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43.壊れない玩具

食べかけのケーキを前に、ネルがフォークを置いた。

「ごちそうさま…」

「どうしたんだ?まだ残ってるぞ?」

「もう食べたくない…」

ネルの声はどことなく暗い。

今日もまた勉強を見ていたのだが、ネルはいつもより集中できていないようだった。

そのため、気分転換させるために甘味を食べに来たのだが、まさか甘味好きのネルがケーキを残すとは予想外だった。

「なあ、何かあったのか?」

「別に何もねえよ…」

ネルはイアンから目をそらした。

その態度は間違いなく隠し事をしている。

それもかなり重大なものだろう。

ただ、本人が話さない以上どうしようもない。

「ネルさん、こんな所にいたのね」

いつの間にか、ベリンダとその取り巻きが傍に来ていた。

ベリンダの声を聞いたネルの顔色はさらに酷くなっている。

「イアン先輩もご一緒でしたか。ネルさんに用事があるのですが、お借りしても?」

「今は俺と話しているんだが?」

「あら、そうですか?ねえ、ネルさん。まだ話すことはあるかしら?」

ベリンダに尋ねられるが、ネルは黙って俯いたままだった。

「聞こえなかったの?まだ話すことはある?」

圧のある声にネルは席を立ち、ベリンダの傍に寄る。

「いい子ね。さあ、行きましょ」

「ネル、待て…」

イアンはネルを止めようとする。

だが、イアンの前に取り巻きの男子生徒たちが立ちはだかった。

「おい、どけよ」

「ダメだ。ベリンダ様があんたに構っている暇はない」

「その通りだ。さっさと失せろ」

一人の男子生徒がイアンを追い払うように手を振る。

相手の人数が多く、さすがに食堂で暴れるわけにもいかず、イアンは歯噛みして見送るしかなかった。




ネルはベリンダにより、学園の端の空き地まで連れて来られる。

そこは学園を囲む塀の陰になっており、滅多に人が来ない場所だった。

「今日は何をして遊ぼうかしら?何かいい案はある?」

ベリンダが取り巻きたちに問いかける。

取り巻きたちはクスクスと笑っていた。

「意見が出ないなら私が考えるわ。そうね…今から一人一回ずつ叩いていって、一番声を上げさせた者の勝ち。これでどう?」

「いいですね。やりましょう」

ベリンダの提案を受けて、賛同の声が上がる。

「じゃあ、まずは私からね。逃げられないようしっかり捕まえておくのよ」

すると、二人の男子生徒がネルの両腕を掴み動けないようにする。

ベリンダはネルの前まで来ると手を大きく振りかぶった。

そのままネルの頬を平手打ちし、乾いた音が響く。

「…っ!」

「あら、あまり鳴かなかったわね。まあいいわ。次は誰?」

それから取り巻きたちが次々とネルの顔を叩いていった。

叩かれる度にネルは声を出しそうになるのを必死に堪える。

取り巻きたちが一通り叩き終わると、ネルの両頬は赤く腫れていた。

「ん~、ネルさんが我慢するから勝敗を決めるのが難しいわ」

「それなら、もう一度やってはどうでしょう?」

「いいわね。今度は殴っても蹴ってもいいし、魔法もありにしちゃおうかしら」

ベリンダはネルに近づき、顔を上げさせる。

「ほら、仕切り直しよ。さっさと治しなさい。早く」

ネルは言われるがままに、ギフトの力で頬の腫れを引かせた。

「それじゃあ、二回戦ね。私、前々から火魔法が熱いのか試してみたかったのよ。さあ、手を出して」

ネルを捕らえていた一人が、無理矢理ネルの腕を前に出させる。

ベリンダはファイアボールを発動させると、ネルの手に押しつけた。

「あぁぁぁっ!!」

火はすぐに消えたが、ネルの手は酷く爛れていた。

「ようやくいい声が出たわね。さあ、まだまだ続くわよ」

次の男子生徒がネルの腹を手加減なしに殴る。

「ぐぅっ…!うっ、おぇぇ…」

痛みのあまり、ネルは吐いてしまった。

「もうネルさんったら、汚いんだから」

そう言いつつもベリンダは嗜虐的な笑みを浮かべていた。

怪我はギフトで治せても、暴力の痛みを感じないわけではない。

顔と腹を重点的に痛めつけられ、ネルは声を出す気力も奪われる。

「そろそろ終わりにしようかしら?今日も私の勝ちね」

その言葉に取り巻きたちが拍手する。

ベリンダは満足げに笑みを浮かべると、ネルの髪を掴んだ。

「ほら、いつも通り、きれいに治すのよ」

ネルはわずかな抵抗でベリンダを睨みつけた。

「何、その目?私に逆らうつもり?貴女の家族や先輩がどうなってもいいの?」

「…っ!」

ベリンダに逆らえず、ネルは悔しげに自分の怪我を治した。

「よくできました。それにしても壊れない玩具っていいわ。今までの玩具はすぐに壊れちゃうから退屈してたのよ」

ベリンダは楽しげにネルの頭を撫でた。

「さあ、今日はここまで。戻りましょ」

ネルを解放し、ベリンダと取り巻きたちはその場から去ろうとする。

すると、ちょうどその前にイアンが現れた。

「ようやく見つけた。こんな場所まで来やがって…」

学園中を駆け回ってネルを探していたイアンは若干息が上がっていた。

イアンは座り込むネルに気が付くと、急いで傍に寄る。

「ネル、大丈夫か?」

ネルは俯いたまま、イアンの問いかけに答えなかった。

イアンはベリンダたちに鋭い視線を向ける。

「お前ら、ネルに何をした?」

「お友だち同士、遊んでいただけですよ」

「遊んでいた?ふざけてるのか?」

イアンの地を這うような低い声に取り巻きの数人が後退る。

ただ、ベリンダの態度は堂々としたものだ。

「いいえ、ふざけてなどいませんわ。ネルさん、そうよね?」

ネルは躊躇いつつもゆっくりと頷く。

「おい、ネル…」

「ネルさんも同意していることですし、この話はこれでおしまいにしましょ」

ベリンダは手を鳴らすと、にこやかな笑顔をイアンに向けた。

イアンは納得できず、ネルに再度話しかける。

「ネル、本当のことを言え。俺が何とか…」

「うっせえな!」

イアンが伸ばした手を払い、ネルが叫ぶ。

「いい加減にしろよ!毎日毎日、付きまとわれて迷惑なんだ!あたしのことはもう放っておいてくれ!」

「…なあ、それ本気で言ってるのか?」

「そうだよ!お前なんかどっか行っちまえ!二度と顔見せんな!」

それを聞いた瞬間、イアンから表情が消える。

その場にいた者は、周囲の温度が下がったような感覚に襲われた。

「分かった。そっちがその気なら、俺は二度とお前に関わらない」

イアンはネルから離れ、ベリンダたちの横を通り過ぎる。

「あら、よろしいのですか?」

「ああ」

イアンは短く返事すると、立ち去っていく。

その姿にベリンダがほくそ笑む一方、ネルは唇を噛み地面の土を握りしめた。

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