い色の方がいいな」

「暗い色…青・緑・黒あたり?柄物はどう?」

「柄物はあまり好きじゃない」

「それなら、単色、多くても二色くらいがいいかな」

クレアはイアンに質問を投げかけつつ、店の奥へと進んでいく。

クレアが足を止めたのは、手袋が陳列された棚の前だった。

「手袋?誰かに送るのか?」

「うん、そうだよ。イアン君、これとこれならどっちがいい?」

クレアは手に取った手袋をイアンに見せ、好きな方を選ばせる。

それを何度か繰り返した後、クレアは最後に手にした手袋を購入し、そのまま店を出た。

自分用のものを買いに来たのではなかったのかとイアンが疑問に思っていると、クレアが手袋の入った袋をイアンに差し出す。

「はい、イアン君。これ、あげるね」

それを受け取って、ようやくイアンはクレアがイアンに贈るために手袋を選んでいたのだと理解した。

「…今日はクレアを祝うための日なのに、俺がもらっていいのか?」

「いいの。これは私からのお礼。イアン君のおかげで、馬術大会にも出られて、優勝までできたんだから。それに…」

クレアはイアンの手を取る。

「イアン君の手、こんなに冷たくなってる。待ち合わせの時、本当はもっと早く来てたんでしょ?」

イアンの嘘は、クレアにはお見通しだったようだ。

「まいったな。こんなにあっさりバレるとは…」

「ふふん。あんまり女の子を舐めない方がいいよ」

クレアは鼻を鳴らし、得意気な表情を浮かべる。

気を遣ったつもりが逆に気を遣われて、イアンは少々気恥ずかしくなった。

「…これはありがたくもらっておく。今使ってもいいか?」

「うん。そのために買ったんだから、使ってみて」

イアンは手袋を取り出し、手に嵌める。

手袋はちょうどいい具体にイアンの手に馴染み、とても温かく感じられた。

それから、イアンとクレアは王都内の店や名所をあちこち回り、楽しい時間を過ごす。

日が暮れ始めた頃、二人は夕食を取るためにある高級レストランに入った。

「…ねえ、イアン君。このお店、結構いいお値段しそうだけど、私そんなに持ってないよ?」

「ここは俺が支払うから、心配しなくていいぞ」

不安そうで小声で尋ねてきたクレアに、イアンは堂々と答える。

実は、事前にリンダに相談し、イアンの懐具合でも支払い可能な店を選定してもらっていたのだ。

席につき、飲み物が運ばれて来たところで、二人は乾杯をする。

「それじゃあ、クレア。改めて、馬術大会の優勝、おめでとう」

「ありがとう。でも、正直まだ実感が湧かないな。他の人たちも皆すごかったから、なんで私が優勝できたのかな?って思うよ」

「そうか?クレアの演技は上手かったし、特に最後の跳躍は印象に残ったぞ」

「それは私もはっきり覚えてるよ。いつも以上にスピルナが跳んだから、ちょっとビックリしちゃった」

「へえ、そんな風には見えなかったな」

「でしょ?頑張って我慢したんだ」

クレアが歯を見せて笑う姿に、イアンも頰をほころばせた。

そうして大会や日常のことなどを話しながら、二人は美味しい食事に舌鼓を打つ。

デザートを食べ終えた後、不意にクレアが話を切り出した。

「そういえば、イアン君のお師匠様ってどんな人なの?」

「…誰から聞いたんだ?」

「レイ君だよ。セシリアさんとの決闘になった時に、お師匠様の悪口を言われてイアン君が怒ったって」

「あのおしゃべりめ…」

レイの人当たりのよい笑みを思い浮かべ、イアンは眉間にシワを寄せる。

「あ、話したくないのなら無理に話さなくてもいいよ」

「いや、問題ない。あまり面白い話じゃないと思うが…」

イアンはマーサについて、蕩々と語り出す。

初めて出会った時のこと、一緒に過ごした日々のこと、魔法を教えてもらったこと。

何年も経っているが、今でも鮮明に思い出すことができる。

そして、不本意な別れ方をしてしまったことまで話し終えると、クレアの目は涙で潤んでいた。

「大切な人と会えなくなるなんて、とても辛いことだよね」

「まあ、そうだな…」

表情を歪めるイアンの様子を見て、クレアは躊躇しつつ声をかける。

「こんなことを聞いてもいいか分からないけど…イアン君はお師匠様のことが好きだったの?」

「ああ、今でも好きだ。この先、師匠以外の誰かを愛せるとは思えない」

「そっか…」

イアンの返事を聞くと、クレアはそれ以降黙り込んでしまった。

帰り道も二人は一言も話さず、学園に着いてからやっとクレアが口を開く。

「イアン君、今日はデートしてくれて、ありがとう。またね」

クレアはさっと振り向いて、小走りで駆け出す。

今にも泣き出しそうな笑顔を見せたクレアを、イアンはただ見送ることしかできなかった。

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