25.精霊祭③
国王が挨拶を終えて城内に下がった後、イアンたちは屋台で昼食を取ることにした。
「市場の中で食べてもいいけど、もしよかったら私のオススメのお店に行かない?」
「ああ、クレアに任せる」
「ほんと?好き嫌いがあれば言ってね」
イアンたちが向かった先は、ちょうどイアンとリンダが清掃した区域だった。
屋台通りのようで、そこかしこから食欲を誘う香りが漂ってくる。
クレアの目的の店は人気店のようで屋台には長い列ができていた。
「人が多いな」
「大丈夫。お店の回転は速いし、すぐに順番が回ってくるよ」
イアンたちは最後尾に並んだが、クレアの言う通り列の進みは速い。
売っているのは揚げ物らしく、屋台に近くなると油の撥ねる音が聞こえてくる。
「何を揚げているんだ?」
「鶏肉だよ。一口サイズだから食べやすいし、何より美味しいんだ」
「それは楽しみだね。僕もお腹が空いてきたよ。ねえ、リンダ?」
「そ、そうね」
敬語は取れたが、レイへのリンダの受け答えはまだたどたどしい。
雑談をしている間にイアンたちの順番が回ってきた。
「らっしゃい!おう、坊主か。昨日は手伝いありがとよ」
店主の顔と声で、イアンは昨日この屋台の準備も手伝ったことを思い出す。
「準備が間に合ってよかったです。今日は友人と一緒に来ました」
「それなら、サービスしてやらねえと…な…」
レイたちの姿を目にした店主は固まった。
そして、イアンに視線を戻し、足先から頭までまじまじと見た。
「ぼ、坊主。その制服は学園のか?」
「そうですけど?」
店主は一気に青ざめ、屋台の前に出て土下座した。
「許してくれ!まさか、坊主が貴族だとは思わなかったんだよ!」
学園の生徒はそのほとんどが貴族の子。
知らなかったとはいえ、平民が貴族を顎で使ったとなれば、多少の罰は下されるだろう。
それゆえに、店主は地面に額をこすりつけて必死に懇願する。
「俺に何かあったら、嫁やガキが路頭に迷っちまう!どうか見逃してくれ!」
「なんだ、なんだ?」
「どうしたんだ?」
店主の声は通りに響き、野次馬が集まり始める。
これ以上の騒ぎになる前に、イアンは店主の誤解を解くことにした。
「あの、勘違いしているようですが、俺は貴族じゃないです」
「え…?」
「数は少ないですが、学園生にも平民はいます」
「そうなのか?」
「はい、俺は平民です」
「よ、よかった…」
店主は顔を上げ、大きく息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
地べたに座り込む店主にレイが手を差し伸べる。
「ああ、すまんな」
「ちなみに、こいつは貴族です」
「それは早く言えよ!」
店主は慌ててレイから手を引っ込め、自力で立ち上がった。
「イアン、わざわざ言わなくてもよかったんじゃない?」
「お前は良くても、おっちゃんが気にするだろ」
「坊主の言う通りだ。まったく、心臓に悪いぜ」
店主は胸を押さえながら、屋台に戻る。
「んで、注文はどうする?」
「じゃあ、揚げ鶏を四つお願いします」
「了解だ。すぐに準備する」
店主は手早く鶏肉を油に入れていく。
きつね色に揚がったところで丁寧に油を切り、容器に盛り付けた。
「待たせたな。揚げ鶏、四人前だ」
「ありがとうございます。いくらですか?」
「金はいらねえ。坊主の連れの分もな」
「いやいや、ちゃんと払いますよ?」
「なに、準備を手伝ってもらった礼と騒いじまった謝罪だ」
「そう言われても…」
「とにかく、受け取ってくれ。そんでうちの揚げ物が美味かったと広めてくれればいい」
「…では、いただきます」
店主の押しの強さにイアンは折れて、商品を受け取った。
屋台から離れた後、レイとクレアに揚げ物を配り、リンダにも渡そうとする。
しかし、リンダは受け取ろうとせず、イアンをじっと睨みつけた。
「昨日、私が真面目に掃除をしている時に、貴方はサボって屋台の手伝いをしていたのね?」
リンダの視線が冷たくイアンに刺さる。
「…悪かった。掃除をサボったのは認める」
「素直に謝ったことは褒めてあげるわ。でも、貴方はもう少し学園生の自覚というものを…」
リンダの説教が始まるが、揚げ鶏の香りのせいでまったく頭に入ってこず、一分も経たない内にイアンは腹を鳴らした。
「ちょっと!聞いているの!?」
「腹が減るのは仕方ないだろ」
「そのくらい我慢しなさいよ!」
「リンダ、そのくらいにしておいたら?せっかくの揚げ鶏が冷めちゃうよ?」
クレアの制止により説教は止まったが、リンダはまだ言い足りないようだ。
イアンがリンダの分の揚げ鶏を差し出すと、リンダはひったくるように受け取り、怒りのままにパクパクと食べ始めた。
リンダのことは後にして、イアンも揚げ鶏を一つ口に含む。
表面の熱は少々下がっていたが、一噛みするとサクッとした衣に弾力のある肉の旨みが溢れてきた。
「美味いな」
「そうでしょ?初めて精霊祭に来た時に見つけて、毎年食べに来てるんだ」
十個くらいあった揚げ鶏はあっという間に胃に収まる。
ただ、一つ一つのサイズが小さかったため、イアンには物足りなく感じた。
「ねえ、クレア嬢。他にもオススメの屋台はあるかな?揚げ鶏は美味しかったんだけど、僕やイアンには足りないんだよね。もう少し量があってもいいと思うんだけど」
「量が少ないのは敢えてよ。売上が偏らないよう、屋台間で協力しているの」
「なるほど。リンダ嬢は商売に詳しいのかい?」
「まあ、私の家は商会を持っているから」
「ひょっとして、ヒマワリ商会かな?」
「知っていたの?」
「いや、今思いついたんだ。貴族の後ろ盾があるような有力な商会は限られているし、スラットリー男爵領にヒマワリの群生地があることを考えれば、見当は付くからね」
「相変わらず変態的な知識と思考力だな」
「その言い方は酷くないかい?」
レイは興味本位で調べただけなのだろうが、通常何の狙いもなく他領の植生など把握することはない。
現にリンダは驚きと戸惑いを隠せず、レイに訝しげな視線を送っていた。
若干ピリついた空気になるが、イアンが再び腹を鳴らす。
「えっと・・・他のお店に行こうか?」
クレアに促され、イアンたちは別の屋台へと足を向ける。
ただ、大通りには先程より人が溢れ、人と肩をぶつけながら歩かなければならない状態となっていた。
イアンたちは何とか進んでいたが、最後尾にいたリンダが人の波に押し流されてしまう。
「あ、待っ・・・」
リンダが呼び止めようとした瞬間、何者かがリンダの口を塞ぐ。
そして、リンダは抵抗する間もなく眠らされた。




