79.誕生パーティー①
ディアナの誕生パーティー当日。
夕暮れ時になると、招待された貴族たちの馬車が続々と王城に到着する。
その様子を窓から横目で見ながら、イアンはディアナの部屋の前で待機していた。
「イアン。念押ししておくが、いくら姫殿下が心を許しているとはいえ、近衛兵としての立場を忘れるなよ?」
「了解です」
隣に立つニールから釘を刺され、イアンは背筋を伸ばした。
イアンは今、ディアナの護衛としてこの場にいる。
そうなった経緯だが、イアンがやったことといえば、ディアナにお茶会に招かれ、学園での出来事などを話したくらいだ。
しかし、何をもって気に入られたのか、その帰り際にディアナ本人がイアンを護衛として指名してきたのだ。
ここで補足しておくが、近衛兵団の人事権を持つのは団長・副団長であり、ディアナには護衛を選ぶ権限はない。
ゆえに、近衛兵団はディアナの要求を断ることもできたのだが、ランドルフの独断により、イアンはディアナを護衛することになった。
ただ、非正規の近衛兵であるイアンは正式な護衛にはなれないため、ニールが護衛に任命され、その補佐として帯同する形を取っている。
小一時間ほど待った後、ドレスで着飾ったディアナが姿を見せた。
「待たせたわね」
「いえ、我々は問題ありません。ただ、パーティーが始まる時間が迫っていますので、少しばかりお急ぎを」
「そういうことなら、早く“精霊の瞳”を取りに行かないとね」
ディアナはドレスをたくし上げ走り出そうとする。
しかし、専属侍従がその肩を掴んで、制止した。
「姫様、本日は臣下の方々がたくさんご来訪されております。彼らの忠誠に応えるためにも、王族としての振る舞いをなさってください」
「…はーい」
ディアナは渋々といった返事をして、お淑やかに歩き出す。
イアンはここ数日、ディアナの傍にいたが、ディアナは姫にしては随分お転婆だった。
だからこそ、真逆な態度を見せるディアナが別人のように思えた。
宝物庫に着くと、ディアナ一人で中に入っていく。
以前にイアンが宝物庫を訪れた際、宝物庫に近付こうとしても見えない壁に阻まれ、扉にすら触れられなかった。
それを考えれば、本当に王族だけしか結界を通ることはできないらしい。
五分ほど経ち、ディアナが戻ってくると、虹色に輝く宝玉があしらわれた首飾りを身に着けていた。
「どう?これが“精霊の瞳”よ。きれいでしょ?」
ディアナが自慢げに首飾りに付いた宝玉を見せつける。
聞いた話によれば、“精霊の瞳”は迷宮から発見された古代の遺物であり、壊すことはおろか傷つけることもできない、唯一無二の代物らしい。
“カラス”が狙っているということで模造品を準備する案もあったが、『王族が偽物であってはならない』という国王であるサイラスの一声で本物を使用することになった。
うっとりと “精霊の瞳”に見惚れるディアナに対し、イアンとニールは周囲への警戒を最大限にする。
“精霊の瞳”が宝物庫から出された瞬間から、いつ“カラス”に襲撃されてもおかしくないのだ。
ディアナの前をニール、後ろをイアンが固めて、パーティー会場へと移動する。
会場の扉の前ではサイラスが待っており、その傍には近衛兵団団長とランドルフの姿もあった。
「お父様、お待たせいたしました」
ディアナが恭しく淑女の礼をすると、サイラスは頬を緩ませる。
「ディアナ、ドレスも首飾りもよく似合っているよ」
「ありがとうございます」
すると、サイラスはイアンに鋭い視線を向けた。
「そちらの者は?」
「王立学園に在籍するイアンといいます。本日、私と共に姫殿下をお守りいたします」
サイラスの質問にニールが代わりに受け答えをする。
「ああ、ランドルフが言っていた者か。娘を頼むぞ」
「了解しました」
サイラスの威圧的な声にイアンは即座に敬礼をする。
「では、行こうか」
サイラスが腕を差し出し、ディアナをエスコートする。
会場警備の近衛兵たちにより扉が開けられると、それまで歓談していた貴族たちが口を閉じ、一斉に注目を向けた。
「サイラス国王陛下、ディアナ姫殿下のご入場です!」
その声で貴族たちは両脇に寄り、サイラスとディアナの前に道ができる。
二人は会場の奥に設置された玉座へと、ゆっくりと歩を進め始めた。
イアンたち護衛の面々も周囲に目を配りながら、その後ろに付き従う。
「なんと美しい…」
「国王陛下の凜々しさも垣間見えるな」
「まだ齢十歳とは思えませんね」
「兄君がお元気ならば、さぞかし喜ばれただろうに…」
貴族たちがヒソヒソと会話を交わす。
耳にした限りではディアナに対する敵意のようなものはなかった。
二人が玉座に着くと、サイラスは貴族たちに向けて声を発する。
「皆、今宵は我が娘、ディアナのためによく来てくれた。この通り、ディアナは健やかに育ってくれた。これも臣下の皆の支えがあったおかげだ。ここに感謝の意を示す。ありがとう」
サイラスの感謝の言葉に、貴族たちから感嘆の声が漏れた。
「では、乾杯はディアナに執り行ってもらおう」
ディアナが一歩前に出て、杯を掲げた。
「皆様、今日は私の誕生パーティーにお越しいただき感謝いたします。どうぞ、存分にお楽しみ下さいませ。それでは、王国のさらなる繁栄と発展を願って…乾杯!」
乾杯後、会場では演奏と社交ダンスが始まり、和やかな雰囲気に包まれた。
王族の二人が玉座に座ると、そこに宰相が家族を伴って挨拶に訪れる。
軽く言葉を交わして宰相たちが下がると、次に来たのはベレスフォード公爵家だった。
チェスター以外は揃っているようで、セシリアがディアナの傍に控えるイアンを見つけて、表情を引き攣らせる。
それに気が付いたディアナがセシリアに声をかけた。
「あら?セシリアさん、どうかしましたか?」
「失礼いたしました。思わぬところに学友がいたもので…」
「そういえば、貴女も王立学園の生徒でしたね」
「僭越ながら、お尋ねいたします。なぜ彼がこの場にいるのでしょうか?」
「それは、イアンが私の護衛だからですよ」
「えっ!?」
セシリアにしては珍しく声を上げて驚く。
「姫殿下、口を挟むことをお許し下さい。セシ…彼女に説明をしたく。あと、少々口調を崩してもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ」
ディアナに許可をもらったので、イアンはセシリアに話しかける。
「事情があって、一時的に近衛兵団に所属することになった。それでいろいろとあって、姫殿下の護衛をしている。以上だ」
「あの、説明はそれだけですか?」
「詳しいことは学園に帰ってから話す。今はそういうものだと思ってくれ」
「はあ…」
困惑した表情を見せるセシリアに、ディアナは苦笑するのだった。




