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69.学園防衛①

しとしとと降る雨が身体を濡らす。

冬の雨は冷たく、剣を振っていなければ凍えてしまっていただろう。

「もうすぐ時間だ。お前ら、準備しとけよ」

戦闘科の六年生が時計を見て、イアンともう一人の五年生に声を掛ける。

イアンは剣を鞘に戻し、呼吸を整えた。

これから、あと五分もしない内に“聖杯”が停止し、防護結界は解除される。

結界の解除に備え、防衛部門所属の教職員および生徒により、すでに警備体制が整えられていた。

教職員と生徒では配置が異なり、前者は主要施設の守備と他生徒の護衛、後者は三人一組の班で学園内の巡回を行う。

ただ、この配置だと、襲撃者に遭遇する可能性は生徒の方が高く、大いに危険が伴う。

しかし、数の少ない教職員だけでは広大な学園を守り切れないため、苦肉の策として生徒を前線に回しているそうだ。

イアンたちが学園を囲む外壁の傍で待機していると、鐘の音が響き渡った。

すると、一瞬空が虹色に光り、学園の外側に向かって消えていく。

結界は目に見えないが、その現象は防護結界がなくなったことを示していた。

イアンが周囲を警戒していると、外から鉤縄が飛んで来た。

そして早速、覆面を付けた侵入者が塀を乗り越えてくる。

侵入者が地面に着地する前に、イアンはウィンドバレットで意識を刈り取った。

手早く土魔法で拘束した後、覆面を剥がし、先輩が持っていた手配書リストと照合を行った。

「…手配書には載ってない。ただのコソ泥だな」

「なんだ、つまらないですね。連行します?」

「このまま放置するわけにもいかないだろ。他の班に連絡して、こっちに回ってもらうようにしよう。おい、伝令に行ってこい」

「了解しました」

指示を受けたイアンは他の班を探しに行く。

ちょうど近くに別の班がおり、事情を説明して配置変更を頼んだ。

しかし、元の場所に戻ってくると先輩たちと襲撃者はいなかった。

先に本部に行ってしまったようで、イアンは後を追いかける。

移動する途中、正門近くを通ると、騎士団・魔導師団から派遣された人員が並んでいた。

その物々しい雰囲気にイアンは思わず足を止めてしまう。

そこに大事そうに鞄を抱えたアラスターが現れる。

おそらく鞄の中に“聖杯”が入っているのだろう。

アラスターが学園の紋章が刻まれた馬車に乗り込むと、馬車の周りをぐるりと護衛が取り囲み、一人として襲撃を許さない万全の体制を取った。

出立の合図が出されると、一団はゆっくりと進み始める。

一団の最後尾が通過した後、正門は閉じられ、その場は静寂に包まれた。

そこでイアンは我に返り、駆け足で本部に向かう。

本部に着くと、侵入者の引き渡しはすでに済んでおり、先輩たちが待ち構えていた。

「何をしていた?遅いぞ」

「すみません」

「まあ、報告はちゃんとしておいてやったから安心しろよ」

五年生の先輩がにやつきながらイアンの肩を叩いた。

何か含みがあるような表情だったが、イアンはひとまず礼を言って巡回を再開する。

結局、その日イアンたちが遭遇した襲撃者は八人を数えた。

どれも大した犯罪者ではなかったが、これが二週間も続くと思うとイアンは頭が痛くなった。




「あ、イアン。お疲れ様」

本部前で待っていたノーマンが声を掛けてくる。

この日はノーマンおよび六年生と共に夜番だった。

「さすがに夜になると寒いね。手がかじかんで、上手く動かないや」

「今、火を出す。暖まるといい」

「ありがとう。助かるよ」

ノーマンはイアンの出したミニファイアで暖を取り始めた。

“聖杯”が“聖地”へと運び出されてから一週間。

襲撃者の数は減るどころか、日に日に増えていた。

毎日の警備は三交代制で行われているものの、慣れない警備任務に生徒たちの疲労は蓄積され、四年生を中心にすでに何名も脱落している。

そのため、体力があり余っているイアンは、人員が抜けた穴埋めにしばしば駆り出されていた。

「あ、確保数は戦闘科が若干リードしてるね」

ノーマンが指差した先には、本部の掲示板には確保された襲撃者の数が貼り出されている。

イアンは掲示板の存在を知らなかったため、今日初めてそれを見た。

その総数は300弱であり、逃走や死亡した者もいるので実際の数は倍以上はいるだろう。

確保数は戦闘科と魔法科それぞれで集計され、現時点では戦闘科が10人ほど上回っている。

その記録はいかに学園が犯罪者から狙われているかを明確に示していた。

「うわ、ランキング上位陣はもう30人超えてるよ」

ノーマンの目は個人ランキングの表に向けられていた。

名前と共に確保数が記載され、上から多い順に並べられている。

「僕はまだ0だから頑張らないと…あれ?イアンも0?」

イアンとノーマンの名前は一番下にあり、そこには0の数字があった。

イアンの認識としては、一日に三人は自身の手で確保している。

にもかかわらず、0というのは明らかに不自然だ。

そこで、イアンがこれまで一緒に巡回したことのある先輩たちの名前を探すと、そこには想定よりも多い数が書かれていた。

「…そういうことか」

それを見たイアンはすべてを理解する。

イアンが襲撃者を確保した際、決まって本部へと連行するのは先輩だった。

そういうものかと思っていたが、事実はまったく異なっていたらしい。

おそらくはイアンの手柄を横取りし、自分の手柄として報告するためだったのだろう。

件の先輩たちは騎士団を目指していると耳にしたことがあった。

こういった任務での数字も騎士団への推薦に関わってくるようだが、あまりにもやり口が汚い。

かといって、イアンはまったく怒りを覚えなかった。

むしろ、失望感の方が大きかったかもしれない。

イアンが追い求めるのは純粋な強さであり、決してこのような見かけの数字などではない。

ゆえに、手柄を奪われることに何も感じはしなかった。

しかし、望んだ地位を得るために行うことが、己の実力を高めるのではなく、他者を利用することしか頭にない者が国を守る立場になろうというのだ。

そう考えると、残念に思えて仕方がなかった。

すると、隣にいたノーマンから唸り声が聞こえてくる。

「そんな声出してどうした?」

「えっと、さすがに0は体裁が悪いかなと思って。せめて一人は確保したいよね」

「そういうことなら、協力する。二人で一緒にやればいけるだろ」

「手伝ってもらっていいの?」

「ああ、問題ない」

「それじゃあ、お願いするよ」

その日はノーマンと協力して五人を確保することができた。

もちろん自分たちで連行したので、次の日には二人とも確保数0から脱却したのだった。

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