23.精霊祭①
冬の寒さが和らぎ、暖かく過ごしやすい季節が訪れる。
今日の講義も終わり、イアンは大きく欠伸をした。
そこにクレアが顔を見せる。
「ねえ、レイ君、イアン君。もしよければ、私たちと一緒に精霊祭に行かない?」
クレアの隣にはイアンの知らない女子生徒がいた。
「そいつ誰だ?」
「イアン・・・彼女、僕たちと同じクラスなんだよ?」
「そうなのか?」
イアンは他人への関心が極端に低かった。
だから、半年以上経っているというのに、クラスメイトの顔もろくに覚えていない。
本気で知らないといった顔をしているイアンにクレアは苦笑いする。
「えっと、紹介するね。彼女は…」
「リンダ・スラットリー。スラットリー男爵家の三女です」
リンダは自分で名乗ると、イアンに鋭い視線を送る。
睨まれたイアンは面倒そうにそっぽを向いた。
「…ところで、どうして僕たちを精霊祭に誘ったのかな?」
「あのね、せっかくの精霊祭だし、皆で行く方が楽しそうかなって」
「それもそうだね。イアンはどうする?」
「…まあ、行ってもいいぞ」
特に断る理由もなかったので、イアンは承諾する。
ただ、リンダはあまりいい顔をしていなかった。
「クレア、本当に彼も誘うの?彼の態度はあまりに失礼じゃない?」
「えっと、それがイアン君だから…?」
リンダは不満を露わにし、クレアがフォローしようとする。
それでもリンダは納得していないようで、レイに顔を向けた。
「レイ様はそれでいいのですか?」
「僕は気にしていないよ。どちらかといえば貴族相手よりイアンの方が話しやすいね」
「え?」
「堅苦しいのは苦手なんだ。だから、君にももう少し楽に接してもらいたいな」
「ですが…」
にこやかにお願いをするレイにリンダは迷いを見せる。
侯爵家と男爵家では立場が違うのだ。
いくらレイに頼まれたところで、すぐには接し方を変えられないだろう。
「…分かりました。では、れ、レイ君と私も呼ばせていただきます」
「敬語もいらないよ?」
「すみません。さすがそこまでは…」
「それは残念だ」
レイは本当に残念そうに眉を下げる。
すると、クレアが手を叩き、微妙になった空気を切り替えた。
「それじゃあ、精霊祭をどう回るか決めない?」
「いいね。イアンは精霊祭は初めてだよね?」
「そうだな。俺の故郷でも祭りはあったが…」
「あのね、王都の精霊祭はすごい規模が大きいんだよ!屋台がいっぱい出て、旅芸人や吟遊詩人もたくさん集まるの!」
「そうなのか」
「うん!だから、きっとイアン君も楽しめると思うよ!」
エッジタウンの祭りといえば、大人たちが酒を飲み、子どもたちには教会からお菓子が配られ、夜まで馬鹿騒ぎをするようなものだった。
それはそれで楽しかったが、王都の精霊祭も楽しそうだとクレアの様子を見てイアンは感じる。
「そうだ。イアンに精霊祭を楽しんでもらえるように計画を立ててはどうかな?」
「確かにそれはいい考えかも。私は賛成だよ」
「俺としてはありがたいけど…いいのか?」
イアンはリンダを一瞥した。
リンダは相変わらず不機嫌そうな顔で口をつぐんでいた。
「ねえ、リンダはどう思う?」
クレアはじっとリンダを見つめた。
「…いいわよ」
「やった!ありがとう、リンダ!」
クレアは嬉しそうにリンダに抱きつく。
リンダもまんざらでもなさそうだった。
「…で、今日は何なんだ?」
精霊祭前日。
リンダに呼び出され、イアンは街中に来ていた。
そのリンダはというと、手袋をしてゴミ袋を持っている。
「掃除よ。精霊祭前後の王都内の清掃は、美化委員の仕事なの」
「俺は美化委員じゃないぞ」
「人手が足りないのよ。手伝って頂戴」
「クレアはどうしたんだ?それにレイは呼んでないのか?」
「クレアは用事があるみたいよ。レイ君は…私から呼び出すことなんてできないわ」
「貴族は面倒だな。レイなら断らないだろうに」
イアンは笑顔で快諾するレイを想像した。
「とにかく、手伝いなさい。貴方、今日は暇だって聞いてるわよ」
リンダはイアンを指差す。
(断ったら後々口煩く言われそうだな)
イアンは大人しく、リンダから掃除道具を受け取った。
イアンたちが担当するエリアは大通りを挟んだ4区画程度。
二人でやるには少々広いが、数時間あれば終わるくらいだ。
それぞれの分担を決め、イアンたちは掃除を始める。
大通りでは明日の精霊祭に向けて屋台が組まれており、人々が慌ただしく準備を進めていた。
その傍でゴミを拾っていると、イアンは何度も手伝いを頼まれる。
休日のことでイアンは制服を着て来なかったので、王都に住む子どもとでも思われたのだろう。
それはそうと、掃除ばかりで退屈だったので、イアンは快く引き受けていた。
むしろ掃除よりも時間をかけていたかもしれない。
「遅い!どこで何していたの?」
粗方掃除を終えてイアンが集合場所に戻ると、リンダが怒鳴る。
その足元にはパンパンに膨らんだゴミ袋が置いてあった。
「随分熱心にやっていたんだな」
「当然じゃない。そう言う貴方はどうなの?」
「まあ、それなりに?」
「…貴方がちゃんと掃除していたかどうか見てくるわ。そこで待ってなさい」
リンダはイアンをその場に残して行ってしまった。
「真面目な奴…」
道のど真ん中に突っ立っているのもどうかと思い、イアンは道の脇に移動して、腰を下ろそうとする。
「キャー!!」
かすかに聞こえたリンダの悲鳴にイアンはすぐに走り出す。
声を頼りに路地裏に入ると、リンダが男に腕を掴まれていた。
その男の風貌はどう見ても一般人とは思えない。
「おい、大人しくしろ!」
「いや!離して!」
リンダは必死に抵抗するが、大人の男の力には敵わず引きずられていく。
男が武器を持っていないと分かると、イアンは一気に距離を詰める。
「なんだ!?」
イアンは躊躇なく男の顔に拳を叩き込む。
そして、男が怯んだ隙に、リンダを奪い返した。
「このガキが!何しやがる!」
激高した男がイアンに殴りかかる。
イアンは拳を避けると、男の服を掴んでそのまま地面に叩きつけた。
「ぐふぅ!」
男は変な声を出して動かなくなる。
気絶した男の顔をイアンが確認していると、背後からリンダが声をかけてきた。
「あの、私…」
「とりあえず、衛兵を。それから近くの屋台からロープを借りてきてくれ」
「わ、分かったわ」
リンダはぎこちない小走りで衛兵を呼びに行く。
(本当に貴族は面倒だな)
イアンは地面に横たわる男を見下ろし、ため息をついた。




