82.度胸試し
「さて、新四年生の諸君!ようこそ、我らが戦闘科へ!」
エリックから学生長の立場を引き継いだサイモン・ホートリーが前に立ち、新四年生へと言葉をかける。
イアンたちの学年は一つ上がり、今年もまた親睦会が開かれていた。
四年生たちを前に五・六年生が乱れなく整列しているが、それは後輩を威圧するためではなく、練度の高さを示すためのものだ。
サイモンとしては、去年エリックが目論んだような後輩いびりをするつもりはなく、後輩を温かく迎え入れたいという想いがあるらしい。
そのため、今年は戦闘科の有志により、親睦会に向けて入念に準備をしてきたそうだ。
また、去年までは参加は任意だったが、今回は全員参加必須とサイモンからお達しがあったため、イアンも歓迎の列に加わっていた。
「さて、早速親睦会を始めたいんだけど…今年はこれで全員?十人もいないよね?」
その場にいる四年生は九名。
イアンたちの時が30を超えていたことを考えると随分少ない。
すると、一人の四年生が恐る恐る答える。
「名簿は確認しましたが、この場に全員いるのは間違いないです」
「そうなんだ。戦闘科でこんなに人数がいないって珍しいね。何か知ってる?」
「えっと、おそらく僕たちが一年だった時の“狂犬”事件が原因かと…」
「ああ、伯爵令嬢がボコボコにされた件だっけ?」
「はい。あの事件以来、僕たちの間で“狂犬”は…きょ、恐怖の対象なんです。それで、その…」
「話はだいたい見えたから、そこまででいいよ。要するに、“狂犬”がいる戦闘科を避けたということだね?」
サイモンの問いかけに、その男子生徒は小さく頷く。
四年生たちに目を向けると、確かにベリンダの取り巻きだった男子生徒たちもいないようだった。
「当事者としてはどう思う?」
サイモンから話を振られたイアンは咳払いして口を開く。
「別にどうも思いません。あの程度のことでビビるような人間は、むしろ来ない方がいいです」
ベリンダを半殺しにしたことは、イアンにとって大したことではなく、むしろ殺さなかっただけマシという認識だ。
しかし、現場に居合わせた者はそうは思わず、その時の状況をかなり誇張して伝えていたことをイアンは知らない。
「なかなか強気な発言だね。でも、僕もそう思う。腰抜けは戦闘科にはいらない」
穏やかな口調ではあるが、サイモンは厳とした雰囲気を漂わせていた。
「ということで、ここにいる君たちは戦闘科に相応しい勇気ある人間だ!皆、彼らを大いに歓迎しようじゃないか!」
サイモンの呼びかけに応えて、自然に拍手が湧き起こる。
「よし。それじゃあ、場も温まってきたところで、親睦を深めていこうか。でも、少し予定を変更しようかな。イアン、出てきて」
突然の指名ではあったが、イアンは特に何も言わず、サイモンの隣に立った。
イアンが出てくると同時に、四年生たちは若干後退る。
「四年生諸君、安心するといいよ。この通り、モンスターとは違って、彼が見境なく誰かを襲うことはない…ないよね?」
「ないです。俺を何だと思ってるんですか?」
「まあまあ。そんなキツい目つきだと、四年生と仲良くなれないよ?」
イアンが四年生に視線を送ると、心なしか、先程より距離が遠くなったように思えた。
「…で、何をするつもりですか?」
「ちょっとした度胸試しだよ」
サイモンは小さく笑みを浮かべて、四年生たちに声をかける。
「今からやるのは実に簡単なことだ。この“狂犬”として悪名高いイアンに、一人ずつ攻撃を仕掛けてもらう」
サイモンの言葉を聞いた瞬間、四年生たちは分かりやすいくらいに青ざめた。
余程、イアンのことが怖いのだろう。
「ただし、普通に攻撃したところで返り討ちにされるのは目に見えているし、いくつか条件を付けるよ」
サイモンは指を立てる。
「一つ、合格条件は攻撃を仕掛けること。当たらなくてもいい。ただ、わざと当てないようにするのはダメ。二つ、攻撃を仕掛ける前にイアンに触れられたら失格。三つ、イアンからの攻撃は禁止。防御・回避はしていいよ」
「俺の縛りがキツくないですか?」
「君なら問題ないでしょ?それに、これは単なる勝負じゃない。四年生のトラウマ克服のためにやるのだから、勝ちにいこうとしちゃいけないよ」
「…了解です」
「じゃあ、誰からやる?」
「…僕がやります」
四年生たちはお互い顔を見合わせた後、先程声を上げた男子生徒が名乗り出た。
「最初に行動しようとする心意気はすばらしいね。名前は?」
「アイザック・ハミルトンです」
「じゃあ、アイザック。前に」
アイザックはイアンの前に立ち、剣を構えた。
ただ、緊張のためか、呼吸は荒く、剣を持つ手も震えている。
しかし、ここで手心を加えれば、アイザックのためにならない。
そう考え、イアンは剣を抜くと同時に、殺気を放つ。
その圧にアイザックは息を呑むが、イアンから目を逸らすことはしなかった。
「それじゃあ…始め」
サイモンの合図があったが、アイザックは僅かに身体を動かしただけで、一歩も前に出ない。
いつまで経っても仕掛けてこないため、イアンからアイザックの方へ向かうことにした。
距離を詰めていくと、予想通り、アイザックの表情は恐怖が多くを占めている。
だが、それに打ち勝とうという意志もわずかながら感じられた。
そして、お互いの剣が触れ合う位置まで近付いたとき、ようやくアイザックが剣を振り上げる。
「はあああああ!!」
アイザックは雄叫びを上げながら、イアンに斬りかかった。
ただ、渾身の剣はイアンにあっさりと受け止められる。
「そこまで。アイザック、お見事。合格だ」
サイモンの宣言を聞くと、力が抜けたのか、アイザックはその場に座り込む。
極度に緊張していたせいか、滝のように冷や汗が噴き出していた。
そこにイアンが手を差し伸べる。
「今の一撃は悪くなかった。ただ、次はもう少し早めに仕掛けてくれ」
「…はい。ありがとうございます」
アイザックはイアンの手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
すると、先輩たちから拍手が送られ、アイザックは恥ずかしげに頭を下げた。
その後、イアンが四年生全員と対峙した結果、攻撃を仕掛けることができたのは、アイザックを含めた八名。
あと一人はイアンが目の前まで近付いても動くことができなかった。
しかし、四年生たちのイアンへの印象は、得体の知れない恐怖から理解できる畏怖に上書きされたようで、狙いが上手くいったサイモンは満足げな様子を見せる。
その後の催しは滞りなく進められ、四年生たちは快く戦闘科に迎え入れられたのだった。




