4.魂の再起
「…アン、イアン。起きろ」
揺すり起こされ、イアンが目を開けると、険しい表情のモーリスがいた。
まだ外は暗いというのに、何故かモーリスは守備隊の装備を整えている。
「イアン、急いで支度をしろ」
「どうしたの?まだ朝じゃないけど…」
「野盗の襲撃だ」
モーリスの言葉に、イアンは寝ぼけた頭を叩き起こされる。
耳を澄ませば、警鐘が遠くで鳴っていた。
「久々に現れたと思えば、かなりの規模だ。もしかすると、門を破られるかもしれない」
「門が?そんなにマズいの?」
「ああ。だから、母さんと一緒に教会に避難するんだ」
「分かった」
「俺はもう行く。母さんを頼むぞ」
モーリスはイアンの頭を撫でると、早足に家を出て行った。
準備を済ませ、イアンはカミラに連れられ家を出る。
教会に着くと、すでに避難した人が大勢集まっていた。
「カミラ、イアン。よく無事で」
「神父様、ありがとうございます」
「これで住民全員が避難できた。あとは神に祈るしか、我々にはできないだろう」
「モーリスならばきっと勝ってくれるはずです。だって、私の夫であり、強い戦士ですもの」
「…すまない。モーリスや守備隊を信じなければな」
神父はカミラに諭され、不安げな表情を改める。
その一方でイアンは教会の中をキョロキョロと見渡していた。
「イアン、どうかしたのか?」
「いや、マーサ姉ちゃんが見当たらなくて…」
「マーサ…?」
イアンの発言に神父は青ざめた。
そして、焦ったように教会にいる人々の顔を確認し始める
「神父様、マーサは一年前エッジタウンに来たばかりです。野盗が来た時の対応を知らないのでは?」
「もしそうならば、まだ家にいるかもしれない!まずいぞ!守備隊に急いで知らせなければ!」
神父は慌てて、教会を出て行く。
(マーサ姉ちゃんが危ない?)
そう頭によぎった瞬間、イアンは動き出していた。
「イアン!?待ちなさい!」
カミラの声が背中越しに聞こえるが、イアンは構わず教会を飛び出す。
月明かりのない道をイアンは無我夢中で駆け、先を走る神父をあっという間に抜き去った。
「イアン!?どこへ行くつもりだ!?教会へ戻りなさい!」
喚き立てる神父の声に耳を貸さず、イアンはまっすぐ門を目指す。
防壁が近付いてくると、守備隊と野盗の戦闘の音がはっきりとしてきた。
(門は抜けられない。それなら…)
イアンは門に続く通りを外れ、脇道に入る。
その先には街を流れる水路があった。
水路は外に繋がっており、防壁部には鉄格子がかかっている。
ただ、イアンの身体の大きさならば簡単に通り抜けることができた。
イアンは鉄格子を抜け、街の外に出る。
幸い、野盗は門に集結しているようで、近くに誰もいなかった。
(マーサ姉ちゃん!)
イアンはマーサの無事を祈りながら、再び走り始めた。
だが、戦場の傍で数人の野盗に見つかってしまう。
「おい!そこのガキ、止まれ!」
野盗がイアンの前に立ちはだかる。
(どうする?でも、ここで引き返したらマーサ姉ちゃんが…)
イアンは覚悟を決めて、野盗に突っ込んだ。
「このっ…!」
野盗はイアンに向かって武器を振る。
イアンはその攻撃をギリギリで躱し、野盗の間を走り抜けた。
「待ちやがれ!」
野盗が追いかけてくるが、追いつかれる前にイアンは森に入った。
森に入りさえすれば、慣れているイアンの方が圧倒的に早い。
野盗を置き去りにして、イアンはマーサの家へと急ぐ。
マーサの家に到着すると、その周囲には誰も居なかった。
イアンはいつものノックを忘れて、勢いよく扉を開けた。
「マーサ姉ちゃん、大丈…!?」
扉を開けると、イアンの目に信じられない光景が飛び込んできた。
整理整頓された部屋はひどく荒らされ、マーサが10人以上の野盗に囲まれていた。
そして、マーサは手足を縛られた上、服は破かれ、今まさに嬲られようとしており、その目には恐怖からか涙が浮かんでいた。
それを見た瞬間、イアンの心臓が大きく鼓動する。
「あ?なんだ、このガキは?」
リーダー格の男が不満げにイアンを見た。
⸻……セ
「街のガキか?何でここにいる?見張りはどうした?」
「す、すいやせん。つい気になって、俺らもここに…」
手下がビクビクしながら、土下座をする。
⸻…ロセ
「何やってんだ?まったく、見張りまで入ってきてどうするんだ?え?」
「で、でも、こんなガキに何かできると思いやせん」
「まあ、それもそうだな」
手下の弁解に男はあっさり同意した。
⸻コロセ
「このガキどうします?」
「さっさと殺れ。俺はこいつの味見をする」
男は舌なめずりをし、マーサに手をかける。
⸻殺セ!
老人を送り出した青年は相変わらず、慌ただしく書類を片付けていた。
そこに豊満な体つきをした女が颯爽と訪れる。
「アズラエル、調子はどう?」
「ご覧の通りです。貴方からいただいた仕事のおかげで毎日嬉しい悲鳴を上げていますよ、女神様」
「んふふ」
青年の皮肉の籠もった返答に、女神は笑って受け流した。
「女神様と会うのは14年ぶりになりますかね?」
「そう、案外早かったわね。前に会った時は50年ぶりだったかしら?」
「そうでしたね。ところで、何のご用ですか?僕は忙しいのですが」
「アズラエルは相変わらず素っ気ないのよね。どうしたら私に優しくしてくれるの?」
女神は頬に手を当て、わざとらしく困った素振りを見せる。
だが、青年はそれを完全に無視して、仕事を続けていた。
「…まあいいわ。今日は、この間の転生について聞きに来たのよ」
「もう九年も前ですけどね。これがその時の記録です」
「ありがとう」
女神は青年から書類を受け取り、目を通し始める。
「ふ~ん、今回はお爺ちゃんだったの。何というか、つまらないわね。要求したギフトは…こんな地味なもの?転生者って、もっとこう、夢見がちで野心的な人間ばっかりだと思ったけれど…」
女神の独り言は、仕事で忙しい青年にとっては耳障りなものだった。
早く帰ってほしいとイライラしていると、突然独り言が止む。
青年が顔を上げると、女神は血の気の引いた顔で体を震わせ、手に持った書類を握りしめてクシャクシャにしていた。
「ちょっと、女神様。大事な書類なので…」
「アズラエル!!」
女神が青年の名を怒気のこもった声で呼ぶ。
そして、青年に書類を突きつけた。
「貴方、何という魂を送り出したの!?」
青年は女神の示した箇所を見て、目を見開く。
そこには小さな文字でこう書かれていた。
“殺戮の魂”と。