49.観戦①
「イアン、少しいいですか?」
講義後、イアンはセシリアに呼び止められた。
「どうしたんだ?」
「週末の予定は空いていますか?もしよければ、わたくしと出かけませんか?」
まるでデートの誘い文句のような問いかけに、周りにいたゴシップ好きの生徒たちが色めき立ち、女子からは好奇、男子からは嫉妬の目を向けられる。
その状況にイアンはうんざりしながら返答する。
「週末は空いているが、どこに行くんだ?」
「魔闘会の観戦ですわ」
セシリアが答えると、傍で聞き耳を立てていた生徒たちは期待外れだといった様子でその場から離れていった。
周囲に人がいなくなり、清々してイアンは会話を続ける。
「マトウカイって何だ?」
「魔法武闘競技大会のことです。三年に一度開催されるこの大会には、各地から実力者が集まりますわ。高みを目指すならば、その戦い振りを見ておいて損はないでしょう」
「なるほどな。だが、何で俺を誘うんだ?」
イアンの疑問に、セシリアはチケットを取り出して見せた。
「これは試合を間近で見られる特別席のチケットです。一枚余っていたので、ライバルである貴方を誘いたいと思ったのですわ」
「そういうことなら、ありがたく受け取っておく」
イアンは差し出されたチケットを手にした。
「では、五日後の13時に王立闘技場前で集合しましょう。くれぐれも遅刻はしないように」
イアンに釘を差して、セシリアは颯爽とその場から去って行った。
当日、イアンが王立闘技場を訪れるとその周辺は精霊祭並に賑わっていた。
ただ、武器を携えた柄の悪い連中もそこそこ混ざっているせいか、あちこちで警備に当たる衛兵が目を光らせている。
人ごみを抜けて集合場所に着くと、セシリアはすでに待っていた。
「遅いですよ」
「まだ五分前だろ」
「レディーと待ち合わせするのならば、十分前には来るべきですわ」
「…すまん」
下手に言い返すと面倒なことになりそうだったので、イアンはとりあえず謝る。
その口先の謝罪に対し、セシリアはジト目を向けたが、文句を言うわけでもなく小さくため息をつくだけだった。
「…まあ、時間前に来たので良しとしますわ」
セシリアはイアンに背を向けて歩き出す。
まっすぐに闘技場に向かうようだが、イアンはその背に声をかける。
「なあ、試合は何時からだ?」
「15時からですわ」
「まだ二時間あるな。屋台で何か食べないか?」
「昼食はもう済ませましたが…」
「メシじゃなくても甘いものとかにすればいいだろ。座って待つのも退屈だし、とにかく行ってみよう」
「…いいでしょう。たまには悪くないかもしれませんね」
セシリアは踵を返し、イアンもそれを追いかける。
よくよく考えてみると、セシリアと二人きりで出歩くのは初めてのことだ。
ただ、セシリアが貴族らしい格好をしているのに対し、イアンの服装が庶民丸出しなので、隣に並ぶと違和感しかない。
それでも屋台で甘味を摘まむセシリアはどこか楽しそうだった。
小一時間ほど屋台を巡った後、イアンたちは闘技場に入る。
観戦席への通路を進んでいると、前からセシリアと同じ瞳をした男が歩いてきた。
その男を見た瞬間、セシリアは表情を曇らせる。
男もセシリアに気付いたようで、底意地の悪い笑みを浮かべて近付いてきた。
「おや、これは我が愚妹ではないか。こんな所まで何をしに来たんだ?」
「お兄様…」
「こいつ、お前の兄貴なのか?」
「ええ、わたくの兄のチェスター・ベレスフォードです」
チェスターは口を挟んだイアンを睨みつける。
「誰だ、貴様は?」
「セシリアの同級生だ」
「ああ、例の“狂犬”か。まったく、こんなクズと愚妹が一緒にいるとは…」
「訂正してください」
セシリアが震える声でチェスターに言い返した。
「今、何と言った?」
「訂正してください、と言ったんです。彼を侮辱する言葉を訂正してください!」
「兄に口答えするつもりか?この出来損ないが!」
チェスターの恫喝にセシリアは怯まず立ち向かおうとする。
イアンはクズ発言に関しては特に何も思わなかったが、他に引っかかることがあった。
「出来損ないって何のことだ?」
「知らないのか?学園では上手く取り繕っているようだな、愚妹よ」
チェスターの言葉にセシリアは黙って唇を噛む。
「教えてやろう。この愚妹はベレスフォード流槍術の奥義どころか型もろくに習得していないのだ。さらには、魔法はたった一属性しか使えない。出来損ない以外の何ものでもないだろう?」
チェスターは見下した視線をセシリアに向ける。
言い返せないセシリアは俯いて、拳を握り込んだ。
チェスターの言葉にイアンはしばらく考え込み、口を開く。
「兄貴のくせにセシリアのことを何も分かっていないんだな。槍でも魔法でも勉学でさえ手を抜かないで、学年トップを勝ち取ってる奴だぞ?そんな奴が出来損ないなわけがないだろ」
その言葉にセシリアがはっとして顔を上げた。
「俺はセシリアを心から尊敬している。あんたの目は節穴か?」
「き、貴様!言わせておけば!」
イアンに煽られたチェスターは怒りで肩を震わせ、イアンに掴みかかろうとした。
「何をしている?」
渋い男の声にチェスターの手が止まる。
現れた男の隣には妖艶な女性が腕を絡めていた。
「父上、母上!何故ここに!?」
「セシリアがなかなか来ないから探しにきたんだ」
「も、申し訳ありません」
セシリアは慌てて頭を下げる。
「いいんだよ。で、何をしていた?」
セシリアの父親は笑みを浮かべて問いかけるが、チェスターに向ける視線は鋭い。
「久々に妹と顔を合わせたので、少し話していただけですよ」
「セシリア、本当か?」
「はい…」
チェスターから睨みつけられ、セシリアは萎縮して肯定する。
その様子にセシリアの父親は小さくため息をついた。
「この件についてはあとでゆっくり話を聞こう。ところで、チェスター。準備はできているのか?」
「はい、もちろんです。魔闘会の決勝という栄えある舞台をして、一切の抜かりはありません」
チェスターは自信たっぷりに自分の胸を叩く。
「ならばいい。それでは、そろそろ…」
「僭越ながら、父上にお願いがあります!」
チェスターが声を上げ、セシリアの父親を引き止める。
「この魔闘会、優勝した暁には王室騎士団一番隊隊長の座を僕に!」
チェスターの頼み事にセシリアの父親は眉間にしわを寄せた。
「…検討しておこう」
「ありがとうございます。必ずや我が勝利をご覧に入れてみせましょう」
チェスターはそう言い残して、その場から去って行った。




