55.サバイバル③
河を横目に見ながら、イアンとオルガは先を急ぐ。
「なあ、中継地点までどんくらいかかりそうなん?」
「順調にいけば二日はかからないはずだ」
「昨日で演習四日目やったろ?セシリアたちと合流できても、課題を達成するんは無理やろうな。うちのせいでこないなことなって申し訳ないわ…」
「気にするな。それに、俺はまだ諦めてない」
「まさか一日で森を向けるつもりなん?」
「ああ。レイとセシリアがいれば何とかなる」
「えらい自信やな。あ、テッドはどうすんの?」
「置いていく」
「即答かい。まあ、うちも同意見やけど」
「とにかく、今は一刻でも早く…」
イアンは言葉を切ると、足を止める。
周囲を見渡した後、声を潜め、オルガに指示を出した。
「オルガ、探知魔法を」
「分かった。ちょお待ってな」
探知魔法を発動したオルガはすぐさま叫ぶ。
「イアン!水ん中や!」
次の瞬間、河の中からアクアリザ-ドが飛び出し、その巨大な口でイアンを丸呑みにした。
「嘘やろ…」
オルガはアクアリザードを前にへたり込んだ。
イアンが喰われたという事実を受け入れられず、放心してしまう。
次の獲物を見つけたリバーリザードがオルガに迫るが、逃げる気力も湧かなかった。
だが、リバーリザードは突然苦しみ出したかと思うと、血まみれのイアンを吐き出す。
「くそっ!油断した!」
イアンは顔についた血を拭い、剣を構える。
「あんた、生きとったんか…」
「勝手に殺すな。丸呑みだったから怪我もない」
「でも、その血は?」
「あいつの腹の中を斬った返り血だ。それよりも早く戦闘態勢を取れ。上級モンスターが相手だぞ」
「逃げへんの?」
「あいつの敏捷性を見ただろ。逃げるのは無理だ。ここで倒す」
イアンはそう言って、リバーリザードに斬りかかった。
しかし、鱗の硬さに剣は火花を散らして弾かれる。
反撃の噛みつきがイアンの腕をかすめ傷を付けた。
にもかかわらず、イアンは怯まずリバーリザードに立ち向かう。
その姿に覚悟を決め、オルガも戦闘に参加した。
風魔法を中心とした攻撃を仕掛け、そのほとんどが命中する。
だが、効果は薄く、リバーリザードの動きは落ちない。
「あかん!うちの魔法が効かへん!」
「精霊の力は使えないのか!?」
「あ…」
オルガが間の抜けた声を出す。
精霊のことが完全に頭から抜けていたのだ。
「十秒待ってや!」
オルガは急いで精霊との対話を始めた。
その間、イアンはリバーリザードの攻撃を一人で凌ぐ。
きっちり十秒で交渉を終え、オルガは声を上げた。
「イアン、避け!」
イアンが飛び退くと、オルガはウィンドカッターを放った。
精霊の力によって数倍もの威力となった魔法はリバーリザードの鱗を切り裂く。
剥き出しになった軟らかい肉にイアンが剣を突き立てると、リバーリザードは苦痛の叫び声を上げた。
オルガも追撃し、リバーリザードの傷を増やしていく。
そして、最後には脳天にイアンの剣が突き立てられ、リバーリザードは力尽きた。
「倒したんか?」
「ああ、こいつはもう死んでいる」
「そらよかった。ほんまに二人で上位モンスターを倒せるとは思わんかったわ」
「精霊の力のおかげだ。本当に強力なものだな」
「せやろ。まあ、うちはまだ精霊様と契約できとらんからあんなもんやけどな」
「契約?それをすれば、何が変わるんだ?」
「うちがやっとるのは精霊様と交渉して力の一部を借りとるだけ。契約すれば、精霊様の力全部をいつでも使えるようになんねん」
「…つまり、待ち時間もなくなる上に威力も増大するってことか。誰でも契約できるのか?」
「あんた、精霊様と契約したいん?やめとき。過去にエルフ以外で契約できた話なんて聞いたことないで」
「そうなのか?」
「この国の王さんも契約したい言うてエレドナに来たことはあったけど、まったくあかんかったわ。まあ、そもそも精霊様と話せへん以上、無理やろうな。それに…」
オルガはイアンの周囲に視線を送る。
「あんたの場合、精霊様にめっちゃ嫌われとるからな」
「そんなにか?」
「精霊様は好奇心旺盛やから、普通は自分から人間に寄ってくんねん。ただ、なんでか分からんけど、あんたの周りには精霊様がまったく近付こうとせんのや。まあ、契約すんのは諦めた方がええやろな」
「そうか、残念だ」
口ではそう言うものの、イアンの表情はそれ程残念そうではなかった。
「せや、あんた怪我しとったやろ?治したるから見せてみ」
イアンの訓練着はあちこちが裂けていた。
ただ、傷を見ようとしたオルガは怪訝な顔をする。
「あれ?傷ないやん?いつ回復魔法使うたんや?」
「回復魔法は使ってないぞ」
「いや、そんなわけないやろ。自然治癒やったら、どんな回復速度やねん」
「治ってるならいいだろ。行くぞ」
「ちょ、話はまだ…待ちや!」
さっさと歩き出したイアンをオルガは追いかけた。
度々襲いかかってくるモンスターに対処しながら、イアンとオルガは中継地点にたどり着いた。
さすがに演習六日目となれば、残っている班はもういない。
ただレイとセシリアを除いて。
「オルガさん!無事だったのですね!」
駆け寄ってきたセシリアがオルガを抱きしめる。
後から追いかけてきたレイも安堵したように微笑んだ。
「イアン、君も無事で何よりだよ」
「ああ、お前らもな。テッドは?」
「そこにいるよ。悪運だけは強いみたいだね」
テッドは寝転がって大欠伸をしていた。
そこに反省の色はまったくない。
「怪我はありませんか?危険なモンスターに遭遇しなかったですか?イアンに何かされませんでしたか?」
「待って待って。そないにいっぺんに質問されても答えられへんよ」
「あれ、オルガ嬢?話せるようになったのかい?」
「これからはちゃんとしゃべることにしたんや。慣れへんやろうけど、しばらく我慢してな」
「我慢なんてそんな。むしろ君の声を聞くことができて良かったよ」
「…ほんまモテ男の台詞は違うわ。なあ、イアン?」
「なんで俺に振るんだよ」
「さあ、なんでやろうな?」
「ぎゃはは!何だよ、その変なしゃべり方!面白えな!」
いつの間にか傍に来ていたテッドがゲラゲラと笑い始めた。
イアンやセシリアが動こうとしたが、オルガはそれを制止して前に出る。
「エレドナの誇りを汚す奴は誰だろうと許さへん!ぶっ飛んで頭冷やして来いや!」
「え?」
オルガはアクアジェットをテッドに向かって放つ。
精霊の力で威力が増されていたのか、テッドは森の奥まで飛んで行った。
「ふう、すっきりしたわ。ほな、遅れを取り戻そか」
オルガは白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべた。




