38.迷宮③
演習五日目の早朝。
イアンたち14班は迷宮の入口に集合した。
「これから俺たちは三日かけて十階層を目指す。しばらく野営地には戻ってこれないが、荷物に不足はないな?」
「はい、問題ありませんわ」
「よし。他に言いたいことがある奴は?」
「あの、一つ質問していいでしょうか?」
レイが手を挙げる。
「昨日、僕たちは一日で八階層まで到達しました。このペースであれば二日で十分だと思いますが、どうして三日かけるのでしょうか?」
「理由は二つある。まず、今回は野営の荷物を運んでいるからだ。ある程度は分散させてはいるが、それでも戦闘の足かせになることには変わりない」
イアンたちが背負う荷物の合計は30kgほど。
ダンが12kg、イアンとレイが6kg、セシリアとオルガは3kgという分担だ。
いくらイアンたちが日頃鍛えているとはいえ、身軽な時と比べれば多少は影響が出る。
「もう一つの理由は何でしょうか?」
「俺たちの最終目標が、階層主を倒し、十階層を攻略することだからだ」
「え・・・?」
レイはもちろん、イアンたちもダンの言葉に耳を疑う。
「階層主を相手にするには万全の状態を整えておく必要がある。とりあえず、今日は七階層を踏破して一泊。明日は十階層の“試練の間”の前で一泊。そして、最終日には階層主に挑むぞ」
「ま、待って下さい。今回の演習目標は十階層への到達であり、踏破ではないはずです。それに、階層主は上位モンスターであると聞きます。危険を冒してまで戦わなくてもよいのではないでしょうか?」
「確かに、安全を考えれば十階層の到達で止めておくべきかもしれないな。だが、踏破してはならないとは言われていない。目の前のチャンスをみすみす逃す手はないだろう?」
ダンはニヤリと口角を上げた。
「チャンス、ですか・・・?」
「階層主との戦いは迷宮でしか味わえない。そこで生死を賭けた戦闘を経験してこそ、より高みに昇れるってもんだ。それに、お前らの実力ならいけると監督者である俺が判断した。何か問題があるか?」
ダンの問いかけをレイは否定できなかった。
ここで否定してしまえば、イアンたちの実力を認めていないと言っているようなものだからだ。
「・・・分かりました。ですが、危険だと判断すれば、すぐに撤退の指示を出して下さい」
「いいだろう。それじゃあ、出発だ」
ダンの言葉を合図に、イアンたちは迷宮に踏み込んだ。
順調に七階層を踏破し、八階層へと続く通路でイアンたちは野営の準備を始める。
階層間にある空間は数少ない迷宮の安全地帯であり、モンスターが侵入してくることはない。
ゆえに、冒険者たちなどが休息している姿もちらほらとあった。
「お前ら、荷物はしっかり見ておけよ。ここにいるのは善人ばかりじゃないぞ」
ダンは釘を刺すと、ふらりとどこかに行ってしまった。
残されたイアンたちはテントを立て、食事の支度をする。
メニューは固いパンに、干し肉と芋を入れたスープだ。
迷宮攻略では定番だが、セシリアたち貴族には食べ慣れないものだろう。
しかし、疲れているのか、誰も文句を言うことなく、静かに口に運んでいた。
「何だ、お前ら?辛気くさい面して。メシもらうぞ」
戻ってきたダンはその場に座り、自分の食事を食べ始めた。
「どこに行っていたんですか?」
「ちょっとした情報収集だ。八階層から引き返してきた奴によれば、この先にキラーバットが湧いているらしい。こりゃ、明日はきつくなるぞ」
キラーバットはそれ程強いモンスターではない。
だが、超音波で相手を撹乱させた上で、翼についた刃で斬りつけるという非常に厭らしい攻撃をしてくるのだ。
洞窟型の迷宮にはキラーバットが必ず生息し、最も死傷者を出す要因となっている。
すでに何度かキラーバットに遭遇し、その厄介さを知っているイアンたちは表情を歪めた。
その傍ら、ダンは鍋に入っていたスープを飲み干す。
「ごちそうさん。まあ、いざとなれば俺が何とかする。さすがにお前らに死なれたら目覚めが悪いし、依頼未達で昇格の話がパーになるからな」
「昇格ということは、金級冒険者になるんですか?」
「ああ。これで白金級まであと一つだ。ただ、その代わり来年はお前らの面倒を見られなくなる」
「え、どうしてですか?」
「この監督依頼を受けられるのは銀級だけ。金級が出張るまでの依頼じゃないってことだ」
ダンが軽く笑って話す一方、セシリアは不機嫌そうに眉をひそめていた。
それを横目で見つつ、イアンが口を開く。
「ダン、この演習が終わった後、手合わせをお願いしていいですか?」
「手合わせか。俺とお前じゃ、勝負にならないだろ」
「それでも、今の自分の実力をはっきりさせたいんです」
「そういうことなら、付き合ってやる。じゃあ、今日はもう休め。明日も早いからな」
ダンはそう言うと、またどこかへ行ってしまった。
テントの前で、イアンは一人で見張りをしていた。
外での野営とは違い、輝光石と呼ばれる青白く光る鉱石と所々で焚かれる火により、洞窟内はほんのりと明るい。
ただ、人が動く気配はほとんどなく静けさに包まれていた。
「隣、よろしいですか?」
セシリアはイアンの返事を聞く前に腰を下ろす。
「起きてたのか?」
「ええ」
短く言葉を交わし、二人は口を閉ざす。
しばらくの沈黙の後、先に切り出したのはイアンだった。
「・・・で、何の用だ?」
「その、貴方に話さなければならないことがありまして・・・」
セシリアは少し言い淀むが、イアンに向き合うと頭を下げる。
「先日のわたくしの無神経な発言を謝罪させて下さい」
「先日?」
「モンスターコアの件です」
「ああ、そんなこともあったな・・・」
演習で忙しかったため、正直イアンは忘れていた。
ただ、セシリアはしっかり覚えていたようだ。
「あれから、貴族と平民の関係について、わたくしなりに考えてみました」
セシリアは蕩々と語り出す。
「わたくしは、貴族は民を庇護するものだと教えられてきました。ですが、民は守られるだけの存在ではない。それぞれに想いがあり、強さがある。これはイアン、貴方の姿を見て、ようやく理解したことです」
セシリアはイアンをじっと見つめた。
気恥ずかしくなったのか、イアンは目をそらす。
「貴族と平民は対等とはいえません。しかし、身分に関係なく一人一人への敬意を忘れないよう心がけますわ。言いたいことはそれだけです。残り二日もお互い頑張りましょうね」
セシリアはそう言い残し、テントに戻っていった。




