12.決闘②
「これより、セシリア・ベレスフォードとイアンの決闘を行う!」
演習場決闘の宣言が響きわたる。
その中央には木剣を携えたイアンと木槍を手にしたセシリアが向き合って立つ。
周囲は大勢の観戦者により囲まれ、声援や野次が飛び交う。
食堂での一悶着を見た人間から今日の決闘のことが拡散されたのだろう。
「決闘の詳細を確認する。両者、求める事柄を宣言せよ」
イアンにとって初めて顔を会わせる教師が立会人として取り仕切る。
先にセシリアが一歩前に出て、宣言を始めた。
「わたくし、セシリア・ベルフォードは1-Dへの移籍およびイアンの1-Dからの除籍、ギルバート先生への接近を禁止することを望みます」
セシリアは徹底して、ギルバートからイアンを引き離すつもりでいるらしい。
イアンも同様に前に出て口を開く。
「俺は、彼女にこちらの要求を一つ呑んでもらうことを望みます」
「要求の指定はないか?この場で指定しなければ、内容によっては棄却されることもあるぞ」
「それで問題ないです」
イアンの宣言が終わると、観客たちがざわついていた。
何をセシリアに望むつもりなのか、想像を膨らませているのかもしれない。
「決闘の形式は模擬戦。戦闘続行不能あるいは降参により決着とする。ただし、魔法の一切の使用を禁ずる」
最後の条件はセシリアにより提示されたものだ。
純粋な身体能力の勝負になるが、あえてその条件を示したということは槍の腕に相当の自信があるのだろう。
「両者、決闘の詳細に異論はあるか?」
「ございません」
「ありません」
「…それでは、両者構えて」
イアンとセシリアは構えを取った。
互いに相手から目を離さず、集中を高める。
演習場は静寂が訪れ、緊張感に包まれていた。
「始め!」
立会人の合図と同時にセシリアが飛び出した。
一気に間合いを詰め、高速の刺突を打ち込んだ。
一撃で勝負が決まるかと思われたが、イアンはその攻撃を的確に捌く。
ギルバートとの特訓の成果か、イアンは全身の動きに神経を研ぎ澄ませることで、セシリアの動きに反応することができたのだ。
だが、セシリアは即座に槍を持ち直すと、嵐のような連撃を繰り出す。
イアンは何とか凌ぐが、あまりの乱打に防戦で手一杯となる。
そんな二人の闘いをレイはハラハラしながら見つめていた。
「おお、やってるな」
「ギルバート先生!」
この決闘の元凶ともいえるギルバートも観戦しに来たのか、レイの隣に立つ。
「思った通りの展開だな」
「え?こうなることを分かっていたんですか?」
「まあな。ベレスフォード家の人間が相手であることを考えれば、容易に想像はつく」
「確かにベレスフォード公爵家は武闘派貴族として有名ですが、それでもイアンがここまで押し込まれる展開になるとは思えないのですが」
イアンは同学年でも上位に入れるだけの実力がある。
そのイアンが反撃もできない状態になるとは、レイには予想もつかなかった。
「セシリアの戦い方をどう思う?」
「そうですね…槍のリーチを活かした連打で相手に反撃を許さない、といったところでしょうか?」
「いい線だな。セシリアの槍はベレスフォード流槍術だ。その極意は、“攻撃なくして勝利なし”。宮廷剣術とは真逆を行く流派と言っていいだろう」
「なるほど。道理で、あの手数の多さなんですね」
セシリアの打突は一秒間に何発も放たれる。
ベレスフォード流槍術の極意を忠実に守った戦術ということなのだろう。
「しかし、イアンもよく粘っているな。どれくらい続いているんだ?」
「5分は経過していると思います。僕だったら、数秒も持たないでしょうね」
「スタミナ切れを狙っているのか?だが、それほど相手は甘くないぞ」
ギルバートがそう呟いた瞬間、観戦者たちから声が上がる。
イアンの防御を突き抜け、セシリアの攻撃が肩を打ったのだ。
イアンはたまらず距離を取るが、セシリアに比べ明らかに疲弊しているように見えた。
「どうしてあんなに疲れて…?」
「ベレスフォード流槍術は速さだけじゃない。その一撃一撃が重いんだ。だから、イアンのように守ってばかりだと、あっという間に体力を削られるぞ」
「では、ここから勝つにはどうすれば…?」
「この流れだと逆転は厳しいと言わざるを得ん」
「そんな…」
セシリアは再びイアンに向けて追撃を放つ。
イアンは辛うじて受け流していたが、槍先がイアンをかすめるようになる。
セシリアはさらに攻撃の手を強め、捌ききれない打突がイアンの体に当たり始めた。
決定打は与えていないものの、ダメージが蓄積され、イアンの剣を振る手は重さを増す。
そして、ついにセシリアの連撃がイアンを捉えた。
幾重もの打撃にさらされ、イアンは立つこともままならない。
「これで、わたくしの勝ちです!」
セシリアの槍はイアンの額に直撃する。
渾身の一撃をくらったイアンは仰向けに倒れ込んだ。
セシリアも疲れがあるのか、肩で息をしていたが、すぐに呼吸を整える。
セシリアは槍を下ろすと、立会人に体を向けた。
「立会人、決着の宣言をお願いしますわ」
「…この決闘、勝者は…!」
立会人が宣言を下そうとした時、観客がどよめいた。
行動不能になったかと思われたイアンが立ち上がったのだ。
「…続行!」
イアンが戦闘可能とみなし、立会人は決闘を続行させた。
(頭を打ち抜いたというのになぜ動けるの…?)
セシリアは信じられない思いでイアンを見た。
イアンはだらりと剣を下げた姿勢で、構えることもしない。
だが、その目が合った瞬間、セシリアは思わず槍を構えた。
(何でしょう?さっきまでと雰囲気が…)
セシリアは今までに感じたことのない恐怖に襲われる。
すると突然、イアンが目の前に迫り、横薙ぎに剣を振った。
セシリアの防御は間に合わず、剣は腕にめり込み、骨が砕ける音がした。
「あぅっ…!」
その勢いのままセシリアは地面に転がされる。
すぐに立ち上がろうとするが、腕に激痛が走り、体を起こすことしかできない。
そこへ口角を恐ろしいほどに吊り上げたイアンが近付き、セシリアを見下ろす。
そして、イアンは剣を高く上げたかと思うと、セシリアの頭に向けて振り下ろした。
セシリアにもはや防ぐ術はなく、目をぎゅっと閉じる。
だが、イアンの剣はセシリアに届くことはなかった。
「イアン、そこまでだ」
ギルバートがセシリアを抱きかかえ、イアンの剣を受け止めていた。
「立会人、宣言しろ」
「は、はい!この決闘、勝者イアン!」
決着の宣言がなされ、観客から歓声が上がる。
イアンはしばらくその場に立ち尽くした後、静かに意識を失った。




