66.魔法科の一日
午前八時前。
魔法科に合流したイアンは講義が始まるのを待っていた。
鐘が鳴り、教官が顔を見せたかと思うと、その後ろに続いて数名の生徒が教室に飛び込んでくる。
ただ、教官は軽く注意だけして、何事もなかったかのように講義を始めた。
魔法科では起床時間も早朝訓練もないので、こういったことは日常茶飯事だ。
もちろん、イアンも魔法科で過ごす日には朝ゆっくり寝てよいことにはなっているのだが、戦闘科の寮で生活する以上、必ず朝五時には叩き起こされてしまう。
そのため、イアンは戦闘科の早朝訓練に参加してから、その足で魔法科の方に来るようにしていた。
ただ、そうなると、制服姿である他の魔法科の生徒に対し、訓練着のままのイアンは明らかに浮いている。
戦闘科では常に訓練着を着用しているが、魔法科では服を汚すようなことがほぼないため、普段は制服で過ごすのが当たり前なのだ。
まあ、見た目など気にするイアンではないので何の問題もないだろう。
今日の講義内容は、魔力の残量管理についてだ。
魔導師の中に、魔法以外の戦闘技能を身につけている者はほとんどいない。
なぜなら、魔法は強力であり、大抵のことは魔法で対処できるからだ。
その反面、魔力切れを起こせば、魔導師は何の役にも立たなくなる。
ゆえに、魔導師にとって、魔力の残量管理は死活問題なのだ。
しかし、自身の魔力の状態を把握するのは非常に難しいといわれている。
実際、魔道具を使わなければ、保有する魔力量を知ることも叶わない。
さらに、そういった魔道具は高価であり、個人で所有することは難しい。
では、魔力残量はどのように把握するのか?
その方法は案外単純で、自身の残存魔力量から消費した魔力量を引いていくのだ。
教本に載せられるような魔法はおおよその必要魔力量が判明しているため、計算するのはそう難しいことではない。
そうして計算した魔力残量をもとに使用する魔法を選択するのだ。
ただ、いざ実戦となった際に計算する余裕を持てるのか、イアンは疑問に思うところだった。
午前十一時。
長い講義の後、ようやく実技となる。
訓練の開始前に現在の残存魔力量を計測を行う。
朝から魔法を使っていないならば、これが魔力総量となる。
ちなみに、イアンの魔力総量は一般的な魔導師よりそこそこ多いようだ。
計測後、的に向かって何らかの魔法を放ち、魔力残量を自分で計算する。
そして、再度魔道具で魔力量を計測して、計算値との差を確かめるといった具合だ。
計算値と差が出る理由は、教本の必要魔力量はあくまで最大効率値であり、個人の技量などによって消費魔力量が増加するためだ。
そういった理由もあり、イアンが教本と相違ない数字を出した時には、教官は目を疑っていた。
正午。
魔法科の昼食はごく普通の量であり、食堂は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。
イアンもマイルズやルシアとの談笑しながら食事を取る。
地獄絵図の広がる戦闘科とは正反対の光景だろう。
ただ、戦闘科の食事に慣れてしまった胃には物足りず、イアンはおかわりを求めるのだった。
午後一時。
魔法戦闘に関する講義が行われる。
過去に用いられた戦術を教材にしており、やはり範囲魔法の使用を前提としたものがほとんどだった。
ただ、教鞭を執る教官は少々変わり者で、イアンと同じく範囲魔法に頼りきりな状況に懐疑的な考えを持っていた。
その教官は当時の戦局を様々な視点から分析し、何故その戦術が採用されたのかという経緯を事細かに説明した。
さらには、戦術の穴を見つけ、それを補う新たな戦術を考案することもあった。
時々、生徒に意見を求めていたが、大半の生徒は教官の話について行けていないようだ。
以前にイアンが指名された際、魔法による狙撃を提案したところ、嬉々として戦術に組み込もうとしていた。
それで気に入られたのか、講義終わりに教官の方からイアンに頻繁に声をかけられるようになった。
今日もお茶に誘われたが、イアンは丁重にお断りした。
午後三時。
集団での魔法行使の訓練が行われる。
魔力の消費が激しい上級魔法は扱える者が多くないため、主に中級の範囲魔法が使用される。
指定された魔法で指定された位置に、教官の合図で斉射する。
複数の魔法が同時に着弾すると轟音が響くが、防御魔法が施された演習所の壁には傷一つ付いていない。
斉射訓練を一時間ほど繰り返した後、訓練は終了となった。
午後四時。
一日の講義・訓練がすべて終わり、自由時間となる。
通常この時間も訓練している戦闘科の人間からすれば、随分甘いように思われるだろう。
しかし、これには理由がある。
体力は消耗しても根性で身体を動かすことはできるが、魔力は消耗すれば一切の魔法が使えなくなる。
そして、魔力は睡眠あるいは魔力回復薬によってのみ回復する。
ただ、魔力回復薬の値段は学生魔導師が手を出せる金額ではない。
したがって、魔力が枯渇しないような訓練しかできないというのが実状だ。
ただ、その点を考慮し、魔法科では効率的に能力を高められるようにカリキュラムが組まれている。
ゆえに、膨大な訓練を課される戦闘科としばしば比較され、量の戦闘科・質の魔法科などと呼ばれている。
魔法科における自由時間の過ごし方は勉学に励む者、遊びを楽しむ者に大別される。
残存魔力に余裕があるイアンは、引き続き演習所で自主訓練をすることにした。
そして、そんなイアンを見習ってか、マイルズやルシア、最近イアンが指導するようになった数名の四年生がいた。
彼らとは別に、ベンジャミンも居残りしているのがイアンには意外に思えた。
イアンたちはいつも通り、ミニアクアでの魔力操作訓練から始める。
マイルズやルシアはこれまで愚直に続けてきた成果か、球体の形を長時間維持できるようになっていた。
しかし、それ以外の者は形状を整えるどころか、維持すらままならない様子だ。
途中、興味を持ったベンジャミンが尋ねてきたので、イアンは遠慮なく教えてやる。
すると、初めてやったというのにベンジャミンはすでにマイルズたちと同等に魔力操作ができており、天才と自称するだけはあった。
しかし、イアンが真球形状を維持した水球の中で渦を形成しているのを見て、若干悔しげな表情を浮かべていた。
午後六時。
戦闘科に戻ったイアンは山盛りの食事を前にする。
だが、身体を動かしていない分、腹の空き具合はあまりよくない。
だからといって残すことは許されないので、無理矢理胃に流し入れる。
その後、いつも通りの戦闘科の生活を送るのだった。




