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29.後輩

イアンたちが二年生に進級して一週間ほど経った頃。

いつものように、イアンとレイは談笑しながら昼食を取っていた。

「…そういえば、イアンは選択科目は何を取った?」

「確か、対人格闘、集団戦術、実戦魔法とかだな」

イアンは指折り数えながら科目名を挙げる。

「見事に戦闘系科目に偏っているね」

「まあな。そうそう、あと人体構造も取ったぞ」

「人体構造?医者志望の人が取る科目じゃないか。何だか意外なものを選択したね」

「そうか?身体の構造を知っておけば、急所を狙いやすくなると思うけどな」

「あー、そういうことか…」

レイは額に手を当てる。

イアンがあまりにも戦闘脳であったことに、レイの感情は感心と呆れで半々になっていた。

「そういうレイはどうなんだ?」

「僕も実戦魔法は取ったよ。あとは、政治と経済に関係する科目だね」

「お前、研究会でも同じことしてるよな?」

「研究会は自主的なものだから、さらに深めようとすると頭打ちになるんだ。講義だとより専門的だし、違う視点からの考えも学べるいい機会だよ」

「…勉強熱心だな」

勉強嫌いのイアンには耳の痛い話だった。

きっとレイの真似はできないし、するつもりもないだろう。

『2-Dのイアン。至急、医務室に来るように』

会話を続けていると、突然校内放送が響いた。

「今、イアンの名前が聞こえたね。怪我でもしているのかい?」

「いや、どこにも傷はないけどな」

「それなら、どうして医務室に?それもわざわざ校内放送まで使って…」

なぜ医務室に呼ばれるか、イアンにはまったく見当が付かなかった。

ただ、校内放送で大々的に呼ばれた以上は無視するわけにはいかない。

「とりあえず、行くだけ行ってみる」

「僕も一緒に行こうか?」

「いや、俺一人でいい。レイはゆっくりしていてくれ」

イアンは昼食の残りを胃に流し込み、急いで医務室に向かう。

医務室の扉を開けると、リビーがのんびりとコーヒーをすすっていた。

イアンに気が付き、リビーはにっこりと微笑む。

その裏がありそうな笑みにイアンは眉をひそめた。

「やあ、イアン君。待っていたよ」

「突然何の用ですか?昼飯の途中だったんですけど」

「君に紹介したい子がいてね。ネル君、出ておいで」

リビーに呼ばれ、ベッドカーテンの裏から人影が現れる。

「あ、お前…」

イアンはその顔に見覚えがあった。

入学試験で遅刻しそうになっていたところを送り届けた相手だ。

文字を碌に読めないというのに合格できたことにも驚いたが、その腰元を見てイアンはさらに困惑する。

ネルが着用していたのは女子用の制服だったのだ。

「お前、女だったのか…?」

「は?何だよ?あたしを男だと思ってたのか?」

「そりゃ、あんな格好してたら勘違いしてもしょうがないだろ」

試験の日、ネルは男物の服を着ており、髪も短く切り揃えられていた。

そのため、イアンは完全にネルが男だと誤認していたのだった。

「まあまあ。とりあえず、お互い自己紹介でもしたらどう?」

「…二年のイアンだ」

「ネル」

ネルは自分の名前だけ言って、不機嫌そうに顔を背けた。

「ところでイアン君、彼女を抱えて走ったんだって?いやー、まったく女の子に対して大胆なことをするもんだ」

リビーの口調は明らかにイアンをからかっていた。

その活き活きとした笑顔に、イアンは殴りたい衝動に駆られるが、相手の立場が上ということもあり何とか思いとどまる。

「…で、俺がここに呼ばれたのは、先生にからかわれるためですか?」

「もちろん違うよ。まあ、もう少し君の反応を楽しみたい気持ちはあるけどね」

初めて会った時からもそうだったが、イアンはリビーを苦手な相手だと再認識する。

どうやらネルも同じようで、リビーに訝しげな視線を送っていた。

「さて、本題に入ろうか。イアン君、君に頼みたいことがある」

リビーはネルの肩を取り、自分のもとに引き寄せた。

「君には彼女の面倒を見てほしいんだ」

「はあ!?」

声を上げたのはネルの方だった。

「何言ってんだよ!?あたしがこいつに面倒見てもらえってか!?」

ネルはリビーの胸倉を掴み揺さぶった。

ただ、リビーの表情は笑みを浮かべたまま一切変わらない。

「まあまあ、落ち着きなよ。飴でも食べるといい」

リビーはネルの口に飴を突っ込んだ。

そこそこ大きい飴だったため、ネルは話そうとしても、もごもごと口を動かすしかできない。

「確認ですが、ネルは平民なんですよね?俺も平民だからなのだと思いますが、他に適任がいるでしょ?俺はそんなに面倒見のいい人間じゃないですよ」

「それが、適任だと思ってた子がこの前卒業してしまってね。学園に在籍する平民の生徒も少なくて、今やイアン君とネル君しかいないんだよ」

「でも、俺の時は先輩がいましたよね?俺は面倒を見てもらった記憶はないですけど?」

「そりゃ、君は男だし、性格的にも例え一人であっても平気だっただろう?」

「まあ、それはそうですが…」

入学した当初、イアンは一人でやっていく腹積もりでいた。

レイに声をかけられたのはまったくの偶然であり、もしレイがいなければイアンは今も一人だったのだろう。

「君は知らないだろうが、女っていうのは厄介な生き物でね、貴族の女は特にそうだ。欲は深いし、高慢で、嫉妬深く、自己中心的。常に他者を蹴落とそうと虎視眈々と狙っているんだ。ほんの少しでも隙を見せれば、簡単に取って喰われてしまうよ。そんな中にネル君を一人放り出すのは、あまりにも酷だと思わないかい?」

リビーの問いかけにイアンは唾を飲み込む。

幸運なことに、イアンの周りにいる女性の中には、リビーの語るような人物はいなかった。

だが、そういった女性もいるという事実に、イアンは少々背筋が寒くなる。

「それに、ネル君をスカウトしたのは私だからね。彼女をあまり辛い目に会わせたくない」

「それなら、自分でやればいいじゃないですか?」

「残念ながら、私は学園に雇われた魔法医。中立的立場でいなくてはならない。彼女一人に肩入れするわけにはいかないんだよ」

リビーは肩をすくめた。

イアンはネルに目を向ける。

じっとイアンを睨みつけるネルを見て、イアンはため息を吐いた。

「…分かりました。引き受けます」

「そう言ってもらえると思っていたよ」

「おい!あたしはまだ納得してないぞ!?むぐっ!」

飴を舐め終わり、再び騒ぎだそうとするネルの口にリビーは再び飴を放り込んだ。

「とにかく、よろしく頼むよ」

リビーはイアンに向けてウインクをした。

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