36.迷宮①
スケルトンがイアンに剣を振り下ろした。
しかし、イアンは剣では受け止めず、わずかに身体を傾けて紙一重で躱す。
そして、一歩前に出るとスケルトンの頭蓋骨を砕いた。
スケルトンはカラカラと音を立てて、その場に崩れ落ちる。
「これで最後か?」
「うん、もう近くにモンスターはいないね。でも、あんなギリギリで避けるのは危ないよ。剣で受けてもよかったんじゃない?」
「スケルトンの動きならもう見切ったから問題ない。それに避けた方が剣を刃こぼれさせなくて済む」
イアンは剣の状態を確認し、鞘に収めた。
「その意見には俺も賛成だ。避けられるなら避けた方がいい」
後方で待機していたダンが口を開く。
「ただ、油断はするなよ。怪我だけじゃ済まなくなるぞっ!」
ダンはナイフを投げた。
ナイフはレイの耳元をかすめ、壁に突き刺さる。
レイが振り向くと、その切っ先はレイに襲いかかろうとしていたスライムを貫いていた。
「スライムは弱いが、その分探知魔法にかかりにくい。魔法だけに頼らず、自分の感覚も研ぎ澄ませておけよ」
レイは冷や汗を流しながら黙って頷いた。
ダンは壁からナイフを抜くと、腰のナイフケースに戻す。
「そっちは大丈夫か?」
「ええ。しかし、スケルトンと侮っていましたわ。数が揃うとこれ程厄介だとは思いませんでした」
大きく息を吐くセシリアの足元には大量のスケルトンの残骸が散らばっている。
オルガも矢をかなり消費したようで、まだ使えそうな矢を回収していた。
「これまでの階層よりも一段と難易度が上がった感じがしますね」
「そりゃ、三階層までは練習台みたいなもんだからな。気を引き締めろ。迷宮はここからが本番だぞ」
ダンは奥へと鋭い視線を向ける。
闇に覆われた空間にイアンたちは唾を呑んだ。
迷宮。
それは世界に形作られた人工物でも自然物でもない超常の領域である。
迷宮の記録は数百年を遡るが、その存在意義や発生原因などは解明されておらず、まだまだ未知に包まれた存在だ。
一方で、迷宮に関して判明していることもある。
迷宮に共通するのは、無限に続く階層構造であること、アイテムや金銀財宝を生み出すこと、そして迷宮内がモンスターの巣窟であることだ。
だが、それらの知識があったとしても迷宮の攻略は決して甘くない。
複雑怪奇な階層は人々を迷わせ、魅力的なアイテムは人々を惑わせ、獰猛なモンスターは人々を襲う。
まさに迷宮は魔窟であり、世界屈指の危険地帯といえよう。
では、なぜ人々は迷宮に挑むのか?
それは迷宮が夢を見せるからである。
名声を求める者には証を、富を求める者には財宝を、力を求める者には強敵を、真理を求める者には謎を・・・
人々が望めば迷宮は応えてくれるだろう。
ただし、時として命という重い代償を払わなければならないことを忘れてはならない。
命を懸ける覚悟のある者だけが挑戦できるのが、迷宮というものなのだ。
今年の野外演習の舞台もまた、世界に点在する迷宮の一つ。
洞窟型の迷宮であるケイヴ迷宮は、王国内で二番目の規模を誇る。
今回の演習目標は一週間で十階層に到達することだ。
イアンたちは三階層を突破し、四階層に足を踏み入れたところでスケルトンの大群に遭遇したのだった。
「よし。次の敵が来る前にモンスター核を回収するぞ」
いつの間にか地面からスケルトンの残骸は消えており、代わりに宝石のようなものが黒く光っていた。
その黒い石こそがモンスター核であり、モンスターを倒せば獲得できるものだ。
ただ、それは迷宮内での話。
迷宮の外でモンスターを倒したとしても死骸は残り続け、モンスター核は手に入られない。
これもまた迷宮の謎の一つだ。
「この数をすべてとなると荷物になるのではないですか?少なく見積もっても百はありますわ」
「ああ、そうだな。だが、こいつは討伐証明だし、何より金になる」
「スケルトンのモンスター核だと大した金額にならないと思いますが?わざわざ集める必要はあるのでしょうか?」
「金に余裕のある貴族の発想だな。俺らのような明日の生活も保証されない人間にとっては、こういう些細な金でもあるのとないのでは大違いなんだよ。なあ、イアン?」
「まあ…」
唐突に話を振られて、イアンは曖昧に返事をする。
その姿にセシリアは自分の発言の不適切さを理解したようで、気まずそうな表情を浮かべていた。
すべてのモンスター核を集め終わると、ダンは指示を出す。
「よし、それじゃあ先に進むぞ」
指示に従い、イアンたちは移動を始める。
ただ、セシリアだけは俯いてその場に佇んでいた。
「どうした?置いていくぞ」
イアンが声をかけると、セシリアはイアンに向き合う。
「あの・・・わたくしが集めたモンスター核を貴方に差し上げますわ」
セシリアは自分が集めたモンスター核の入った袋を差し出す。
「・・・それは何のつもりだ?」
「え?」
イアンの怒気を含んだ声にセシリアは困惑する。
「何だ?俺を憐れんでいるのか?」
「いえ、そんなつもりは・・・」
「お前は無意識に平民を自分より下の存在として認識してるんだな。そりゃ、金も地位もない。毎日の生活だって苦しい。でもな、平民にだってプライドはあるんだ。恵んでもらおうなんて思っちゃいない。欲しいものがあれば己の力で手に入れようと必死に足掻くくらいはする。そんな俺たちが一方的に施しを押しつけられて喜ぶと思うか?舐めんじゃねえよ!」
「・・・っ!」
声を荒げるイアンにセシリアは何も言えず、唇を噛む。
そこに、二人が来ないことを心配したレイが戻ってきた。
「二人とも立ち止まって、どうかしたの?いくら二人が強いといってもはぐれると危険だよ」
「何でもない。すぐ行く」
レイの肩を叩いてイアンはさっさと歩き出した。
「セシリア嬢?」
立ち止まったままのセシリアにレイが声をかけると、突然セシリアは自分の頬を両手で叩いた。
「ええっ!?突然どうしたんだい!?」
慌てるレイを余所にセシリアは大きく息を吐き出した。
かなりの力で叩いたのか、頬が赤くなっている。
「・・・大丈夫です。自分の馬鹿さ加減に腹が立っただけですわ。わたくしたちも行きましょう」
口を一文字に結び、セシリアは足を踏み出す。
一方のレイは状況を理解できないまま、その背中を追いかけた。




