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31.生意気

ある日、廊下を歩くネルは不機嫌さを露わにしていた。

しばらく我慢していたようだが、足を止めると勢いよく後ろを振り返って叫ぶ。

「ついて来んなって言ってんだろ!?」

ネルは後ろにいたイアンを睨みつける。

リビーにネルのことを頼まれてからというもの、昼休みや放課後になるとイアンは律儀にネルの様子を見に行っていた。

だが、相変わらずネルはイアンに反抗的な態度であり、それを隠そうともしない。

そんなネルに、イアンは大きくため息をついた。

「…ったく。前に歩けば、『邪魔だ、どけ』。隣に並べば、『横に立つな』。お前がそう言うから、後ろからついて行ってるんだぞ。何だ?次は頭の上を飛べってか?」

「ふざけんな!んなことしたら、ぶん殴るぞ!」

ネルは拳を握り、イアンに喰ってかかる。

「やれるものならやってみろ。それよりも、お前まだ読み書きできないんだろ?いい加減覚えた方がいいんじゃないか?」

「うっせえな!読み書きなんかできなくたっていいだろ!」

「そんなこと言っても、講義はどうしてるんだ?教科書読めなきゃ、内容分からねえだろ?」

「ふん!講義が何だ!こんな勉強して何の役に立つんだよ!」

ネルは思い切りイアンに鞄を投げつけた。

イアンは危なげなく、その鞄を受け止める。

「…ったく、危ねえだろ。ここにいる以上、一応やることはやるべき…」

「あたしは!学園に来る気なんてなかった!」

ネルの叫びが廊下に響いた。

その声を聞いた生徒たちがイアンとネルに注目が集まる中、イアンは冷静に聞き返す。

「じゃあ、なんで学園に入ったんだ?」

「親父の助けになるってリビーが言ったんだよ。でも、入学したら、毎日毎日よく分からない難しい話ばっかりだ。これで本当に親父の助けになるのか?なあ、どうなんだよ!?」

リビーがネルの何を見込んでスカウトしたのか、ネルの父親がどんな人物であるか、イアンは知る由もない。

だから、イアンはネルの質問に答えることができなかった。

「…もういい。あたしは学園を辞めてやる」

「おい、待て…」

「あんたもあたしの世話するのなんて嫌だろ?あたしは一人で好きなようにやるから、もう来なくていいよ」

そう吐き捨てて、ネルは立ち去ってしまう。

イアンはその背を見送るしかなかった。




「あんのクソガキが!」

イアンは苛立ちを発散するかのように剣を振り下ろした。

その剣を受け止めたレイは鍔迫り合いに持ち込む。

「今日はまた一段と荒れているね。彼女と何かあったのかい?」

「生意気なんだよ!あのガキは!」

「ガキといっても僕らと一つしか違わないよ?」

「知るか!こっちが下手に出てるのをいいことに好き勝手言いやがって!」

イアンはレイの剣を逸らすと、再び剣を振るった。

レイは守りを固め、イアンが放つ剣撃を捌く。

ただ、イアンは左右上下と剣筋を散らし、レイの防御を崩しにかかる。

そして最終的にイアンはレイの剣を弾き飛ばし、首筋に剣を当てた。

「また僕の負けか。まだまだイアンには追いつけないね」

「よく言う。あんなにしつこく粘られたら、こっちもきついんだぞ」

今日のイアンは息が上がり、うっすらと額に汗が浮かぶ。

入学して間もなくの頃は、レイとの模擬戦は数秒で決着がついていた。

ただ、レイは宮廷剣術を着実に身につけてきており、ここ最近はイアンと剣を交えてもそれなりの時間を粘れるようになっているのだ。

「珍しく君が集中を欠いているから勝てると思ったんだけどな。でも、打ち合った時間は最長記録を更新したよ」

レイはノートを手に取り、今の模擬戦の内容を書き込む。

生真面目なレイはイアンとの対戦の記録をこまめに取っていた。

「それ、いつまで続けるんだ?」

「死ぬまでかな?君との研鑽の日々を残したいんだ」

「悪いが、全敗で終えることになると思うぞ」

「どうだろうね。僕はいつか君に黒星をあげるつもりだよ」

「それは俺もうかうかしていられないな」

レイにとってイアンは前を行く目標だ。

レイはどれだけ差があろうと、イアンの背中を追いかけることを決して諦めないだろう。

また、イアンにとってレイは背後から加わるプレッシャーだ。

イアンも努力を怠っているわけではないが、レイという存在はより一層イアンを鍛錬に励ませていた。

それぞれの認識は違えど、その相乗効果により二人の実力は大きく上がっているのは言うまでもない。

「ところで、ネルにかなり手を焼いているようだね?今日もかなり不満を吐いていたけど」

「正直、あいつの考えてることが分からん。今日だって、学園を辞めるとか言い出しやがった」

「へえ、それは困ったね。僕に何か手伝えることはあるかい?」

「いや、お前が出てくると話が余計にこじれる」

「そんなにはっきり言われると、さすがの僕も傷つくよ」

なぜイアンが断ったかというと、実は本人の預かり知らぬところで、レイのファンクラブが存在するからだ。

その会員のやることといえば、基本的に陰から眺めたり、応援したりする程度だ。

だが、中には過激分子もおり、イアンは何度か脅迫文を送られている。

ゆえに、下手にレイに関わらせて、面倒事になるのは避けたかったのだ。

ただ、それを伝えることはしないので、レイは肩をすくめるしかなかった。

すると、ギルバートとの特訓を終えたセシリアが口を挟む。

「後輩には真摯に接するものです。それが女性ならなおさらですよ?」

「お前はあいつを知らないから、そんなことが言えるんだろ」

「ネルさん、でしたか?では、貴方は彼女のことをどれだけ知っているというのですか?」

「それは…」

思い返せば、イアンはネルのことに関してほとんど知らなかった。

というか、顔を会わせても、まともに話をした覚えもない。

「他者と分かり合おうと思うなら、その方がどのような性格、思想、嗜好であるかを探らなくてはなりません。そのためには、まず言葉を交わすことが必要です。黙っているままでは、いつまで経っても相手を理解できませんよ?」

「その言葉を交わすことができないんだが?」

「それは貴方が嫌々やっているのが相手に伝わっているからでしょう?」

「…」

セシリアの問いかけは図星だった。

頼まれたから仕方なくやっている面もあり、イアンはネルの面倒を見ることにはあまり乗り気ではなかった。

「こちらが心を開けば、自然に距離が縮まってくるはずですわ」

「…分かった。話せばいいんだろ?ネルと腹割って話すよ」

「ぜひ、そうしてくださいね」

渋々といった様子のイアンに向かって、セシリアはニッコリと微笑んだ。

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