74.氷魔法
「ライラ先輩、この後時間ありますか?」
今日の魔法科の訓練が終わった後、イアンはライラを呼び止めた。
「特に予定はないけど、告白は受け付けないわよ?」
「違います。この前、先輩が使った氷の魔法のことを聞きたいんです」
イアンの発言を受けて、ライラは眉をひそめた。
「それを聞いてどうするの?」
「可能ならば、教えてもらいたいと思ってます」
「…話にならないわ」
そう吐き捨てると、ライラはイアンに背を向けて歩き出す。
一瞬呆気にとられたが、イアンはすぐにライラを追いかけた。
「待って下さい。まだ話は…」
「貴方は平民だから知らないのだろうけど、氷魔法はフェルトン家秘伝の魔法よ。おいそれと他人に教えるなんてできないわ」
「あれだけ強力な魔法を独り占めにしているんですか?」
「強力な魔法だからこそよ。あれが誰も彼も使えるようになったらこの世の終わりだと思わない?」
ライラの氷魔法は人間など簡単に凍らせることができるものだ。
それが悪用されれば、ライラの言う通り、この世の終わりとなるだろう。
ただ、イアンもこのまま引き下がるつもりはなかった。
「それなら、氷魔法について俺の考えだけでも聞いてくれませんか?」
イアンの問いかけに、ライラは足を止めた。
「…適当なことを言いふらされても困るわね。いいわ。聞くだけよ」
「ありがとうございます」
腕を組んで仁王立ちするライラを前に、イアンは口を開く。
「まず、魔法の属性は、火・水・風・土・光・影の六属性とそれ以外の無属性に分けられます。六属性にはファイアボールといった各属性に関連した魔法、無属性では回復・強化・探知・防御などといった属性を持たない魔法が分類されています」
「初歩も初歩の知識ね。何?私に一年生向けの講義でもするつもり?」
ライラは目を細め、苛立たしげに足をトントンと鳴らす。
「いえ、今のはただの確認です。では、問題の氷魔法ですが、どの属性に分類されるでしょう?」
「…私は答えないわよ」
ライラが口を滑らせることを期待したが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
気を取り直して、イアンは自分の考えを述べる。
「俺は最初、氷魔法は水魔法から派生したのかと思いました。まあ、氷は水が凍ればできますし、これは誰でも思い付くことでしょう。ただ、もしそうならば、おかしい点があるんです」
「何がおかしいの?水と氷が近しい存在だということは当然のことでしょ?」
「そこに関しては否定しません。俺がおかしいと言ったのは、水魔法単体では温度を調節することができないということです」
イアンはミニアクアを複数出して、魚の形を作り、自分の周囲を泳がせた。
「水魔法はこうして形状を変えたり、動きを与えたりできます。また、こうして撃ち出すことも可能です」
イアンは水の魚を一つにまとめ、近くにあった的を撃ち抜いた。
その魔法に目を丸くするライラを余所に、イアンは続ける。
「ただ、どれだけ魔力をこめても、魔力を操作しても、水魔法で生み出した水が熱湯になることはありません。このように火魔法で熱すれば、沸かすことはできますが」
イアンは再度ミニアクアを出し、同時に発動したミニファイアを近付けて沸騰させる。
「多重発動どころか並列発動もできるのね。それに、その魔法の使い方は何なのよ…」
ライラは驚きと戸惑いが混ざった声を漏らすが、気にせずイアンは続ける。
「逆もまた同じです。水魔法の水を氷にはできません。というわけで、氷魔法が水魔法の派生であるという仮定は誤りだといっていいでしょう」
「へえ、よく考えてるじゃない。じゃあ、氷魔法とはいったい何なのかしら?」
「俺は、水と風の複合魔法だと思います。水魔法を風魔法で冷やすことによって、氷を作るんです。どうですか?」
イアンの問いかけにライラは我慢しきれず、声を上げて笑い始めた。
「イアン、君の考えはとても面白いわ。でも、はずれよ。複合魔法は魔法と魔法を重ね合わせるだけのもの。風魔法で氷ができるほど温度を下げるのは不可能ね」
「なら、複合魔法じゃないんですね?」
「違うわよ。まあ、考え方は悪くなかったと思うわ」
「そうですか…」
ライラはひとしきり笑った後、笑い泣きして出た涙を拭う。
「あー、久々にこんなに笑ったわ。ありがとう。また何か思い付いたら、いつでも話しにきていいわよ」
ライラはイアンの肩を叩くと、その場から立ち去ろうとした。
ただ、イアンが小さく呟く。
「合成魔法…」
その言葉が耳に届いた瞬間、ライラは思わず振り返ってしまった。
「その反応。やっぱりそうなんですね」
そこでライラはイアンの策に嵌まったことに気付いた。
イアンはあえて間違った結論を述べることで、ライラの油断を誘ったのだ。
もはや誤魔化すこともできず、ライラは震える声でイアンに問いかける。
「…どこでそれを知ったの?」
「博識な友人がいるもので」
情報源はもちろんレイだ。
ただ、レイも合成魔法という言葉しか耳にしたことがないそうで、合成魔法の詳細ついては何も分からないという。
しかし、ライラを揺さぶるには十分過ぎる情報だったらしい。
「抜かったわ。まさか合成魔法の存在を知っている人がいるなんて…」
ライラは青ざめ、頭を抱える。
「氷魔法はやはり水と風の属性が関係しているんですよね?」
「ええ、その通りよ。氷魔法は、水と風の魔力を混ぜ合わせているわ」
合成魔法に関する情報がライラの口からこぼれる。
実際、イアンの考えはほぼ当てずっぽうなのだが、気が動転したライラには見抜けなかったようだ。
イアンがいろいろ試してみようと考えていると、唐突にライラがイアンの肩を掴んだ。
「このことは誰にも言わないで!家にバレたら、口封じされてしまうわ!お願い!何でもするから!」
ライラは必死の形相で、イアンの身体を揺さぶる。
その切羽詰まった様子に、イアンは貴族の異常さを垣間見た気がした。
とりあえず、イアンはライラを引きはがす。
「ライラ先輩、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられると思う!?」
「俺は合成魔法のことを言いふらすつもりは一切ありません」
その言葉にライラは動きを止め、イアンの目を見つめる。
「…本当に?」
「はい」
「…女神様に誓って?」
「はい」
イアンの返事を聞いて、ライラは大きく息を吐いた。
「良かった…ありがとう。助かるわ」
「ただ、合成魔法の使い方は教えください」
「え?」
「何でもしてくれるんですよね?」
「う…仕方ないわね。でも、人前で使わないでよ?」
「了解です」
そうしてイアンはライラからこっそりと合成魔法を教わることとなった。




