64.腕試し
「へえ、それで貴方たちが完勝したのね。戦闘科の四年生もなかなかやるじゃない」
イアンの前を歩く魔法科学生長のライラ・フェルトンが興味深そうに笑う。
魔法科の案内をしてもらう途中、昨日の親睦会の件についてイアンがこぼしたところ、ライラは根掘り葉掘り聞いてきたのだ。
「自分から吹っ掛けておいて負けるなんて、エリックはさぞかし悔しかったでしょうね。あいつの悔しがる表情を見られなかったのは残念だわ」
「ライラ先輩はエリック先輩と仲悪いんですか?」
「昔から何でも自分の思い通りになると思ってるいけ好かない奴なのよ。だから、君たちがエリックの思惑を崩したって聞いて気味がいいわね」
日頃の鬱憤がたまっていたのか、ライラは小さくスキップを踏む。
しばらく機嫌良さげに歩いていたが、唐突にライラはイアンに目を向けず声をかけた。
「で、イアン。君はどうして魔法科と戦闘科の両方に所属することにしたの?」
そう問いかけるライラの背中からどことなく圧を感じさせられる。
「君の剣の腕は相当なものだって聞いているわ。戦闘科でも魔法をまったく使わないわけじゃないし、わざわざ両方に所属する意味は何?」
「俺は俺の夢のために、剣も魔法も極めたいだけです」
「ふーん、夢のためねえ…」
ライラは振り向いてイアンとの距離を詰めると、その目をじっと見つめる。
そして、数秒の後、ライラは頬を綻ばせた。
「…嘘はついてないようね。てっきり、戦闘科のスパイかと思ったわ」
「スパイって…」
「エリックのことを抜きにしても、魔法科と戦闘科って折り合いが悪いのよ。だから、また何かの嫌がらせなのかなって思ったの」
謂われのない疑いをかけられたイアンは目を細める。
「ああ、謝るからそんな怖い顔しないで。ただでさえ悪人面なのに、より凶悪さが増してるわ」
ライラに指摘され、自覚のなかったイアンは顔に手を当てた。
「さてと、そろそろ演習所の準備ができる頃ね」
「演習所に何かあるんですか?」
「まあ、行ってからのお楽しみよ」
ライラは楽しげに笑みを浮かべ、軽い足取りで先へと向かった。
演習所に連れて来られたイアンは背丈以上の大岩を前にしていた。
「さて、これから君にはこの大岩に向かって魔法を撃ってもらうわ。少しでも傷をつけられたならば及第点よ」
「それくらいなら簡単じゃないですか?」
「言ってくれるわね。でも、そう甘くはないわよ」
ライラはファイアボールを発動させ、大岩に当てる。
しかし、表面に煤がついた程度でヒビも入っていない。
「この大岩は特殊な加工が施されていて、ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしないわ」
「…少し調べてもいいですか?」
「いいけど、細工はしちゃダメよ」
イアンは大岩を観察するが、何の変哲もない岩にしか見えない。
ただ、試しに大岩に触れると魔力を帯びているのを感じた。
おそらく強化魔法がかかっているのだろう。
「ちなみに、昨日同じテストをやったら七割以上が合格だったわよ。いつもなら三割もいればいいところなのに、今年の四年生は優秀ね」
「そうですか」
イアンは適当に返事をしつつ、調査を続ける。
「動じないわね…じゃあ、この大岩を破壊したのが三人いたって言えば驚いてくれるかしら?」
ライラの言葉にイアンは手を止めた。
「その三人って誰ですか?」
「これは興味あるのね?ベンジャミンとルシアとマイルズよ」
「それぞれどんな魔法を使ったんですか?」
「ベンジャミンは上級火魔法で一発、ルシアは中級風魔法の連射、マイルズは…根性で?」
マイルズが気になるところだが、イアンには納得の三人だった。
「あら、いい感じに人が集まってきたわね」
気付けば、いつの間にか周囲に人だかりができていた。
その中には四年生たちもおり、最前列にいたベンジャミンがイアンを睨みつけていた。
「ライラ先輩が呼んだんですか?」
「いいえ、私は君のテストをこの時間にやるって伝えただけよ。君、かなり注目されているようね」
ライラの表情からするに、明らかに面白がっている。
「それじゃあ、始めるわ。制限時間は一分よ」
その宣言に、主に四年生がざわつく。
「一分?」
「え、短くないか?」
「昨日は五分だったぞ」
周囲の囁きを耳にしたイアンはライラに目を向ける。
「ライラ先輩?」
「ここでは私がルールよ。それに、君ならば一分で事足りるでしょう?」
ライラの挑発的な笑顔に、イアンは黙って大岩に向き合う。
「それじゃあ…始め!」
合図の後、イアンの初手は攻撃魔法ではなかった。
イアンは魔力可視化の魔法を自身にかけ、大岩を見る。
大岩は魔力に包まれているが、均一というわけではなかった。
手早く隅々まで確認し、最も魔力の薄い箇所を探し出す。
イアンは冷静に狙いを付けると、魔法を撃ち出した。
「え…?」
ライラから唖然とした表情を浮かべていた。
続けて、周囲のギャラリーからもざわめきが起きる。
皆が注視する大岩には、一つの貫通した穴が空いていた。
「ライラ先輩、これでいいですか?」
「え、待って待って。今のは初級水魔法のアクアショットよね?」
ライラは困惑した態度を隠せない。
通常ならば、特殊な加工を施された大岩を初級魔法などで傷つけられるはずがないのだ。
しかし、目の前にあるのはイアンが初級魔法で穴を空けたという事実だ。
「アクアショットにこんな威力はないはず。いったい何をしたの?」
「超圧縮した水弾を超高速で、大岩の魔力が薄い部分に当てました」
イアンの説明にライラは眉間を摘んで、考え込む。
「…理論的に可能だとは理解できるわよ?でも、あの短時間でそれ程の魔力操作を行ったというの?」
「まあ…そうですね」
実状は少々異なるのだがイアンはあえて口にしなかった。
ライラはしばらく訝しげな視線を向けていたが、大きくため息をつく。
「まったく…息をするように上級魔法を使うわ、信じられない速さで中級魔法を連射するわ、威力のおかしい初級魔法を撃つわ…ほんと、今年の四年生はどうなっているの?」
「で、テストの結果は…?」
「合格合格。こんなにキレイに穴を空けられたら文句はないわ」
内面が滑らかな穴を指でなぞりながら、ライラは肩をすくめた。
「ひとまず、君の実力が魔法科に相応しいと確認できたわ。私は君を歓迎するわよ。皆も彼を温かく迎えてあげてね!」
ライラの声かけで拍手が巻き起こる。
「イアン、魔法科へようこそ。これからよろしく頼むわね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
イアンは差し出されたライラの手を取り、固く握手した。




