3話
太陽が西の空に傾き始める時刻、車内に差し込む光が眩しい。
僕は後ろのシェードを下げる。
その様子に対面に座る乗客が気付きシェードを降ろす。日差しは遮られいくらか過ごしやすい車内となった。
薄暗くなった車内で隣に座る彼女に意識を向ける。
長く伸びたまつげ、くるりと上を向く毛先は彼女の魅力的な目つきを一層際立たせていた。
今朝、喫茶店に入る僕の後をつけてやってきたと語る彼女、どういう気まぐれか僕に興味を待ったと語り、半強制的に彼女の要件に付き合うことになった僕は彼女と共に電車で目的地に移動していた。
「ん?何かあった?」目線に気づいた彼女はこちらを見つめる。
「いや、長いまつ毛だと思ってね」
「あー、生まれつきなんだよ、そんなに長いかな」
うーんと項垂れながら彼女はスマートフォンのカメラを使って確認していた。
しばらく電車に揺られ到着した駅は普段、乗車する路線では停まることのない各駅停車の駅だった。
「こっちだよ」
そう言って先に改札を出た彼女は僕を呼んだ。
彼女に続き改札を出てすぐに目に飛び込んできたコンビニを右に曲がる。昔ながらの駄菓子屋と、電源の切れた自動販売機の間を抜け細い路地に入る。
道幅の狭さは人ひとり通るのがやっとだ。
どこに連れて行かれるのか不安を抱えたまま彼女の後を追う。
彼女のことはまだ何も知らない。
軽率についてきた過去の自分を少し憎んだ。
歩くこと数十分
「もうすぐだからね」
視線を前に戻すと彼女は迷路みたいな道をすいすいと歩いていた。見失わないように気をつける。細い路地を抜け少し開けた道に出た。
視線の先には大きな鳥居が見える。
「到着です。」アリスが僕にそう告げる。
山の麓に位置する神社。
慣れた様子で鳥居をくぐる、後を追って僕も鳥居の前で頭を下げ、長い石段を登る。
見上げるほど高く続く石段、軽やかに登る彼女は振り返り「ほら、頑張って」と声をかけてくれる。
ようやく登り切る。
石段を上り切った先で立ち止まり振り返った。
視界には街が一望できた。
木々の隙間から覗くビル群、遥か先まで地平線が広がっていた。初めて出会ったあの場所も遠くに見える。
「ここからの景色が好きなんだ」アリスが呟く。
「どう?ここからの景色は」
「圧倒だよ、大学の近くにこんな場所があったなんてね」
ただただ、この景色の迫力に心を打たれた。
アリスは境内のベンチに浅く腰掛け背負っていたギターケースから一本のギターを取り出した。
ギターを鳴らしながらチューニングを済ませる。
「罰当たりじゃない?」僕は尋ねる
「いいんだよ、神様は寛容だからね」
そういうものなのか?と思いつつ不覚にも納得してしまった。」
「それに、今の時間ここには私たちしかいないからね」
彼女は喋りながらギターを奏で始めた。
指先で弦をはじく、アルペジオ。
緩やかな音の運びがあたりに広がる。
木々の囁きにつられ小鳥たちが鳴き始める
風は揺れ雲は流れた。
ギターのことは詳しくなかったが彼女の演奏が上手だということはすぐに理解した。
「いつもここで練習してるの?」
「そうだよ、この場所を見つけるまでは家でしてたんだけどね」
「そうか」
茜色の空が沈み始めた。
一瞬の静寂、風で木の葉の揺れる音が聞こえる。
一本のギターでひとの心を動かすことができることに僕は感動した。
彼女は夕焼けに照らされ輝いていた。
少し茶色みのかかった髪色は光に透けていた。
地平線に沈む夕陽と夕映に輝く彼女の姿はこれまでに見たどの景色よりも美しかった。
ただ、この瞬間が続けば良い。
そう思うには十分だった。
「夜も遅くなってきたね。」
そう言われるまで気が付かなかった。
辺りには夜の帳が下り始めていた
「親御さんに連絡大丈夫?」
「あー、うん…それは大丈夫」
言葉を濁したせいで少し怪訝な顔をさせてしまった。
「ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
時間も時間だし、家まで送るよ」
そういって、ポケットからスマートフォンを取り出し着信をかけた。