84.後輩たち
親睦会から一ヶ月。
戦闘科での訓練中、イアンが相手を探していると、意外にも四年生の一人に声をかけられた。
「イアン先輩、今からの訓練、組んでもらっていいですか?」
「いいぞ。名前は?」
「アイリーン・シンプソンです。先日の親睦会の際に不甲斐ない姿を見せてしまったので、再挑戦をさせてください」
「そういえば、一人だけ動けなかった奴がいたな。条件は同じでいいか?」
「いえ、前と同じでは意味がありません。条件はなしでお願いします」
「条件なしだと勝負にならないだろ。まあ、俺に攻撃が掠りでもしたら合格ってことで」
「掠る?一月前ならともかく、私を舐めないでください」
アイリーンは剣を構え、勢いよく駆け出す。
自然体で待ち受けるイアンに対し、アイリーンは臆することなく剣を振った。
それはイアンを前に何もできなかった時から比べれば、目を見張る成長だろう。
しかし、だからといってイアンとの実力差が縮まったわけではない。
アイリーンの初撃をイアンは一歩下がるだけで難なく回避した。
続けてアイリーンは至近距離での突きを放つが、それもまたあっさりとイアンに躱される。
「くっ…!」
悔しげに唇を噛みしめ、アイリーンは必死に攻撃を繰り出すが、剣は空を斬るばかり。
次第に焦りと疲労が蓄積し、動きのキレがなくなり、攻撃も単調になっていく。
そうなると余計に剣は届かず、さらに焦る、という悪循環にアイリーンは陥ってしまっていた。
見かねたイアンはアイリーンの剣を受け止める。
「せっかくだ。最後くらい本気を出してやる」
「え?」
イアンはアイリーンを押し返して自分の間合いを作ると、横薙ぎに剣を振った。
アイリーンは辛うじて反応するが、イアンは息つく暇もなく次の攻撃を仕掛ける。
流れるような連撃にアイリーンの防御は追いつかず、剣が弾き飛ばされた。
「このくらいにしておくか」
イアンが終わりを告げると、アイリーンは愕然としてその場に座り込む。
「ありえない…こんなはずじゃ…」
アイリーンはうわ言をこぼしながら、涙を流し始めた。
すると、アイリーンの肩にアガサが手を置く。
「後輩いじめはそこまでにしておけ」
「人聞きが悪いな。向こうから手合わせを申し込んできたんだが?」
「例えそうでも、女性を泣かせるものではない」
そう言うと、アガサはアイリーンの前に膝をついた。
「アイリーン、よく聞いてくれ。非常に悔しいことだが、イアンは強い。この男と対等に戦えるのは、戦闘科でもごくわずかだ。今回は相手が悪かったと割り切れ」
「でも、自分がこんなに弱いなんて思わなくて…」
「そう悲観するな。確かに今は弱いかもしれない。しかし、己の弱さを受け入れられたならば、これからはきっと強くなれるはずだ。私と共に鍛錬に励み、腕を磨いていこう、アイリーン」
アガサが手を差し伸べると、アイリーンは涙を拭いてその手を取る。
「はい!アガサ先輩、私頑張ります!」
アイリーンはハキハキと宣言し、尊敬の眼差しをアガサに向ける。
いつの間にか蚊帳の外に置かれていたイアンは、ひっそりと別の相手を探しに行くのだった。
翌日。
魔導科では四年生たちの再テストが行われようとしていた。
イアンが直接指導したのは最初の一度きりだったが、この一ヶ月、マイルズとルシアの指導を受け、四年生たちは着実に実力を付けてきたと聞いている。
大岩の前で四年生たちが緊張の面持ちで待っていると、魔法科学生長のメイジー・ハローズが姿を見せた。
「これから再テストを実施します…が、ルールの変更を行います」
唐突な宣言に、集まった観衆からざわめきが起こる。
「魔法行使は一度のみ。制限時間は一分。合格条件は大岩を割ること。以上、変更点は三つです」
その条件は、去年イアンがテストに臨んだ時以上に厳しいものになっていた。
唐突なルール変更に対し、ルシアは慌てて声を上げる。
「ま、待って下さい。その条件はいくらなんでも厳し過ぎるかと思います」
「そうですか?一ヶ月も猶予をあげたんですよ?この程度の試練、乗り越えられますよね?それとも、彼らには不可能だと言うんですか?」
「それは…」
メイジーに言いくるめられ、ルシアは口を噤んでしまう。
「他に異論はないですか?では、始めま…」
「すみません!始める前に作戦会議をしてもいいでしょうか!?」
「…五分だけですよ」
マイルズの勢いに押されたのか、メイジーは渋々その提案を認めた。
指導者二人と四年生たちが集合し、そこにイアンも呼ばれ、作戦会議を始める。
「どうしようか?あの条件を達成するのは相当難しいよ」
「ええ、あの大岩は中級魔法でようやく傷が付けられるものです。それを一撃で割るとなると、上級魔法でないと…」
「上級魔法を使える奴は?」
イアンが四年生たちに目を向けると、誰も手を挙げなかった。
「じゃあ、中級魔法で何とかするしかないな」
「中級魔法で、ってできるの?」
「時間を目一杯使って魔力を限界まで練り上げるんだ。下位の上級魔法程度の威力にはなるだろう」
「確かにそれなら可能性はあります。しかし、実際にやるとなればできるかどうか…」
「大丈夫だろ。魔力の練り上げは十分練習したんだよな?」
四年生たちはイアンの問いかけに大きく頷いた。
「じゃあ、あとは魔法の選択だ。自分が使える魔法で一番貫通力の高い魔法を選べ。範囲型よりも集中型の魔法がいい」
イアンの助言で、各々何の魔法を使用するかを決め、作戦会議を終える。
「時間です。テストを開始します」
メイジーの宣言でテストが始まった。
最初は四年生の中では一番実力が高いウォルト・マットンが挑戦する。
「始め」
開始の合図があると、ウォルトはすぐに魔法を撃たず、魔力の練り上げを行う。
ただ、30秒もそれを続けると、周囲がざわつき、野次が飛び始めた。
それでも指示通り、ウォルトは練り上げを継続する。
残り十秒となったところで、ウォルトはようやくファイアランスを放った。
魔法は大岩の中心に命中し、大きく亀裂を走らせた。
「…ウォルト・マットン、合格です。次」
メイジーは一切表情を変えず、合格を言い渡す。
そして、他の三人も見事大岩を割り、全員が試練を乗り越えることができた。
終了後、皆で喜んでいると、メイジーが声をかけに来る。
「四年生の皆さん、テスト合格おめでとうございます。正直、全員が達成するとは想像していませんでした。この短期間でよく成長しましたね。マイルズ、ルシア。彼らを貴方たちに任せて正解でした。これからも頼みますよ」
小さく笑みを浮かべ、メイジーは演習所から去って行った。




