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51.観戦③

「敗北したか…」

担架で運ばれていくチェスターにブライアンは厳しい視線を向ける。

ベレスフォード流槍術を背負って戦って負けたのだ。

ブライアンの眉間のシワが深くなるのも当然といえるだろう。

「まあ、あの子にはいい薬になったと思うわ。ここ最近の行動はちょっと目に余るものがあったから…」

カロライナが小さくため息をついた。

チェスターの態度にはイアンも辟易したが、周りから見てもそうだったようだ。

現に、兄が敗北したというのに、セシリアはどこか安堵したような表情を見せていた。

一方、イアンは静かに先程の戦闘を思い返していた。

約一年前、イアンはダンと手合わせした。

結果はイアンの負けだったが、その当時よりもイアンは実力を上げている。

しかし、先の試合を見るに、ダンとの差が開いたように思えてならなかった。

「セシリア」

イアンはセシリアの名を呼んだ。

「どうしましたか?」

「学園に帰ったら訓練の量を増やす。お前も付き合ってくれ」

イアンの頼みにセシリアは目を見開くが、すぐに表情を引き締める。

「もちろんお付き合いしますわ。どうせなら、他の方も誘ってはどうでしょう?」

「いいと思う。声をかけるのは、レイにダリル、オルガと…」

「魔導師の方々にも参加を呼びかけたいですわ。訓練の幅も広がると思いますし」

「そうなると、かなり人数が多くなるな。上手くやらないと効率が落ちそうだ」

「事前に訓練内容を固めておくべきですね。何か意見はありますか?」

イアンとセシリアは訓練に関して打合せを始める。

内容は真面目なものだが、二人とも活き活きとした表情を浮かべていた。

「青春ねぇ…」

二人の様子にカロライナは温かい目を向けていた。

セシリアとの議論が白熱していると、不意にイアンの傍を給仕の男が通り過ぎる。

その瞬間、イアンの全身に鳥肌が立つ。

咄嗟に振り向くと、その給仕は特別席から出て行くところだった。

「…悪い。ちょっと行ってくる」

「え?どちらへ…?」

セシリアの問いかけに答えず、イアンは席を立った。




特別席を出た給仕の男は通路を進みながら、首元のタイを外し、窓の外に投げ捨てた。

手袋も外そうとしたところで足を止め、背後に体を向ける。

「…何かご用でしょうか?」

男の視線の先にはイアンがいた。

「あんた、何者だ?」

「何者だと言われましても、見ての通りただの給仕ですが…」

「ただの給仕がタイを捨てて、どこかに行くのか?」

男はしばらく黙っていたが、髪をかき上げて笑い始めた。

「…少年とは運命のようなものを感じるな」

イアンはその声に聞き覚えがあった。

「まさか…“カラス”なのか?」

「ご名答」

「それが素顔じゃないよな?」

「もちろん顔は変えている。しかし、この変装がバレるとは」

”カラス”は身につけていた給仕服を確認する。

「今後のために聞いておこう。何故気付いた?」

「根拠はない。ただ、身体が反応したんだよ」

「ふむ、直感で見抜かれることもあるということか」

”カラス”は顎に手を当て、興味深そうに思考する。

イアンが目の前にいるというのに無防備な姿だ。

ただ、今攻撃を仕掛けても勝ち目がないとイアンは理解していた。

せめて時間稼ぎにと、”カラス”に問いかける。

「どうしてあそこにいたんだ?今度は何を企んでいる?」

「もしや私を止めるつもりかな?だが、残念ながら、すでに仕事は終わっている」

すると、闘技場に響く歓声の中に、甲高い悲鳴が混ざる。

「何をした?」

「現場に行けば分かるさ」

”カラス”はイアンを促すが、イアンはその場で臨戦態勢を取った。

「やはり、そう簡単に見逃がしてはくれないか」

嫌な予感がしたイアンは瞬時に姿勢を落とした。

その頭上を風魔法が通り過ぎ、イアンの髪を撫でる。

おそらく以前受けたものと同じ風魔法だ。

「おや、これを避けるとは成長したようだ」

”カラス”には焦った様子はなく、むしろ感心していた。

イアンは間合いを詰め、蹴りを放つ。

しかし、”カラス”はイアンの速さに反応し、あっさり回避する。

イアンは続けて攻撃を放つが、”カラス”はそのすべてをいなす。

「さて、そろそろ終わりに…」

”カラス”は言葉を切り、咄嗟に背後に防御魔法を展開する。

そこに双剣が打ち込まれ、火花を散らした。

「ようやく骨のある奴がいた!」

ダンがチェスターとの試合で見せなかった笑みを浮かべる。

一方で、”カラス”は表情をわずかに歪ませた。

「イアン、逃がすなよ!」

ダンの意図を読み取り、イアンは土魔法を発動する。

土の壁が通路や窓を塞ぎ、三人を閉じ込めた。

「…魔闘会の優勝者に遭遇するとは運が悪い」

「まあそう言うな。少しぐらい相手してくれよ」

ダンは”カラス”に向かって駆け出す。

”カラス”もそれを黙って許さず、ウィンドバレットをダンに向けて連射する。

その発動速度や射出速度は通常のものを上回っていた。

だが、ダンは目の前に迫る魔法を紙一重で回避し、”カラス”に斬り込む。

双剣は首筋を捕らえていたが、再び防御魔法に止められた。

「類い稀なる動体視力とそれに反応できる身体能力。金級冒険者の肩書きも伊達ではないようだ」

「そりゃどうも。お前もなかなかやるな」

ダンは双剣を構え直すと、”カラス”の周囲を高速で移動し、四方八方から嵐のような連撃を叩き込む。

対する”カラス”は剣に合わせて防御魔法を展開して攻撃を凌ぎつつ、風魔法で応戦する。

攻守が目まぐるしく変化し、お互い一歩も引くことはない。

あまりに凄まじい攻防にイアンが手を出す余地はないように思えた。

しかし、イアンもただ見ているだけではいられなかった。

(一発。一発当てさえすれば・・・)

イアンは魔力をより高度に練り上げ、ウィンドバレットの狙いを”カラス”に定める。

動き回るダンが射線上にいない、かつ、”カラス”の防御が薄くなる時を息を殺して待つ。

(ここっ!)

イアンはウィンドバレットを放った。

風の弾丸はダンを避け、無防備になった”カラス”の肩に当たる。

ほんの一瞬、僅かにできた隙。

それをダンが見逃すわけがなかった。

双剣が脇腹に直撃し、”カラス”は壁に叩きつけられる。

「ようやく入ったな」

「・・・少年にしてやられるとは」

致命傷は避けたようだが、”カラス”の脇腹からは血が流れていた。

「仕方がない。この方法は使いたくなかったが・・・」

「させるか!」

ダンが飛び出すが、”カラス”の方が早かった。

光と共に爆発が起こり、辺り一帯を吹き飛ばす。

ダンとイアンは何とか無事だったが、そこにあったのは大穴の空いた壁だけだった。

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