50.観戦②
チェスターが立ち去った後、イアンたちは観戦席へと移動した。
特別席というだけあって、椅子は最高級品であり、一人一人に給仕がついているという待遇だ。
ただ、この優雅な雰囲気の場で、ごく一般的な平民の姿をしたイアンは明らかに浮いている。
椅子の座り心地は最高だというのに、周囲の貴族から向けられる視線は居心地を悪くさせていた。
「イアン、こちらに来てください。わたくしのお父様とお母様を紹介しますわ」
セシリアに呼ばれ、イアンはセシリアの父親と母親の前に立たされた。
「お父様のブライアン・ベレスフォード、お母様のカロライナ・ベレスフォードですわ」
「初めまして。ブライアン・ベレスフォードだ。よろしく」
「イアンです。よろしくお願いします」
ブライアンが手を差し出したので、イアンはその手を取ると、それだけでブライアンの圧倒的な強さを感じた。
「さて、君が娘に怪我を負わせたという話は事実かな?」
ブライアンは静かだが圧のある声で問いかけてくる。
「はい、そうです」
「そうか。よくも私のかわいい娘に…」
ブライアンの手に力がこもり、イアンの手を握り潰しにかかる。
しかし、手が潰れる前にセシリアが止めた。
「お父様、あれは決闘の場でのことです。イアンに何の非もありませんわ。何度もそう伝えているではないですか」
「だが…」
「お父様?」
セシリアにジト目を向けられ、ブライアンはイアンの手を放した。
「大人げないわよ、ブライアン。ごめんなさいね。この人、セシリアを溺愛しているから。カロライナよ。よろしくね」
カロライナとも握手したが、彼女もまたブライアンと同等に強い人だとイアンは察知した。
すると、カロライナは興味深さげに口を開く。
「あら貴方、面白いことしてるわね」
「…分かりますか?」
「ええ。私くらいの魔導師ならば、魔力の流れくらい感覚で分かるわ」
「カロライナ様は魔導師なんですか?」
「ええ、こう見えて王室魔導師団の副団長なの。ちなみに、ブライアンは王室騎士団団長よ」
軽い調子で伝えられた事実にイアンは目を見開いた。
それと同時に自身の感覚が間違っていなかったと理解する。
「でも、畏まらなくていいわよ。今はセシリアの母親として挨拶をしているだけなのだから。そうそう、セシリアったらよく貴方の話をするのよ。イアンは強い、イアンはすごい、ってね。おかげで、ブライアンが嫉妬して宥めるのが大変なのよ」
「お、お母様、その話は内緒で…」
「カロライナ、それは言わない約束じゃ…」
セシリアが珍しく顔を赤くし、ブライアンがうろたえていた。
カロライナの表情を見るに、二人の反応を楽しむためにわざとやっているようだ。
この人を敵に回してはならないとイアンは心に刻む。
しばらく世間話を交わした後、イアンは解放された。
気疲れしたイアンは席に戻ると、椅子に身体を投げ出す。
「お父様とお母様の相手をしてくれて、ありがとうございました。あと、わたくしの話は聞かなかったことに…」
「別に誰かに話す気はないから安心しろ」
イアンが手をヒラヒラと振ると、セシリアは安堵した様子を見せた。
試合開始の時間となり、客席から声が上がり始めると同時に、舞台の中心に司会が現れた。
『ご来場の皆様、魔法武闘競技大会へようこそ!これまで七日にわたり、各地より集いし猛者たちが戦い、争い、己の力を誇示してきました。しかし、数々の激闘を繰り広げた今大会も本日で最後。いよいよ強者の頂点が決定するのです。その瞬間を見逃さぬよう、くれぐれも瞬きは厳禁でお願いいたします。それでは、大変お待たせいたしました。これより、魔闘会決勝戦を執り行います!』
司会の宣言にファンファーレが鳴り響き、闘技場全体が沸き立つ。
『では、選手をご紹介しましょう。王国内外にその名が轟くベレスフォード流槍術の使い手、王室騎士団一番隊副隊長、チェスター・ベレスフォード!』
チェスターが入場し、観客に手を振る。
手にしているのはただの槍ではなく、穂が十字型になっている十文字槍だ。
『続いて、唸る双剣はオーガをも切り裂く、話題沸騰の金級冒険者、ダン!』
「ダン?」
入場してきたのはイアンとセシリアがよく知る男だった。
「驚きましたわ。まさか彼が決勝に残っているとは…」
「そんなにすごいことなのか?」
「魔闘会に参加する選手の実力は並大抵のものではありません。金級冒険者であってもそう簡単には勝ち上がれないはずです」
「そうなのか。ところで、お前の兄貴は強いのか?」
「ええ、少なくともわたくしよりはずっと…」
チェスターは確かに強者独特の雰囲気はあった。
ただ、セシリアが言う程の実力があるようには見えなかった。
『では、両者構えて!』
チェスターは槍の穂先をダンに向ける。
一方のダンは自然体のままで、首を鳴らしていた。
『…始め!』
合図と同時にチェスターが高速の突きを繰り出す。
攻撃が当たる直前までダンはほぼ棒立ちだった。
その様子にチェスターは勝利を確信する。
だが、ダンは一瞬で双剣を抜き、チェスターの槍を止めた。
チェスターは目を見開くが、冷静にダンから距離を取る。
「この僕の槍を止めるとはやるじゃないか」
チェスターがわざとらしく褒めるが、ダンは期待外れだといった表情を浮かべた。
「んー…この分だと妹の方がまだ期待できるな」
「何だと!?」
ダンの呟きにチェスターは激高する。
「僕はベレスフォード流槍術の後継者だぞ!愚妹などより劣っているわけがないっ!」
チェスターは再び槍を振るう。
十文字槍の形状は変則的な軌道の攻撃を生み出す。
初見で相対すればイアンでも対応は難しいだろう。
しかし、それをダンは軽く受け流していた。
「こので全力じゃないよな?」
「舐めるな!ならば、最強最速の技を受けてみろ!」
チェスターは腰を落とし、槍を構え直す。
「奥義“グングニル”!」
速く鋭い乱撃がダンを襲う。
その突きはセシリアよりも速い。
だが、チェスターの全身全霊の攻撃を前に、ダンは剣を鞘に収めてしまった。
そして、以前のセシリアとの手合わせを再現するように、チェスターの攻撃を体捌きのみで躱す。
「なぜだ!?なぜ当たらない!?」
焦るチェスターと正反対に、ダンは冷静に一歩ずつ間合いを詰めていく。
そして、目と鼻の先まで近付くと、顔面に拳を叩き込んだ。
たった一撃で意識を刈り取られ、チェスターは地面に倒れ伏した。
『…チェスター選手、行動不能!勝者、ダン!』
決着の宣言がなされ、闘技場が歓声の渦に包まれた。




