73.ルシア
彼の魔法を初めて見た瞬間、私は雷に打たれたかのような衝撃を受けました。
初級魔法でありながら、精密な操作により、次々と的の中心を射抜く。
それは、これまで師事してきた方々の誰とも異なる魔法でした。
もちろん、現代の魔法戦闘において中級・上級魔法の方が重視されていることは知っています。
しかし、その洗練された魔法は私の心を奪ったのです。
彼のように魔法を使ってみたい。
そんな想いが胸の内を満たしました。
ちょうど私自身が行き詰まっていたこともあり、彼に教えを請うことに何ら迷いはありませんでした。
同じく彼の魔法に魅せられたマイルズと共に指導を頼むと、彼は案外すんなりと受け入れてくれました。
そうしていざ彼の指導が始まってみると、その内容は意外なものでした。
最初に彼が提示した訓練で使用したのは、基礎魔法。
基礎魔法など、学園に入れる魔法使いならば、当たり前に習得しています。
しかし、彼の基礎魔法は私が想像するそれとはかけ離れていました。
彼が操るミニアクアは一切淀みがなく、完璧な球体だったのです。
彼はさも簡単そうにしていましたが、実際に試してみるとまったくそんなことはありませんでした。
まず、魔法の持続が求められるのですが、これは通常の魔法攻撃ではあまり行わないことです。
ただ、魔力を練り上げることと魔力を注ぎ込むことを並行して行う技術というのは、回復魔法などの使用の際にも必要とされます。
そのため、魔法の持続に関してはそれ程難しいものではなく、私でも可能なことでした。
しかし、これに形を維持するという行為を加えると、難易度は跳ね上がります。
大きさを安定させるには注ぐ魔力量を一定に保ち、形状を安定させるには魔力の流れを整えなければならないのです。
実際に試して分かったのですが、それには想像をはるかに超えた緻密な魔力操作が必要であり、当時の私ではまったく手に終えませんでした。
また、彼が二年もの間、基礎魔法のみで鍛錬を行ったと聞き、私は言葉を失いました。
普通の人間ならば他の魔法に手を出してみたくもなるでしょうから、それが並大抵のことではないとすぐに理解できました。
初めはコツを教えてもらおうという程度でしたが、彼の技術の高さと尋常でない努力は、彼を師匠と定めるには十分でした。
それからというもの、彼から学ぶ傍ら、時間を見つけては魔力操作の訓練を行うようにしました。
すると、次第に魔力操作に慣れ、課題であった魔法の発動速度も改善したのです。
ただ、魔法が上達するにつれて、面倒ごとも出てきました。
例えば、ベンジャミン様。
上級魔法を容易に操り、才能の集まる学園において天才と呼ばれる方です。
そのベンジャミン様に目を付けられたようで、度々付きまとってくるようになりました。
家の爵位の差もあって邪険にもできず、波風立たないよう躱してはいたのですが、頭の痛い日々が続きました。
しかし、彼やマイルズを蔑ろにする発言をされた時、これまでに感じたことのない怒りが湧き上がり、思わずベンジャミン様に言い返してしまいました。
それが癪に障ったのか、ベンジャミン様が彼に魔法を見せつけると言い出しました。
まあ、何故か彼は乗り気でそれに応じていましたが…
ベンジャミン様は天才の名に恥じず、最高位の上級火魔法を繰り出してみせました。
私はその圧倒的な魔法を前に、足がすくんで動くことすらできませんでした。
一方で、彼は落ち着き払った様子で、私たちを守りながら上級魔法を相殺したのです。
彼の実力を目の当たりにし、やはり彼を師に選んで間違いなかったと私は確信しました。
ちなみに、魔力操作の他に教わったことといえば、防御魔法と走り込みです。
防御魔法は物理攻撃に強いものの魔法攻撃を防ぐことができないため、積極的に鍛える魔導師はあまりいません。
しかし、彼は三年生の途中から防御魔法の訓練を取り入れるようになりました。
どのような訓練内容かというと、彼が振る棒を防御魔法で受け止めるという近接戦を想定したものです。
初めのうちは攻撃への予測・反応や攻撃に応じた魔法展開ができず、何度も棒に打たれました。
棒は柔らかく痛みは少なかったですが、精神的に削られる訓練でした。
ただ、それ以上にしんどかったのは走り込みでした。
走り込みを行うのは他の訓練が終わった後で、限界まで走り続けます。
あまりのキツさに吐き気を催したことも何度もあり、私が何とか我慢する一方、マイルズは思い切り嘔吐していました。
正直、魔導師には行き過ぎた訓練のように思いました。
ただ、防御魔法も走り込みも、生き残るために必要なことだったのです。
腕お化けに遭遇した時、それを身をもって理解しました。
訳もわからないまま、トビー先輩が戦闘不能にされ、アニタ先輩が捕えられ、私は頭が真っ白になりました。
気付けば、私はアニタ先輩を助けるために、自分を囮にしていました。
考えなしの行動でしたが、日頃の走り込みのおかげで足がよく動き、そのまま逃げ切るつもりでいました。
しかし、腕お化けの予想外の動きで追いつかれ、魔法で応戦したものの、まったく通用しませんでした。
逆に腕お化けから攻撃を受けてしまい、咄嗟に防御魔法を展開して衝撃を緩和しなければ、骨折程度では済まなかったでしょう。
ただ、動くこともままならず、腕お化けがすぐそこまで迫る絶体絶命の状況。
そこに彼が駆けつけてきた時には、かつてないほどの安心感がありました。
彼は私を助け出した上、的確に怪我の治療を行ってくれました。
そして、驚いたことに腕お化けを倒すと言ったのです。
正直、私は無理だと思いました。
けれど、彼は冷静に作戦を立て、宣言した通り、腕お化けを倒してしまいました。
その強さを目の当たりにして、私は羨望のようなものを覚えると同時に、自分の弱さを嫌という程実感しました。
魔法の攻撃は効かず、支援に回ることしかできなかったことがとても情けなかったです。
ただ、自信喪失している中、彼が何気なく言葉を発しました。
私の魔法は自分より速い、自分も負けていられない、と。
そう言って、私を認めてくれたのです。
かつて魔法の発動速度で悩んでいた私が、師である彼を上回ったという事実は素直に嬉しかったです。
そして、まだなお成長しようという彼の向上心に感服させられました。
彼は私にとって、これから先も尊敬しうる師匠であり続けるでしょう。
私は彼が誇れる魔導師となるよう鍛錬を続ける所存です。
そして、いつの日か胸を張って彼の隣に立ちたいと思います。




