80.誕生パーティー②
ベレスフォード家が去った後も貴族たちの挨拶は途切れることなく続いていた。
今夜のパーティーに招待されているのは伯爵位以上の貴族であり、イアンが顔を知っている学園生もそこそこの数がいる。
その誰もがイアンを見つけて面食らう姿に、ディアナはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
その表情から、自分を護衛にしたのはこれを見たいがためだったのだろうとイアンは何となく察する。
百近い貴族がディアナに祝いの言葉を送り、残り数組となったところで、ある男が一人でサイラスとディアナの前に現れた。
「伯爵位を授かっております、チャド・トウニーと申します。本日は姫殿下が誕生なさってから十年の節目を共に祝福する機会を設けて下さり、感謝いたします。姫殿下の健やかなるご成長をお祈り申し上げます」
「ありがとうございます、トウニー伯爵。お祝いしていただけて嬉しく思いますわ」
声を掛けられたことでチャドがディアナに視線を移した際、ほんの一瞬イアンと目が合う。
チャドの眉がピクリと僅かに歪んだ気がしたが、すでにサイラスと会話を始めていた。
「ところで、今日は一人か?」
「はい。生憎、妻は体調を崩しておりまして」
「そうか。ならば、後で見舞いの品でも贈ろう」
「陛下のお心遣い、感謝いたします。しかし、大した病ではないため、お気持ちのみいただきたく存じます」
「ふむ。そういうことであれば、健康くらいは祈らせてもらおう」
「妻にもお心をかけてくださるとは、この上ない幸せでございます」
チャドは恭しく頭を垂れる。
すると、不意にディアナが首を傾げ、チャドに向けて口を開いた。
「ねえ、貴方は誰?」
ディアナがそう問いかけた瞬間、ニールがチャドの喉元に剣を突きつけた。
イアンを含めた護衛もサイラスとディアナを守るように陣取る。
「貴様、何者だ?」
「な、何をおっしゃっているのですか?私はチャド・トウニーでございます」
「姫殿下、この男がトウニー伯爵でないとご判断した理由をお聞かせ願えますか?」
ニールの質問にディアナはさらりと答える。
「だって、伯爵の奥様は三年前に亡くなっているのよ。それなのに、奥様が病気だという話が出てくるなんておかしいでしょう?」
「それは、最近再婚したばかりで…」
「そんなはずないわ。王国法において、貴族は婚姻を王族に報告する義務があるのだけれど、私は何も聞かされていないのよ。それに、伯爵は亡くなった奥様を大変愛していらして、再婚する気はまったくないと二年半前にご自身で言っていたわ。他にも…」
スラスラと挙げられていく証言に、チャドは口を噤んだ。
なぜ一貴族の事情をそれ程に述べることができるかというと、ディアナが並外れた記憶力の持ち主であるからだ。
特に人物に関する情報は顔・名前だけでなく、性格・癖・経歴なども含め、事細かに覚えられるらしい。
ただ、ディアナの能力は本人ですら自覚しておらず、偶然気付いたイアンがそれを利用した計画を立てたのだった。
ディアナが話し終えると、チャドは小さく笑う。
「…これは参った。まさかお姫様に見破られるとは」
「やはり、貴様が“カラス”か。本物のトウニー伯爵はどこにいる?」
「パーティー中止の書状を渡したので、今頃は領地に戻っているだろう」
「用意周到だな。さあ、大人しく拘束されろ」
ニールが“カラス”を拘束しようと手を伸ばす。
「おっと、そう簡単に捕まるとでも?」
次の瞬間、“カラス”から白煙が噴き出し、あっという間に室内を満たした。
イアンは咄嗟に息を止め、ディアナの口を塞いだ。
そのままディアナを抱え上げ、窓を破って外に脱出する。
会場は三階の高さだが、転がって着地の衝撃を逃がしたため、二人とも無傷だった。
「い、いったい何が?」
「“カラス”の攻撃です。まさかあのような手段を持ち合わえているとは…」
「お父様や他の方々はどうなったの?」
「あれが毒ガスだとすれば、おそらくは…」
イアンが首を横に振ると、ディアナは青褪めて手で口を覆う。
そこに黒装束を纏った“カラス”が下りてきて、イアンに拍手を送った。
「すばらしい反応だ。あの状況下で逃げおおせるとは思わなかったよ」
「さっきのガスは何だ?あの場にいた全員を殺したのか?」
「いいや、不要な殺しは主義に反する。あれは、吸えば三時間ほど夢を見るだけの催眠ガスだ」
「それなら、皆生きているのね」
ディアナは安堵の息を漏らす。
「姫殿下、皆が無事だということは朗報ですが、俺たちの状況は最悪です」
「その通り。さあ、“精霊の瞳”を渡してもらおう」
“カラス”が手を差し出すが、イアンは剣を“カラス”に向けた。
「…当然の反応か。では、少々手荒にいくとしよう」
予備動作なく“カラス”がウィンドバレットを放つが、イアンは即座に反応して同じ魔法で打ち消した。
「ほう、また一段と成長したようだ。これならどうだ?」
“カラス”による魔法の連射に対し、イアンはアースウォールで防御した。
すると、今度は壁を回り込んで魔法が飛んでくる。
視界の外からの攻撃に、イアンはどうにか魔法を放って相殺させた。
回避という選択肢もあったが、ディアナが背後にいる以上、それは選べない。
ただ、残りの魔力を考えると、魔法での迎撃にも限界がある。
そこでイアンはアースウォールを解除すると、“カラス”との間合いを詰め、連撃を繰り出した。
防御魔法に阻まれるが、“カラス”の攻撃は止まる。
イアンが実行しようとしたのは、圧倒的な攻撃量を誇る、ダンの戦いの再現だ。
しかし、残念ながら、剣一本のイアンと双剣のダンでは攻撃の密度が違った。
「惜しかったが、ここまでだ」
余裕のできた“カラス”は防御の傍ら、イアンに至近距離で魔法を放つ。
動き続けるイアンにその攻撃を防ぐ手立てはない。
そう思われたが、イアンの取った行動に“カラス”は目を疑った。
なんと剣を振りながら、イアンは魔法を発動したのだ。
ただ、“カラス”の魔法を相殺するには至らず、イアンはディアナの傍まで吹っ飛ばされる。
「…驚いた。不完全とはいえ、そのようなことが可能なのか…しかし、その怪我ではもう戦うことはできまい」
立ち上がろうとしたイアンだったが、大量の血を吐いて倒れ伏す。
その横を通り過ぎ、“カラス”はディアナの前に跪いた。
「さあ、お姫様。 “精霊の瞳”を渡していただけますか?」
「…分かりました」
ディアナは首飾りを外そうと、手をかけた。
「うおおおっ!」
そこに叫び声を上げながら、ニールが降ってくる。
ニールは勢いのまま剣を振り下ろし、“カラス”を飛び退かせた。
「ニール!そいつを足止めしろ!」
さらにランドルフが駆けつけ、“カラス”を挟み撃ちにしようと試みる。
「…君がいるとどうにも上手くいかないな」
“カラス”はイアンを一瞥すると、煙幕を放ち、姿を眩ませた。




