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42.仮面の男

「いや~、惜しかったね。もうちょっとで勝てそうだったのに。でも、お互いに倒されては押し戻しての大接戦で手に汗握ったよ」

マイルズが興奮気味に捲し立てる。

「僕も途中までダリルが勝つと思っていたよ。負けてしまったのは残念だったけど、準優勝という結果は誇るべきじゃないかな?」

「僕も今回の結果に納得はしている。相手が強かったのは確かだ。しかし、これで満足するつもりはない。さらに鍛錬に励まなくては」

ダリルは決意を新たにし、ぐっと拳を握る。

「そうそう、イアンもすごかったよね。あの大きな相手に勝っちゃったんだから」

「まあ、次で負けたけどな」

初戦で力を使い果たしたイアンは二回戦であっさり負けてしまった。

ただ、イアンを倒した相手はそのまま優勝した猛者だったので、万全の状態でも勝つのは難しかっただろう。

「純粋な筋力じゃ、勝てない相手はたくさんいる。俺ももう少し筋肉を付けないとな」

「おお、戦友もついにその気になったか。ならば、我がウォーレン家に伝わる筋肉増強法を伝授しよう」

「いや、そこまでしてもらわなくても…それに、そういうのは秘伝の方法とかじゃないのか?」

「なに、戦友には教えても構わないというのが我が家のルールだ。遠慮することはない。では早速、トレーニングについてだが…」

思わずして、ダリルの筋肉講座が始まってしまう。

ただ、トレーニング方法や食事の摂り方など、その話は確かに理にかなったものではあった。

「では、ここで実践を…」

しかし、説明に熱の入り過ぎたダリルが服を脱ぎ出すとは予想外だった。

「待て待て待て!ここで脱ぐな!」

さすがに公共の場で半裸にさせる訳にはいかず、イアンたちは慌てて制止する。

ダリルを落ち着かせ、続きは学園に戻ってからと約束させた。

「…とりあえず、準優勝のお祝いでもしようか。ダリル、好きなものをごちそうするよ」

「む、いいのか?ならば、あそこの肉串をいただこう」

レイの提案にダリルは先に見える屋台を指差した。

「いいのかい?もっと高いものでも構わないよ?」

「筋肉を使った後は肉を摂取するべきだ。だから、あれがベストだ」

「まあ、そういうことなら…」

イアンたちは肉串の屋台に足を向ける。

すると不意に、イアンの目の端を道化の仮面を付けた男が過ぎる。

他にも仮面を被っている人々は多くいたが、その男のことがやけに気になった。

イアンは一瞬迷ったが、自分の直感に従うことにする。

「…悪い。用事ができた。あとは三人で回ってくれ」

「え?イアン、どこに…?」

レイの呼びかけを無視して、イアンは仮面の男を追った。

仮面の男はのんびりとした様子で通りを歩き、時々露店を覗いたり、人と会話したりしている。

ごく普通に祭りを楽しんでいるようで、怪しい素振りは見られなかった。

だが、自分の思い違いだったかとイアンが感じ始めた頃、不意に仮面の男が脇道へと逸れる。

迷いない足取りで路地裏を進み、次第に人気がなくなっていった。

行き止まりに突き当たったところで、仮面の男が立ち止まる。

仮面の男は数秒の思考の後、おもむろに身体の向きを変えた。

「さて、こそこそと私の後をつけるのは誰だ?」

仮面の男に声をかけられ、イアンはビクリと肩を振るわせる。

その視線は壁越しにイアンに向けられており、尾行がバレているのは明白だった。

イアンは観念して、姿を見せる。

「ほう、学園生とはこれまた意外だったな」

「どこで気付いたんだ?」

「君が尾行を始めてからすぐだ。あれだけ熱い視線を送られれば、否が応でも気付く」

イアンの尾行は決して下手だったわけではない。

常に10m以上の距離を取り、相手の視界に入らないよう細心の注意を払っていた。

にもかかわらず気付かれたことに、イアンは仮面の男の正体を確信する。

「それで私に何か用があるのか?」

「…あんた、“カラス”だろ?」

イアンの問いかけに、仮面の男は一瞬固まる。

だが、すぐに笑い声を上げた。

「これは驚いた。どこかで見た顔だと思えば、去年出会った少年じゃないか」

「認めるんだな?」

「ああ。私が“カラス”だ」

“カラス”が顔の前で手を振ると、特徴的な黒い仮面に変わる。

「何でここにいる?またリンダを誘拐しに来たのか?」

「いや、その依頼は依頼人がいなくなった時点で破棄された。今回は別件だよ」

「また何か事件を起こすつもりか?」

「それを少年に教える義理はない。そうそう、折角こうして再会したんだ。これを返しておこう」

“カラス”の手元が動き、何かが飛んでくる。

イアンは咄嗟に後方に飛び退くと、地面にナイフが刺さった。

「去年、少年がくれたものだ。刺さり所が悪かったせいで、一週間も治療に集中しなくてはならなかったよ」

“カラス”の話を聞きながら、イアンはナイフを手に取る。

先程から攻撃の機会を窺っていたが、まったく“カラス”に隙はない。

「この場で少年を口封じすることもできるが、それは私の主義に反する。さっさと行くといい」

そう言って、“カラス”は背を向ける。

その瞬間、イアンは“カラス”に向かって突進し、ナイフを振る。

だが、ナイフが当たる直前、“カラス”が目の前から消えた。

「見逃してやろうというのに、随分血の気が多いことだ」

頭上からした声に顔を上げると、“カラス”が空中に立っていた。

「浮いてる…?」

「何を驚いている?これは風魔法の応用だぞ?」

風魔法で空を飛ぶなど、イアンは聞いたことがなかった。

不覚にも“カラス”の魔法をもっと見たいと思ってしまう。

呆気に取られていると、“カラス”の放った風魔法でイアンは吹っ飛ばされた。

「ほんのお返しだ。では、また会おう、少年」

「おい、待て!」

“カラス”はフワリと飛び上がり、建物を越えていった。




次の日、新聞の一面には“カラス”の話題が掲載されていた。

「『闇夜の“カラス”、“月の雫”を手中に』か。有力商人が被害に遭ったみたいだね」

「“月の雫”って?」

「宝石だよ。金貨千枚分くらいの価値があるらしいよ」

「金貨千枚!?」

マイルズが驚きの声を上げる。

貴族とはいえ、金貨千枚はそれなりの大金なのだ。

“カラス”と聞いたイアンは腕を組んだまま眉間にしわを寄せる。

「戦友、どうかしたのか?」

「…昨日、“カラス”に会った」

「え?何ともなかったのかい?」

「ああ、少し話しただけだ」

「それならよかったけど…」

“カラス”と対峙した際、イアンは“カラス”に憧れを抱いてしまったことを若干悔しく感じていた。

一方で、目指すべき魔導師としてイアンの中に刻み込まれたのだった。

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