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68.“聖杯”

レイが優雅にお茶を飲んでいると、そこに訓練終わりのイアンが現れる。

「悪い、遅くなった」

「大丈夫だよ。この後の予定は特にないから」

「そうか。それならいいが…」

イアンはレイの前に座ると、すぐに店員が注文を取りに来たので、冷たい飲み物を頼んだ。

ここは四年生以上ならば誰でも利用可能な食堂だ。

防衛部門のような栄養を摂取するだけの食堂とは異なり、食事やお茶の時間を快適に過ごせるように調度品や照明など、各所に工夫が施されている。

今日イアンがここに来たのは、レイに誘われたからだ。

お互い忙しかったこともあり、数ヶ月ぶりの顔合わせとなる。

間もなく飲み物が届いたが、喉が渇いていたイアンは一気に飲み干した。

「それにしても、レイとは随分長く会ってなかった気がするな」

「三年生まではほぼ毎日顔を合わせていたし、そう感じるのは当然だと思うよ。防衛部門はどう?」

「戦闘科と魔法科で訓練内容に違いはあるが、かなり充実してる。一番キツいのは食事の時間だけどな」

「ああ、戦闘科の食事量が多過ぎるって聞いたことがあるよ。でも、そのおかげか、前と比べたら体格が良くなったんじゃない?」

「そうか?まあ、服が少しキツくなってきた感じはするが」

イアンが試しに力こぶを作ると、訓練着がミシミシと音を立てていた。

「そうそう、先輩とは上手くやってる?」

「なんでレイがそれを気にするんだ?」

「ほら、イアンって気付いたら敵を作ってそうだし、ちょっと心配なんだよね」

イアンを慮って眉を下げるレイに、すでに先輩の半数以上から目の敵にされているとはとても言えなかった。

「…寮の同室の先輩には良くしてもらってるから安心しろ。先輩といえば、五・六年生の実力がやけに低い気がしたな。正直なところ、学年で見れば四年生の方が強いぞ。まあ、俺らの学年は実力の高い奴が多いし、自主訓練にも積極的だからかもしれないが」

イアンの話を聞いたレイは少し考え込んだ後、口を開いた。

「…その理由、僕は分かる気がするな」

「何なんだ?教えてくれ」

すると、レイはイアンを指差した。

「僕らの学年にはイアン、君という存在がいるからだよ」

「は?俺?」

「考えてみなよ。貴族ばかりのこの学園にいる平民。しかも、その平民がすこぶる能力が高いときた。プライドの高い貴族が何を考えるかといえば、蹴落とそうと嫌がらせをするか、負けじとばかりに努力するかのどちらかだ。でも、君は嫌がらせに屈するような人間じゃない。となれば、面子を保つためには努力するしか選択肢がないというわけだよ」

レイの説明を受けて、三年生の中盤くらいから絡まれることが極端に減り、訓練場に人が増えたことにイアンは合点がいった。

「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、全員がそうじゃないと思う。セシリア嬢とか自分の意志で励んでいる人もいるはずだよ」

「それは分かるが…貴族は面倒臭い生き物だな」

「それには僕も同意するよ。でも、その結果、実力が底上げされたのならよかったんじゃないかな?」

「そうだな。俺もまともに戦える相手が増えてよかったと思う」

ここ最近はセシリア・ダリル以外にもイアンの実力に迫ろうとする者もおり、退屈しないで済んでいる。

「ところで、お前の方はどうなんだ?何の研究をしてるんだ?」

「僕が取り組んでいるのは魔力制御の研究だよ。君に教えてもらった魔力操作のやり方も参考にさせてもらっているんだ」

「難しそうだな。上手くいっているのか?」

「それが微妙なんだよね。なかなか思うようにいかなくて…」

「何でも卒なくこなすレイでも苦労することがあるんだな」

「買い被りすぎだよ。こう見えて、僕は苦労人なんだ」

レイは疲れたような表情を一瞬浮かべた。

「…すまん。俺からは頑張れとしかいえない」

「応援してくれるだけ嬉しいよ。また君に協力してもらうことがあるかもしれないから、その時はよろしく」

「ああ。できることは少ないと思うが、いつでも言ってくれ」

レイに差し出された手を取り、イアンは固く握手をした。




久々の会話を楽しんだ後、イアンたちは食堂を出た。

すると、イアンたちの前を見慣れない制服の男たちが通り過ぎる。

「なあ、あいつらって学園の関係者か?」

「あの制服は王室騎士団のものだね。冬期休暇明けに、“聖杯”の件があるからだと思うよ」

「聖杯?」

聞き覚えのない単語にイアンは首を傾げる。

「歴史の講義でやったはずなんだけど…」

「まったく記憶にない」

「だと思った。“聖杯”っていうのは、学園に防護結界を張っている魔道具だよ。学園に出入りするときは必ず学園証を持っているか確認されるよね?あれは学園証を持っていないと結界に弾かれるからなんだ」

「ああ、どおりで…」

イアンは学園証の携帯を煩わしいと思っていたが、その理由を聞いて納得する。

「で、その“聖杯”と騎士団が学園にいるのと何の関係があるんだ?」

「その説明をするには、“聖杯”と普通の魔道具との違いを説明しないといけないかな。まず、“聖杯”も魔道具も内在する魔力を消費して作動するというのは共通のこと。違うのは、魔力が尽きた後だ。普通の魔道具の場合、魔力がなくなればその場で補充すればいい。ただ、“聖杯”の場合だと、“聖地”と呼ばれる極秘の場所でしか魔力充填ができないんだ」

「大層な名前の割には不便だな」

「でも、“聖杯”は一度魔力を満タンにすれば十年は稼働し続けるし、防護結界の効力も他の魔道具とは比にならない。もし値段を付けるとするなら、国家予算以上って聞いたことがあるよ」

「そんなに重要なものなら輸送の途中で狙われるんじゃないか?」

「そう。だから、“聖地”までは騎士団と魔導師団が護衛するんだよ。今日はたぶんその打ち合わせに来たんだろうね」

「なるほど」

騎士団がいる理由は分かったが、イアンに一つ疑問が浮かぶ。

「“聖杯”がない間は防護結界がないんだよな?それって学園が無防備になるってことか?」

「そうだね。学園には“聖杯”以外にも貴重な品がたくさんあるし、貴族の子女もいるから、犯罪者がその機会を狙って来るのは間違いないと思うよ。だから、“聖杯”の魔力充填期間は教師と防衛部門の生徒で警備に当たるらしい」

「初耳だ。どれくらいの期間なんだ?」

「だいたい二週間ってところだね」

「長いな。耐えきれるのか?」

「まあ、過去にも襲撃があったようだけど、死傷者は出てないみたいだし、そう心配しなくてもいいんじゃないかな?」

「だと、いいが…」

イアンは今にも雨が降りそうな曇り空を見上げた。

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