37.迷宮②
イアンたちは五階層を踏破した後、野営地へと戻ってきた。
迷宮の外に出るのは案外簡単で、各階層間に迷宮の入口と繋がる転移の魔方陣が設置されている。
転移の魔方陣は非常に高度な代物であり、現代の技術での構築は不可能だ。
ただ、迷宮の魔方陣は一方通行であり、転移元へと戻ることはできない。
そのため、一度迷宮を出れば再び一階層から攻略をやり直す必要がある。
だが、演習の目標である十階層に一日で到達するには、現在のイアンたちの実力では困難だ。
少なくとも迷宮内で一夜を明かすことが前提となり、食料や野営の道具などが必要となる。
まだ演習二日目ということもあり、イアンたちは野営地に帰ることにしたのだった。
ダンと別れ、テントに戻っていると見覚えのある体躯を見つけた。
「おお、我が戦友よ。君も帰ってきたのか」
そこにはすでにポーズを決めたダリルがいた。
相変わらず上半身裸だが、手にはガントレットを装備しており、傷跡と血痕がいくつも付いている。
「お前の班もかなり激しかったみたいだな」
「うむ、四階層でモンスターの群れに遭遇したのだ。なかなか有意義な訓練になったぞ」
まだまだ余力のありそうなダリルはいい笑顔で親指を立てた。
「しかし、魔導師というのは軟弱だな。魔力切れを起こしたら戦えなくなくなるとは」
ダリルの視線の先にはマイルズとルシアが疲れ切った表情でフラフラと歩いていた。
ただ、限界だったのか二人とも途中で倒れ込んでしまう。
「・・・二人を救護テントに連れて行ってくるよ。オルガ嬢、手伝ってくれるかい?」
人のいいレイがオルガを連れて二人を介抱しに向かう。
「あいつらと班を組んだのか?」
「ああ、戦友の訓練の折に親しくなったからな。声をかけたら、快く引き受けてくれたぞ」
ダリル自身は二人が快諾したと思っているようだが、おそらく侯爵家のダリルに誘われて断ることができなかったのだろう。
「少しは加減してやれよ。お前に合わせてたら、あと五日も保たないぞ」
「そうだろうか?過酷な環境こそ、成長の糧となると思うが?」
「そうじゃない奴もいるんだよ。二人のこと、もっとちゃんと見てやれよ」
「ふむ・・・?」
ダリルは分かっているのか微妙な表情を浮かべていた。
「ところで、あと一人は・・・」
「セシリア様」
一人の女子生徒がイアンの横を素通りし、セシリアに淑女の礼をする。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。お初にお目にかかります、オルグレン伯爵家が長女、アガサと申します」
「アガサさんですね?こちらこそ貴女と会えて光栄です。オルグレン家の有能さは母から聞き及んでいますわ」
「ありがとうございます。公爵家の方々の話題にしていただけるとは、感動の極みです」
セシリアとアガサは肩が凝りそうな貴族らしい会話を交わす。
「あの、差し出がましいですが、セシリア様はお疲れなのでしょうか?少々お顔色が優れないようですが・・・」
「あら、そう見えますか?」
そう答えつつ、セシリアはわずかにイアンに視線を送る。
それをアガサは見逃さなかった。
振り向いたかと思えば、イアンを睨みつけた。
「そこのお前。セシリア様に何かしたのか?正直に答えろ」
「・・・まあ、やったといえばやったな」
「認めたな、この外道め!」
アガサは声を荒げた。
「お前のような低俗な人間をセシリア様のお側にいさせるわけにはいかない。よって、この場で私は決闘を申し込む!」
アガサはイアンを指差し、高らかに宣言した。
だが、もはやイアンにとってこのようなことは日常茶飯事であり、まったく動じることはない。
「ことわ・・・」
「待て」
イアンが決闘を断ろうとすると、ダリルがそれを制止した。
「この決闘は受けた方がいい」
ダリルの表情は真剣そのもので、若干冷や汗をかいていた。
「アガサのしつこさは筋金入りだ。きっと君が決闘を受けるまで、延々と付きまとってくるぞ」
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「ウォーレン家とオルグレン家は昔から懇意にしていて、彼女とは古い付き合いなのだ。僕も何度か勝負を持ちかけられた経験がある」
「そうか。で、強いのか?」
「それは、まあ・・・」
イアンの質問にダリルは言葉を濁す。
「おやおや?何やら険悪な雰囲気だね」
どこから嗅ぎつけてきたのか、リビーが顔を見せた。
そのままトントン拍子に決闘の段取りが整えられ、イアンとアガサは対峙する。
「それじゃあ、両者求めることを宣言してね」
「私は、セシリア様に彼が二度と近付かないことを望みます」
「じゃあ、俺は彼女からの勝負を二度と受けないことを望みます」
「オーケー。決闘形式は模擬戦。真剣を使用し、魔法は禁ずる。戦闘続行不能あるいは降参により決着とする。これでいいかな?」
「「はい」」
「では、両者構えて」
アガサの持つ剣は軽そうな細剣だ。
速さを重視した戦術なのだろうとイアンは警戒する。
「それじゃあ、始め」
開始の合図にイアンは動かず、アガサの出方を見る。
だが、それは期待していたものとは違った。
(遅いな・・・)
イアンに振り下ろされる剣はあまりにも緩慢で、スケルトンの方がいくらかマシなくらいだ。
イアンはアガサの攻撃を余裕で避け、アガサの剣を持つ手に手刀を叩き込んだ。
そして、アガサが剣を落としたところに、首筋に剣を突きつける。
「はい、そこまで。勝者、イアン」
リビーの声は心なしかつまらなそうだ。
まったく勝負にならなかったことにショックを受けたのか、アガサは呆然として膝をついた。
一方、イアンとしては疑問が浮かぶばかりで、ダリルに問いかける。
「ダリル、どういうことだ?」
「うむ、実は彼女の本職は魔導師だ」
「は?それなら、なんでわざわざ剣で挑んできたんだ?」
「アガサはセシリア殿に憧れているのだ」
ダリルはセシリアに目を向けた。
「わたくしにですか?」
「ああ。幼少の頃にセシリア殿が槍を振るう姿を見たようでな。まあ、槍は難しく、代わりに剣を手にしたそうだ。立派に剣を振れるようになればセシリア殿に挨拶をしに行くと、昔から言っていたぞ」
「それで、今日わたくしのもとに来たのですね?」
「その通りだ。演習に参加できる実力は身につけたようだからな」
「でも、こいつに剣の才能はないぞ」
イアンのはっきりとした物言いに、ついにはアガサが泣き出してしまう。
「貴方ねえ・・・」
「戦友よ、さすがにこれはない」
「イアン君、辛辣~」
イアンに冷たい視線が向けられる中、一人楽しそうに笑うリビーだった。




