70.学園防衛②
イアンの前をデュークが足音もなく静かに歩く。
最近気付いたことだが、デュークは日常的に一切の物音を立てない。
さらに気配も絶っているので、傍にいるのに認識できないということがイアンでさえしばしばある。
実力のある人間は大抵目立つものだが、デュークはその真逆だった。
「おい、イアン。ボーッとするな。明日には“聖杯”が戻ってくるとはいえ、気を抜いていい訳じゃない」
「すみません」
デュークの苦言にイアンは素直に謝り、気を引き締め直す。
「しかし、こうも暗いと何も見えないですね」
五年生のベンがデュークに話しかける。
夜空に月はなく、ランプの光で目の前にいる相手がようやく分かる暗さだ。
「目に頼りすぎだ。音、におい、空気や地面の振動。周囲の状況を把握する方法はいくらでもある」
「えっと、それはそう簡単にできるものではないかと…」
当たり前のことのように述べるデュークに対し、ベンは困惑の表情を浮かべた。
イアンは試しに目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。
肌に感じる冬の冷たい風、耳に届く草が揺れる音、ベンが動く気配。
何となくは感じられるが、すべてを把握するには至らない。
一方で、デュークは灯りもなしに迷いなく進んでいく。
暗闇での活動に慣れているのだろう。
とりあえず、イアンはランプを持つベンと共にその後ろを追いかける。
すると、突然デュークが足を止めた。
「どうしましたか?」
「敵襲だ」
デュークの呟きに、イアンも異変に気付く。
戦闘音が学園の内側から聞こえてくるのだ。
それも、かなり激しい戦闘だと音から判断できる。
「援護に向かいますか?」
イアンはデュークの指示を仰いだ。
「…いや、非常事態を知らせる笛は鳴っていない。俺たちはこのまま外壁付近の巡回を続行する」
「分かりまし…」
その時、頭上から何かが落ちてきた。
「うぐっ!?」
反応する間もなく、その何かにベンが吹っ飛ばされた。
「ベン先輩!」
「イアン!戦闘体勢を取れ!」
デュークはすでに短剣を抜いていた。
ベンのことが気がかりだったが、イアンも素早く剣を構える。
ランプの火が地面に生えた雑草に引火し、辺り一帯を照らした。
そして、その何かの姿を浮かび上がらせる。
見た目は人型をしていたが、手足は不自然に長く、通常の人間の二倍以上はある。
その異形の姿をした何かが長い腕を振ると、風圧で火は消えてしまった。
再び戻る暗闇に緊張が走る。
「集中しろ。来るぞ」
イアンは息を殺して、剣を構えた。
すると、正面に迫る気配を感じて、イアンは咄嗟に防御する。
次の瞬間、何かが剣と交錯し、火花を散らした。
そのまま気配は遠ざかり、初撃を凌いだイアンは大きく息を吐く。
「何なんですか、あれは?」
「おそらくモンスターだろう。あれはここで倒すべきだなっ!」
デュークは口を動かしながらも、攻撃に対応する。
動く音からして、異形の何かはイアンたちの周りを高速で移動しているようだ。
何度か攻撃を捌いた後、デュークがイアンに声をかけた。
「イアン、一瞬でいい。合図をしたら奴の気を引け。俺が仕留める」
「了解です」
イアンは魔法の準備して、合図を待つ。
「…やれ」
短い一言に、イアンは頭上に光魔法を放つ。
その光により、異形の何かの姿が照らし出された。
魔法の発動者がイアンと理解したのか、それはイアンに突っ込んでくる。
長い腕が振り下され、イアンは剣で受け止めた。
ようやくそれの姿がはっきり見え、攻撃が指先に付いた鋭い爪によるものだと判明する。
そして、その頭部を見たイアンは目を見開いた。
「人…?」
身体はおそらく違うだろうが、頭は間違いなく人間だった。
ごく僅かな時間で、目の前で何が起きているのかを逡巡する。
だが、イアンが答えを出す前に、音もなくその背後に回ったデュークが首を斬り落とした。
その直後、光が消え、辺りは暗闇に包まれた。
「デューク先輩、これは人ですか?」
「さあ、どうだろうな?斬った感触は近かったが…それよりもベンだ」
デュークは倒れているベンに駆け寄り、容態を確認する。
「おい、回復魔法使えるか?ベンの怪我が酷い」
「はい、分かりました」
ベンの容態を診ると、胸をざっくりと斬られ、血を流していた。
辛うじて心臓までは届いていないが、重傷であることには違いない。
イアンは早急に回復魔法で血を止め、応急処置をする。
「…止血はしました。ただ、これ以上は魔法医に任せた方がいいです」
「そうか。それなら、救護所に連れて行くぞ」
そう言うと、デュークは自分より大きいベンを軽々と担いで走り出した。
ベンを救護室に預けた後、外に出ると、まだ戦闘音は続いていた。
「これからどうしますか?」
「援護に向かう。さっさと終わらせるぞ」
イアンとデュークは戦闘の中心に向かう。
到着すると、あちこちから火の手が上がり、異形の者たちが暴れていた。
イアンたちが遭遇したのとはまた違った種類で、警備に当たっていた生徒たちは苦戦している。
「お前は左に行け。俺は右の奴をやる」
返事をする間もなく、デュークは姿を消した。
とりあえず、イアンは四足で走り回る異形の者に狙いを定める。
生徒の一人が襲われそうになっていたところに割って入り、一撃で首を刎ねた。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「何があったんですか?」
「分からない。いきなり空からあいつらが振ってきて…」
「空から?」
イアンには状況があまり理解できなかったが、まだ異形の者がいたため、考えることは後回しにした。
イアンとデュークの参戦により、その場にいた異形の者は次々と片付けられていく。
そして、最後の一体をデュークと二人で相手にしていると、突然それは氷漬けにされた。
至近距離にいたイアンたちも巻き込まれそうになり、身体に氷が付着する。
「何よ、これ。どうなっているの?」
そこに到着したライラが困惑の声を上げた。
氷の魔法を放ったのはライラだったようだ。
「おい、俺たちまで殺す気か?」
「何?君たちが避けないのが悪いんでしょ?」
怒り心頭のデュークがライラに詰め寄り、言い争いが始まる。
その間、イアンが氷の彫像となった死体を確認すると、やはり人であるようだった。
なぜ人間がこのような姿になったのかは想像も付かない。
観察していると肩に刻まれた蛇の紋様を見つけた。
それが何の印かは分からなかったが、考えがまとまらない内に救護の対応に駆り出される。
負傷者の多さに忙しくしていると、微かな笛の音がイアンの耳に届いた。
おそらくはデュークが言っていた非常事態の笛だろう。
ただ、他は気付いていないのか、何事もなく作業を続けている。
空耳の可能性もあったが、イアンは念のため向かうことにした。




