57.特訓
イアンは大きく深呼吸し、拳を構える。
目の前に対峙するのはギルバート。
一切の隙がない相手に対し、すり足で少しずつ間合いを詰める。
「ふっ!」
イアンの初手は右の突き。
ギルバートに軽くいなされるが、それは当然織り込み済み。
続けざまに左の蹴りを腹部に叩き込んだ。
しかし、ギルバートの反応は速く、脚を掴んで止められる。
イアンは振りほどけないと瞬時に判断し、跳んで回し蹴りを放った。
防御のためにギルバートが手を離したので、蹴りの反動を利用してイアンは距離を取った。
すると、今度はギルバートが仕掛ける。
一瞬で距離を詰めたかと思うと、低姿勢でイアンにタックルをかました。
イアンの身体が浮くが、完全に倒される前に身体を回転させ、タックルから逃れる。
だが、着地したところを狙われ、ギルバートが蹴りを入れる。
体勢が厳しかったイアンは避けられず、辛うじて後ろに跳んで威力を殺した。
すぐに体勢を立て直すが、ギルバートの拳が目と鼻の先に迫る。
イアンは頬をかすめながらも紙一重で回避し、そのまま腕を取って投げた。
ギルバートが宙に浮くが、両足で着地すると逆にイアンを投げにかかる。
イアンは咄嗟にギルバートの腕に足を絡め、関節を極めようとした。
表情を歪ませたギルバートは容赦なく腕ごとイアンを地面に叩きつける。
「かはっ・・・!」
イアンの肺から空気が抜け、一瞬呼吸が止まった。
ギルバートがマウントを取りにかかるが、イアンは跳ね起きると同時に蹴りを放つ。
それは躱されたが、距離を取って呼吸を整えられた。
数秒の睨み合いの後、再び激しい打ち合いが始まる。
フェイントを混ぜ込みながら一撃を入れようとするものの、お互いに防御力が高く、決定打が入らない。
しかし、それも長くは続かなかった。
イアンの蹴りが太腿を打った瞬間、わずかにギルバートの身体がぐらつく。
すかさずイアンは顔面に向けて拳を放った。
ギルバートは腕を交差させ、防御姿勢を取る。
しかし、イアンの拳は囮。
即座に手を引くとイアンは下から蹴り上げ、ギルバートの顎に当たる寸前で止めた。
「…ここまでだな」
ギルバートは両腕を上げ、降参の意を示す。
イアンは脚を下ろし、汗を拭った。
「これで勝率は五分五分、いや四分六分といったところか。格闘戦だと、もうお前に勝ち越せなくなったな」
「そうですか?まだ及ばない部分は多いと思いますが」
「そう謙遜するな。俺は格闘が専門じゃない。今以上に格闘を鍛えたいならトマスじいさんに頼んでくれ」
「ということは…」
「ああ。これからの特訓では剣を解禁する」
その言葉を聞き、イアンは拳をグッと握る。
ようやくギルバートから剣を学べるのだと内心歓喜していたが、表には出さなかった。
「しかし、よく二年半も耐えたな。普通の奴ならとっくにやめてるだろうに」
「それが強くなるための近道だったので」
「お前はそういう奴だったな。俺の見立ては間違いなかったようだ」
イアンの返答にギルバートは微笑を浮かべる。
「さて、始める前に一つ言っておくことがある。俺がお前たちの特訓に付き合えるのは四年生になるまでだ」
「あと半年ということですか?」
「そうだ。短い期間だが、俺の剣のすべてをお前に叩き込む。これまで以上に厳しい特訓になると思えよ」
「はい、よろしくお願いします」
「剣を取ってこい。早速始めるぞ」
「分かりました」
イアンは剣を取りに駆け出した。
「よし、今日はこれまで」
「ありがとうございました…」
イアンは肩で息をし、剣を支えにやっと立っている状態だ。
それ程にギルバートの指導は苛烈なもので、常人ならすぐに根を上げていただろう。
「一年の時よりは改善したがまだまだ足りないな」
「それは自覚しています。この間の演習ではリバーリザードの鱗に弾かれました」
「確かにあれの鱗は硬いな。騎士団の連中でも斬れる奴はそういない」
「でも、先生はそれ以上に硬い鱗を持つワイバーンを斬ったんですよね?」
「まあな。硬い相手を斬るにはちょっとした技術がいる」
「剣を速く振るとか、力をこめて振るとかですか?」
「いい線だが、どちらか一方だけでは無理だ。まず、剣を振る時は力を抜いて速度を出す。そして、当たる瞬間にのみ力をこめる。こんな感じだ」
ギルバートはイアンの前で実演してみせる。
しかし、その剣はあまりにも速く、一筋の光しか見えなかった。
「お前もやってみろ」
ギルバートに促され、イアンは剣を構えた。
息を吐き、全身の力を抜く。
そして、剣を振ると、風斬り音が鳴る。
「やはり筋がいいな。最低でも千回は繰り返して、今の感覚を身体に叩き込め」
「分かりました」
「あとは武器の問題か。お前、学園支給の剣を使っているだろ」
「はい、そうですが…」
「あれは量産品のなまくらだ。卒業するまでにマシなものを用意しておけよ」
良質な剣はそれなりに高価で、イアンの貯金ではとても足りない。
今のところ金の当てもなく、イアンは少しばかり億劫になった。
「ところで、イアン。お前は四年生から専攻はどうする?」
「専攻ですか?」
「防衛部門に行くことは間違いないよな?戦闘科か魔法科のどちらに進むつもりだ?」
「あー…」
イアンは専攻のことを完全に忘れていた。
正直なところ、どんな部門があるのかさえ知らない。
「すみません。部門って何があるんですか?」
「おい、それくらい知っておけ。まあいい。部門は全部で五つ。防衛部門、研究部門、政務部門、産業部門、文化部門だ」
「それなら俺は防衛部門ですね。戦闘科と魔法科の違いは何ですか?」
「魔法を使うか否かだな。戦闘科なら騎士団、魔法科なら魔導師団を将来の進路に選ぶ者が多い」
「なるほど…」
「でだ。現状お前の扱いで教師陣が揉めていてな。俺を含めた戦闘担当の教師たちは戦闘科を、パティを筆頭とする魔法担当の教師たちは魔法科を推している。まあ、最終的な決定権はお前にあるが…どうする?」
まさか自分を巡ってそんな事態になっているとはイアンは夢にも思わなかった。
しばらくイアンは熟考すると、ゆっくりと口を開く。
「…どちらも選ぶ、というのはできませんか?」
「戦闘科と魔法科の両方に所属する気か?そんな話は過去に聞いたことないが…いや、お前ならできるか?だが、それだと…」
ギルバートは腕組みをしてブツブツと呟く。
珍しく眉間にしわを寄せ、頭を悩ませていた。
「…この件は俺の方で何とかしよう。後日、結果は伝えるから待っていてくれ」
そう言い残し、ギルバートは早足でその場から去って行った。




