78.近衛兵団
ランドルフたちが来訪した数日後、近衛兵団からイアンに召集がかかる。
指定の日時にイアンが王城前に足を運ぶと、ニールが仁王立ちして待ち構えていた。
「…時間通りだな。ニール・ペイトンだ。お前の案内を任されている。ついてこい」
ニールは正面の門には入らず、城壁沿いを早足で進んでいく。
城の裏手に回ると、何の装飾もない金属製の門があった。
そこにいた門番がニールに気付き、手を振ってくる。
「よう、ニール。相変わらずの仏頂面だな。そんな顔してたら幸せが逃げちまうぞ」
「余計なお世話だ。こいつの入城手続きをしてやってくれ」
「ん?初めて見る顔だな?」
「王立学園の生徒だ。しばらく近衛兵団で面倒を見ることになった」
「了解。じゃあ、こっちに…」
イアンは必要な書類を記入し、門をくぐる。
城壁の内側に入るのはイアンにとって初めてのことであり、裏からではあるが間近に見る王城は壮観だった。
その傍に併設された古びた建物が近衛兵団の詰め所とのことだ。
詰め所に入ると、まず更衣室へと向かい、そこでイアンは近衛兵団の制服に着替えるよう指示を受ける。
イアンが着替え終わると、ニールに舌打ちされ、制服を整えられた。
ニールは若干苛立っていたものの、淡々と詰め所内の案内を始める。
建物の外観の割に設備が充実しており、学園と比べても遜色はなかった。
大方の施設を見て回った後、時間を確認したニールはイアンをランドルフの執務室に連れていく。
「よく来てくれた。その制服もなかなか似合っているじゃないか」
白い制服に身を包んだイアンを一瞥し、ランドルフは満足そうに頷く。
「さて、君はこれより近衛兵団の一員となる。したがって、通常の任務はもちろん、訓練や寝食も共にしてもらう。詳しいことはニールに教わるといい」
「私が彼の教育係になるのですか?」
「ああ。君は中途半端なことはしない男だ。新人を任せるには丁度いい」
「…了解しました」
ニールは渋々といった様子で承諾した。
先日の手合わせの件で、思うところがあるのかもしれない。
「あの、質問してもいいですか?」
「ああ、何でも聞いてくれて構わない」
「ありがとうございます。見たところ、“カラス”への対策をあまりしていないようですが、問題ないのでしょうか?」
「今のところは問題ない。“精霊の瞳”は現在、強力な結界が張られた宝物庫に収められている。そして、結界を通ることができるのは王族のみだ。いくら“カラス”といえども侵入することはできまい」
「確かに結界を破るのは無理ですね。しかし、“カラス”の襲撃を警戒しているということは、対象を宝物庫から出す予定があるのですか?」
「その通りだ。二週間後、“精霊の瞳”が宝物庫から持ち出される日がある。それがどのような日か分かるか?」
「…王族に関連する日だというのは想像できますが、それ以上は…」
「では、教えるとしよう。我々、いや、この国にとって記念すべき日だ。その日というのは…」
「姫殿下の十度目の誕生日だ」
ランドルフの言葉の溜めに被せて、ニールが台詞を奪った。
しばらく固まっていたランドルフは、咳払いをして口を開く。
「…そのせっかちなところが君の唯一の欠点だな」
「副団長がもったいぶるからです。伝達事項は簡潔にお願いします」
「耳の痛い言葉だ」
ニールの物怖じしない発言に、ランドルフは肩を竦める。
「さて、気を取り直して…二週間後に催されるパーティーに、姫殿下が“精霊の瞳”を身に付けてご出席なさる。“カラス”が狙うならば、間違いなくそこだ」
「なるほど。二週間もあれば、何らかの対策を立てられそうですね」
「心強いな。ぜひとも知恵を貸してくれ」
ランドルフはイアンに期待の目を向けた。
「もう一つ質問をしてよいですか?」
「何かな?」
「金級冒険者のダンは招集しなかったのですか?俺はダンが“カラス”と互角に戦うのをこの目で見ました。ダンならば“カラス”に対抗できる戦力になるはずです」
「ああ、君もダンを知っているのか。もちろん、彼も呼ぶつもりだった。しかし、彼は迷宮の攻略に忙しいようで、組合を通して断られてしまったよ」
「そうですか…」
「まあ、無い物ねだりしても仕方ないことだ。持ち得る手札で、“カラス”を迎え撃つ。二人ともいいな?」
「「了解しました」」
ランドルフとの面会を終えた後、イアンは他の近衛兵たちとも顔合わせし、早速訓練に参加するのだった。
それから一週間、イアンは徹底的に訓練と教育を叩き込まれる。
訓練の方は特に問題なかったものの、教育において、平民であるイアンは貴族の慣習や礼儀作法などの習得にかなり苦戦した。
ニールの厳しい指導によって何とか様になったところで許可が出され、警備任務で王城へと足を踏み入れる。
任務の一環として、巡回の経路と部屋の配置を教えられるが、王城の広さに半分も覚えられない。
そうこうしながら、王城の中を巡回していると、前方から少女が一人で歩いてくるのが目に入った。
その少女に対し、ニールが敬礼を行ったため、イアンもそれに続く。
「あら、ニール。ご苦労様ね」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。姫殿下におかれましても、お変わりなく何よりです」
「ふふ、相変わらず固いわね。ところで、そちらの方は?」
少女がイアンの顔を覗き込んでくる。
「彼は王立学園の生徒です。訳あって、しばらく近衛兵団で預かることになりました」
「そう。私は王姫のディアナ・アレクサンダーよ。貴方のお名前は?」
「イアンと申します」
「初めて見るお顔だけれど、どこのお家の方かしら?」
「姫殿下、彼は平民ですので家名は持ちません」
「そうなの?道理で覚えがないと思ったわ。あ、でも、王立学園の平民って聞いたことがあるような…」
ディアナは顎に手を当てて考え込む。
そして、何かを思い出したのか、手を打ち鳴らした。
「もしかして貴方、社交界で噂になっていた“狂犬”さんかしら?」
「…はい、その通りです」
怖がられるかと思ったが、むしろディアナはイアンへ好奇心に満ちた視線を送る。
「まあ!それはぜひお話を聞きたいわ!お茶やお菓子は何がお好き?」
ディアナがイアンの手を取り、引っ張っていこうとする。
たが、それをニールが制止した。
「姫殿下。申し訳ありませんが、今は職務中ですので…」
「えー、少しくらいいいじゃない」
「少しでもダメです」
イアンを放っておいて、二人の押し問答が始まる。
侍従が大慌てでディアナを探しに来るまで、それは続くのだった。




