72.学園防衛④
二度目の笛の音に反応し、イアンは割れた窓から教室に飛び込んだ。
「誰かいるか!?」
返事はなかったが、暗がりに気配を感じ、イアンは光魔法で教室内を照らす。
そこにいたのは、巨大な腕を持つ異形の者と壁にもたれて座り込むルシアだった。
「男…イラナイ…!」
異形の者はイアンに向けて机や椅子を投げ飛ばしてきた。
それを回避したイアンは懐に入り、剣を振るう。
しかし、剣は太い腕にほんの少し食い込んだだけで止められてしまった。
並の攻撃では通用しないと判断し、イアンは瞬時に優先事項をルシアの救出へと切り替える。
イアンを捕まえようとする手をかいくぐり、腕に比べれば細々とした足を払って異形の者を転倒させた。
異形の者は不釣り合いな巨腕のせいで、なかなか立ち上がることができない。
その間に、イアンはルシアを抱え上げると、教室を出て、廊下を駆け抜けた。
いくつか離れた教室に身を隠し、ルシアを慎重に下ろす。
「どこをやられた?」
「脚が…」
イアンは自分に暗視の魔法をかけ、ルシアの怪我を確認した。
左の膝が完全に折れ、明後日の方向に曲がっている。
出血も酷く、救護室に運んでいては手遅れになる状態であった。
「…ここで治療する。回復魔法をかける前に、まずは脚を真っ直ぐに戻す。かなり痛むだろうが、我慢してくれ」
「分かりました…」
ルシアは即答すると、袖を噛み、歯を食いしばる。
イアンはミニアクアで自分の手と患部を洗浄すると、ルシアの脚に手を添えた。
「三つ数えて戻すぞ。一…二…三!」
「~っ!!」
ルシアはあまりの激痛に絶叫しそうになったが、涙を浮かべながらも何とか堪えた。
脚は元の位置に戻り、イアンは回復魔法をかけ始める。
「悪いな。リビー先生なら折れたままでも治せたんだろうが…」
「いえ、おかげで助かりました。イアンは医術の心得もあるのですね」
「治療が目的で学んだわけじゃないがな。ところで、ルシアは一人だったのか?」
「先輩方と一緒だったのですが、お二人とも腕お化けに…」
「腕お化け?」
「先程の襲撃者のことです。昔呼んだ絵本に似たようなものが出てきたもので」
「どんな絵本だ?それで二人は?」
「怪我をしていると思いますが、おそらく命に別状はないかと…」
「そうか。なら、先に腕お化けを処理するぞ」
イアンの発言にルシアは目を見開いた。
「あれを倒すつもりですか?私の魔法は効きませんでしたし、イアンの剣も通らなかったかったではありませんか?」
「問題ない。さっき戦った感触的には、あれは俺の技で斬れる。ただ、まだその技の感覚を掴み切れてなくてな。上手くいくかどうかは五分五分といったところだ」
「そんな賭けみたいな可能性で挑むと?」
「いや、今のは俺一人でやる場合の話だ。あいつを確実に倒すにはルシアに協力してもらいたい」
「私はむしろ足手まといになるかと…」
「そんなことはない。この作戦にはルシアが必要だ。とりあえず、詳しいことは治療が終わってからにするぞ」
イアンは黙り込んで治療に専念し始める。
ルシアも少しでも身体を休めようと、目を閉じた。
しばらくして、腕お化けは教室の壁を破壊し、廊下に出てきた。
「女…ドコ?」
もちろんルシアの姿はどこにもなく、近くの教室から手当たり次第に探し始める。
しかし、一向に見つけることができず、腕お化けは段々と苛立ちを蓄積していった。
「ンー!ナンデ、イナイ!?」
終いには癇癪を起こし、教室の一つで大暴れする。
室内にあったものはぐちゃぐちゃに壊され、原形を留めていなかった。
「あーあ、備品を壊したらダメだろ」
いつの間にか傍にいたイアンに腕お化けは驚いた表情を浮かべた。
「男、邪魔!」
腕お化けが殴りかかるが、イアンはあっさり避ける。
「ほら、ちゃんと狙え。俺を殺したいんだろ?」
「男、殺ス!」
あっさりと挑発に乗った腕お化けは、イアンを追いかけ始めた。
何度もイアンを殺そうと腕を振るうが、イアンは難なく躱し、つかず離れずの距離で腕お化けを煽る。
しばらく追いかけっこを続け、廊下の端が見えてきた時、イアンが声を上げた。
「ルシア!やれ!」
イアンの指示で、待ち受けていたルシアが火魔法を放つ。
それは腕お化けの顔に命中するが、腕お化けの歩みを止めただけで、やはり効き目は薄いようだ。
だが、ルシアは構わず、魔法で弾幕を形成した。
視界を奪われた腕お化けは、それ以上進むことができず、足が止まる。
「ルシア、もういいぞ」
魔法の連射が止まり、腕お化けの視界が開ける。
そこには剣を構え、集中を高めたイアンが待ち構えていた。
腕お化けは本能的に死の気配を感じ、即座に腕で防御する。
次の瞬間、小さく風斬り音が鳴った。
ただ、腕お化けに攻撃を受けたという感触はない。
イアンに目を向けると、剣を鞘に収めているところだった。
「…男…死ネ!」
隙を見せたイアンを殺そうと、腕お化けは両手を組み、大きく腕を振り上げた。
だが、両腕がぼとりと床に落ち、その先から血が噴き出す。
「エ…?」
呆然とした声を上げた腕お化けだったが、さらに上半身がズルリとずれて床に落ちる。
腕お化けには何が起きたのか、理解できなかった。
だが、イアンはやったことは至極単純。
ギルバート直伝の技により、腕お化けを一刀両断したのだ。
ワイバーンすら斬れるその技の前では、人間の身体など柔らかいものだった。
「オデ、死ニタク…」
「ん?まだ息があるか?」
イアンは何の躊躇もなく、腕お化けの喉を突いて絶命させた。
「…まさか本当に斬ってしまうなんて思いませんでした」
「ルシアの魔法があったからだ。おかげで斬ることだけに集中できたし、技の感覚を完全に掴めた。ありがとうな」
「いえ、お礼を言うのはこちらです。助けていただき、ありがとうございました」
ルシアはイアンに深々とお辞儀をした。
「にしても、いつの間にそんなに速く魔法を撃てるようになったんだ?速さに関しては俺以上だったぞ」
「それは本当ですか?」
「ああ。俺もうかうかしてられないな」
イアンはそう言って、大きく伸びをする。
「それじゃあ、先輩たちを回収して救護室に行くか。ルシアの怪我の状態も確認しないといけないからな」
「痛みもないですし、私はもう大丈夫ですよ?」
「俺は回復魔法がそこまで得意じゃない。念のため、診てもらっておいた方がいい」
「そういうことであれば…」
その後、イアンとルシアは先輩たちを無事回収できた。
幸い、トビーとアニタは軽傷で済んでおり、一番重傷だったのはルシアだったらしい。
翌日、学園に帰ってきた“聖杯”が再起動され、元の日常が戻ったのであった。




