87.学外活動
「ノーマン!そいつを抑えろ!」
「う、うん!」
イアンの指示にノーマンが盾を構え、オークの棍棒による攻撃を正面から受け止めた。
ノーマンとオークの力が均衡を保つ傍ら、イアンはオークの背後に回り込む。
オークがそれに気付いた時には手遅れで、イアンによって首が刎ねられた。
「ダリル、そっちはどうだ!?」
「もう終わる!」
ダリルは対峙していたオークの顎を殴り上げ、その衝撃にオークは白目を剥いて倒れた。
「…これで全部かな?」
「何体か逃げたみたいだが、とりあえずは問題ないだろう。しかし、とんでもない数だったな」
イアンが周囲を見渡すと、辺り一帯にオークの死体が転がっている。
この日、イアンたちは学外活動のためにマクデの森を訪れていた。
学外活動は五年生から解禁されるカリキュラムで、生徒自らに新たな経験・知識を求めさせることで己の才能と向き合わせるという狙いがある。
その内容の例を挙げると、防衛部門ならば対モンスター戦闘、研究部門ならば現地調査、といった具合だ。
活動は個人でも班でも実施が可能であり、申請が通れば最長で二週間の猶予が与えられる。
イアンたちも同様に、班を組んでモンスター討伐の経験を積もうと考えていた。
だが、運悪く、探索中に50を超えるオークの群れと遭遇してしまう。
それ程の数となれば、一度引いて応援を呼ぶべき事案だ。
しかし、遭遇した時点で包囲されており、否応なしに戦闘が始まってしまった。
ただ、オークにとって誤算だったのは、イアンたちが学園でも上澄み、精鋭中の精鋭だったことだろう。
イアンたちは大群を相手に一歩も引かず、逆に全滅に追い込んだのだ。
血で染まった訓練着は戦闘の壮絶さを表し、さすがのイアンも身体が重い。
ノーマンに至っては片膝を着き、肩で息をしていた。
「そういえば、ジョナスは?」
「あそこでまだ戦っているぞ」
ダリルの指差した先には、ジョナスが群れのボスと熾烈な殴り合いを繰り広げていた。
ボスは通常の個体よりも一回り大きく、一撃一撃が重い音を響かせる。
だが、ジョナスは持ち前の頑丈さで攻撃を耐え抜き、ボスに拳を叩き込んでいた。
「あいつ、楽しんでるな」
「悪い癖だ。攻撃もわざと受けてるのだろう」
オークのボスとの戦いはジョナスの求める喧嘩だっただろう。
気分が高揚しているのか、頭から血を流しているというのに、ジョナスの口角は上がり、瞳孔も開いている。
ジョナスの様子に、ボスも若干戸惑っているように見えた。
おそらく、この調子で続ければジョナスが勝つだろう。
だが、この場に充満する血の臭いは他のモンスターを引き寄せてしまう。
これ以上時間を掛けられないと判断したダリルは、ジョナスを催促する。
「ジョナス、早く終わらせるんだ!」
「あぁ!?今いいとこなんだ!邪魔すんじゃねえよ!」
「いい加減にしろ!君が意図的に勝負を引き延ばそうとしているのは分かっている!」
「…ちっ、しょうがねえな」
ジョナスは渋々といった様子でボスの攻撃を避けると、首に腕を回して締め上げた。
ボスはジョナスを引き剥がそうとするが、いくら暴れようとジョナスの腕は外れない。
次第にボスは動きを鈍らせ、泡を吹いて倒れた。
「おい、終わったぞ!」
ジョナスはボスを踏みつけ、声を荒げる。
喧嘩に横槍を入れられ、ジョナスは苛立ちが隠せないようだった。
「まさか絞め殺すとはな。戦友、首を落としてくれ」
「分かった」
イアンは剣を振り上げ、一太刀でボスの首を落とした。
森を出た後、イアンたちは最寄りの街に立ち寄り、オークの群れの出現および討伐を守備隊に報告する。
初めは疑われたが、ボスの首を見せた瞬間、守備隊の態度は一変した。
イアンたちは詳しく聞き取りを行われ、終わった頃には夜になっていた。
その日は街で宿を取ることにし、血を洗い流した後に宿の食堂で夕食にする。
「…さて、明日からはどうする?」
「守備隊の話だと、調査が終わるまで森は封鎖されるんだろ?一度、学園に戻るべきじゃないか?」
「そうする他ないか…初日にオークの群れに遭遇するとは不運だったな」
「でも、生き残れたのは幸運だったと思います」
「それもそうだな。では、明日の朝一に帰還…」
すると、ジョナスが拳をテーブルに叩きつけた。
「帰るって、本気で言ってんのか?俺はまだまだ暴れ足りねえぞ?」
「…ジョナス、はっきり言って、今日の君の行動は最低最悪だ。僕らと連携せず、自分勝手に戦う。さらには、オークのボスに対し単騎で突っ込む。結果的に何とかなったものの、一歩間違えれば全滅もあり得たんだぞ?」
「うるせえな!俺は俺の好きなようにやる、そういう約束だったろうが!」
「時と状況を考えろと言っている!だいたい、君は…!」
ダリルとジョナスが周囲の目も気にせず、言い争い始める。
「あの、二人とも…イアン、止めなくていいの?」
「口喧嘩くらいなら放っておけばいい」
「え、そんな…」
オロオロするノーマンを横目に、イアンは食事を続けていた。
ただ、二人の口論が止まる気配はなく、ますます熱を増していく。
そして、遂にはダリルがテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。
「もう我慢ならない!君を理解させるには力に訴えるしかないようだな!」
「いいぜ!やってやろうじゃねえか!」
ジョナスはテーブルに足をかけ、ダリルに飛びかかろうとする。
だが、イアンは首根っこを掴むと、無理矢理ジョナスを席に戻した。
「おい、何すんだよ!」
「喧嘩なら外でやれ。ここはメシを食う場所だ」
「ちっ…!」
「ダリル、お前も落ち着け。他の客に迷惑だろう」
「ああ、すまない…」
ダリルもゆっくりと腰を下ろすと、水を一気に飲み干す。
怒りを鎮めるように息を大きく吐き出し、おもむろに口を開いた。
「…ジョナス、このままで侯爵家を継げると思っているのか?」
「知るかよ、あんなクソみたいな家なんて」
「侯爵家?」
「ああ、戦友は知らなかったか。ジョナスはラドクリフ侯爵家の唯一の子だ。それゆえに家督を継がなくてはならない立場なのだが、素行にかなり問題があったらしくてな…」
「勘当されたのか?」
「いや、さすがに貴族家において勘当は許されてない。ただ、半分追い出されるような形で学園に入ったと聞いた。多少でも改善されることをラドクリフ侯爵は期待したようだが…」
「まったく変わらなかったわけか」
イアンの視線に、ジョナスは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「同じ侯爵家として、どうにかしたいのだが…」
「まあ、本人が納得しないなら、外野があれこれ言っても意味がない。なあ、ジョナス?」
「…寝る」
イアンの問いかけに応えず、ジョナスは乱暴に立ち上がると、食堂を後にした。




