1.転生
「ここはどこだ?」
老人はいつのまにか白い部屋にいた。
これまでの人生を遡っても、このような部屋に見覚えはない。
(先程まで病室で寝ていたはずだが…)
老人はふと気が付く。
病気で寝たきりだったはずなのに、自分の足で立っていることに。
試しに歩くと、痛みもなく、体が軽い。
病気を克服したのかと考えたが、老人は病が不治のものであったことを思い出す。
そして、ある結論を出した。
「そうか…私は死んだのか」
「ようやく、ご理解しましたか?」
唐突に老人の後ろから声がする。
振り返ると、そこには立派なデスクで青年が書類仕事をしていた。
(いつから居たんだ?)
気配などまったくなかった。
まるでその場に突然現れたかのようだ。
老人は青年の挙動をじっと窺う。
その老人の様子に気付いた青年は小さく笑みを浮かべた。
「そう警戒しないでください。あなたが自分の死を認識したことで、僕の姿が見えるようになったんです」
「お前は何者だ?ここが死後の世界ならば、神なのか?」
「いえ、僕は神様ではありませんよ」
青年は書類に目を通しながら、ポリポリと自分の頭をかく。
「神でないなら何なんだ?」
「神様の部下、いわゆる天使と呼ばれる存在です」
「天使が私に何の用だ?」
「質問が多いですね。ただでさえ押しつけられた仕事で忙しいというのに、余計な手間を取らせないで下さいよ」
己を天使と自称する青年はうんざりしたように答える。
確かに、デスクには書類が山積みになっていた。
青年が指を鳴らすと、老人の前にソファにテーブル、茶菓子などが現れた。
「そこで待っていて下さい。この仕事が終わったら、あなたの手続きを進めますから」
そう言って、青年はまた書類にペンを走らせ始めた。
これ以上の話し合いは無理だと判断し、老人はソファに腰掛ける。
(あの世だというのに座り心地は大して良くないな)
老人は背もたれに体を預け、思考を巡らせる。
(しかし、この私が病で死んでしまうとはな。あの天使は手続きと言ったが、きっと地獄にでも送られるのだろう。まあ、地獄がどんな場所か楽しみではあるが)
そんなことを考えると、自然に笑みがこぼれる。
待つのも退屈になってきたところで、老人は茶菓子に目を向けた。
毒入りを警戒するべきだろうが、どうせ死んでいるのなら関係ないと口に入れた。
(平凡な味だ。だが、美味いな)
老人はのんびりと茶菓子を楽しむ。
小一時間ほど経った頃、デスクの書類が片付いたのか、青年が老人の前に立つ。
「お持たせしました。では、手続きを始めましょうか」
青年は老人に1枚の書類を差し出す。
老人が目を通すと、表題には“転生の案内”と記されていた。
「転生?」
「はい。厳正なる抽選の結果、あなたを転生させることになりました」
転生という聞き慣れない言葉を老人はすぐには飲み込めなかった。
だが、青年は構わず説明を行う。
「要は新しい生命として生まれ変わります。転生者を選出するのは、100年に一度、たった一人。つまり、あなたは選ばれた人間なのです」
「なるほど。生き返るのではなく、また一から人生を始めるということか。それにしても、100年に一人とは、随分もったいぶるのだな」
「転生には莫大なエネルギーを必要とします。それこそ超新星爆発レベルのエネルギーです。そう頻繁にできるものではないですね」
その説明に老人は納得した。
青年は言葉を続ける。
「転生先ですが、惑星エアルスとなります。地球と似ていますが、魔法文明が発展する星です」
「地球に転生できるわけではないのか」
「はい。残念ながら、転生先は別の惑星というのが決まりなので」
「それに魔法だと?空想上のものと思っていたが…」
「地球のように科学が発達した星もあれば、魔法が発達した星もあります。宇宙はそれだけ広いということですね」
「まだまだ人類には未知のものが多いわけか」
現代の技術でも観測できるものには限度がある。
その先にさらに宇宙が広がっていてもおかしくはないだろう。
「さて、ここであなたにいくつか質問します。転生においては前世の記憶の有無を選択できます。どうしますか?」
「前世の記憶か…必要とは思えないな」
「前世の記憶はなし、と…」
「記憶じゃないが、経験を受け継ぐことは可能か?」
「経験ですか?」
「長年続けてきたことがあるんだが、失うには惜しい」
「問題ないでしょう。記憶はなく、経験は残すということでよろしいですか?」
「ああ、それで頼む」
青年は老人の要望を書類に書き込む。
「次に性別ですが、男か女、その他のどれにしましょう?」
「その他がよく分からんが、前世と同じでいい」
「では、男ですね。種族はどうしますか?ヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人などありますが」
「ヒューマンにしてくれ。よく分からないものになりたくない」
「ヒューマン、と…」
そして、青年はさらに質問を重ね、老人の要望をまとめていった。
書類の項目も大方埋まったところで、青年は老人に改めて向き合う。
「次が最後の質問となります。今回転生するにあたって、あなたに三つ能力を差し上げます」
「能力だと?」
「神の加護、ギフトとも呼ばれる力ですね。どのようなものでもいいですよ」
「三つもくれるとは気前がいいな」
「これも神様の恩恵ですよ」
「そうだな、私が望む能力は…」
青年は最後の欄を埋め、書類を揃えた。
「これで以上となります。何か思い残すことはありませんか?」
「いや、特にない」
「分かりました。それでは、早速ですが転生を始めましょう」
青年が指を鳴らすと、ソファやテーブルが消え、床に大きな穴が空く。
老人の体はその場で浮遊し、足元に宇宙が広がっていた。
「それでは、よき人生を」
青年が再び指を鳴らす。
その瞬間、老人の体が光の粒子となり、意識は霧散した。