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71.学園防衛③

イアンたちが異形の者に遭遇する数分前。

ルシアが所属する班もまた外壁付近を巡回していた。

「はあ、今日で見回りも最後ね。やっと寝不足から解放されるわ」

五年生のアニタが大きな欠伸をする。

「アニタ、緊張感を持て。まだ終わりじゃないんだぞ。真面目にやってるルシアを見習え」

アニタの気の抜けた態度に、六年生のトビーが苦言を呈する。

「あんまり気を張ってたら疲れますよ?ねえ、ルシア?」

「えっと…」

アニタに同意を求められるが、ルシアは返答に困ってしまう。

トビーはため息をつくと、非常事態用の笛を取り出し、ルシアに差し出した。

「とりあえず、この笛はルシアに渡しておく」

「え~、私じゃないんですか?」

「うるさいぞ。この中で一番強いのはルシアだろ。こういうのは生き残る可能性が高い奴が持っとく方がいいんだよ」

「私はそんな…」

「謙遜しなくていい。頼んだぞ」

「…分かりました」

ルシアは笛を受け取り、首にかける。

この笛を使うことがないことをルシアは願うばかりだった。

「それにしても、今日は侵入者が全然いないわね。まあ、楽でいいんだけど」

「確かに、いつもなら何度か遭遇していてもおかしくないですね。何かあるのでしょうか?」

「…とにかく、警戒だけはしておこう。おっと、そろそろ暗視の魔法が切れそうだな。お前らにもかけておくぞ」

トビーが魔法を発動すると、再度ルシアたちの視界は鮮明になった。

暗視の魔法を使えば、暗闇の中でも昼間と遜色ない程度に見ることができる。

ランプよりも使い勝手がいいので、魔導師には重宝されている魔法だ。

ちなみに、イアンは魔力の温存と視界不良下での訓練という理由で使っていない。

しばらく巡回を続けていると、唐突に轟音が響いた。

「何だ?今のは爆発音か?」

「学園の中から聞こえたわね」

「様子を見に行きますか?」

「そうだな。行ってみるか」

ルシアたちが音の発生地へと足を向けようとした時だった。

校舎の陰からぬっと大きな手が現れ、角に手をかけた。

その握力で頑丈に造られているはずの校舎の角が砕かれる。

異常な状況に、ルシアたちは警戒体勢を取った。

「何あれ?モンスター?」

「いや、いくら防護結界がないとはいえ、ここは王都だ。モンスターが入ってこれるはずがない」

「じゃあ、何なんでしょうか?」

「分からない。いつでも魔法を撃てるようにするんだ」

ルシアたちは魔力を練り、臨戦態勢を取る。

すると、手の持ち主が顔を見せた。

ゆっくりと頭を回し、ルシアたちに気付いて止める。

「…ア、イタ」

それはルシアたちの前に全身を露わにした。

身体のほとんどは通常の人間と変わらない大きさだが、両腕だけが異常なまでに肥大化している。

「これは…人なのか?」

「気持ち悪い見た目ね。醜さはモンスター以上だわ」

トビーは困惑の表情を浮かべ、アニタは眉をひそめた。

ルシアはその姿に、小さい頃に呼んだ“腕お化け”というお伽話を思い出す。

現実の腕お化けは腕で身体を支えており、おもむろにルシアたちに近付いてくる。

「とにかく、侵入者だというのは間違いない。拘束するぞ」

「「了解」です」

ルシアたちは同時にアースバインドを発動する。

地面の土が腕お化けに纏わり付き、頭だけ残して全身を包んだ。

そのまま土が固まり、腕お化けの動きを止める。

「…よし。このくらいでいいだろう」

「大したことなかったわね」

「連行はどうしますか?」

「こいつの大きさだと連行できそうにないな。とりあえず、報告だけはしておくか」

「じゃあ、私行ってきます!」

「待て、アニタ。お前、そのままサボる気だろ」

「はは、そんなわけないじゃないですか」

トビーに詰められ、アニタは視線を逸らす。

そんな二人のやり取りの横で、ルシアは腕お化けに目を向けた。

「ウ…ウ…」

腕お化けは必死の形相で拘束から抜け出そうとしていた。

すると、不意に固まった土が割れる音が鳴り、大きくヒビが入る。

「せ、先輩!拘束が…!」

ルシアが声を上げた瞬間、土の拘束が弾け飛んだ。

「ウアアア!」

腕お化けが咆哮を上げた。

そこにトビーがファイアボールを撃ち込む。

「排除に切り替える!畳み掛けろ!」

ルシアとアニタも続いて火魔法を放ち、腕お化けに次々と火魔法が着弾する。

「…攻撃止め」

トビーが止める頃には、腕お化けの全身が燃え上がっていた。

これでは腕お化けもひとたまりもないだろうと、ルシアたちは気を緩めた。

だが、炎の中、腕お化けがゆっくり腕を振りかぶると、一気に炎を消し飛ばす。

その身体に火傷の跡は一つもなかった。

「効いてないの!?どうして!?」

「知るか!早く攻撃をっ…!」

防御魔法を使う間もなく、太い腕にトビーがなぎ払われた。

「トビー先輩!」

「いやあああああっ!」

パニックを起こしたアニタが滅茶苦茶に魔法を撃つ。

何発かは腕お化けに当たるが、ろくに魔力が練られていない魔法はほとんど効果がない。

腕お化けはアニタに近付くと、大きな手でアニタを捕まえた。

「女…女ダ…」

「いや!来ないで!」

アニタは逃げだそうと藻掻くが、ビクともしない。

むしろ腕お化けの力が強まり、鳴ってはいけない音がアニタから聞こえ始めた。

「痛い!やめて!痛い!」

アニタが泣き叫ぶが、腕お化けはお構いなしに握り続ける。

すると、突然腕お化けの顔にアクアボールが弾けた。

「こ、こっちよ!」

ルシアは腕お化けに呼びかけ、再度アクアボールをぶつけて走り出す。

「アッチニモ女…」

腕お化けはアニタを放すと、ルシアを追いかけ始めた。

ルシアは走りながら、非常事態を知らせる笛を吹く。

日頃の訓練のおかげでルシアは走ることに慣れている。

反対に腕お化けが走る様子はなく、増援が来るまで十分に時間を稼げると思われた。

しかし、腕お化けは予想外の跳躍を見せ、ルシアの前に着地する。

「…っ!」

ルシアはすばやく魔力を練り上げ、魔法を連射する。

ただ、腕お化けは怯むことなく、ルシアとの距離を詰め、拳を叩き込んだ。

咄嗟に展開した防御魔法も一瞬で砕かれ、ルシアは勢いよく吹っ飛ばされる。

そのまま校舎の窓を割って、机や椅子を派手に散らして教室に転がった。

「痛っ…」

頭からは血が流れ、足が変な方向に曲がっていた。

この怪我では逃げ切ることは到底不可能だ。

それでも、逃げようとルシアは地面を這って教室の隅に移動する。

「女…ドコ?」

割れた窓から腕お化けが入ってくる。

見つかるのは時間の問題だろう。

「お願い。誰か…」

ルシアは息絶え絶えにもう一度小さく笛を吹いた。

当然腕お化けは笛の音に気付いて、ルシアに目を向ける。

絶体絶命の状況にルシアはそっと目を閉じた。

だが、諦めかけたその時、人影が教室に飛び込んでくる。

「誰かいるか!?」

聞き慣れた声が耳に届き、ルシアは小さく笑みを浮かべた。

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