2話
窓際のテーブル席、曇りガラスの外側には様々なハーブが栽培されている。花壇は店の周りをぐるりと囲んでおり、香りにつられた蝶々がふわりとやってきた。
半分ほど減ったアイスコーヒーを手に取る。
溶け切った氷とコーヒーをストローで混ぜる
先程までコーヒーを置いていたコースターには
「エイプリルフール」と店名が書かれている。
コースターのデザイン一つに注目してみてもこだわりを感じるお店だ。
頭上を見上げる、アンティーク調のライトが薄暗く点灯している。そのまま視線を下げるとサイドに置かれたアンティークの調度品が視界に入る。
店内に流れている軽い曲調のジャズをbgmを背景にカウンター内で顎髭をはやしたマスターがカウンター越しに常連客と思われる男性と和やかに談笑している。
「ねぇ、さっきからキョロキョロしすぎじゃない?」
対面に座る女性が興味ありげに問いかける。
「状況を理解しようと思ってね」
「ふーん、おもしろいね」
「で、どういう状況ですかね」
僕はぎこちなく話を切り出した。
昼下がり、ここに来るに至った経緯を思い出す。
話は2時間前に遡る。
昨夜、アルバイト先の改装工事により急遽仕事が無くなった僕は帰路についた。
その途中、歌声に惹かれある女性に出会った。
アリスと名乗る女性の路上ライブの最中、
喧嘩の現場に遭遇する。
その現場を仲裁した僕は帰宅した。
翌朝、目を覚ますと予定起床時間をとっくに経過していた。「はぁ、遅刻だ」
遅刻が確定している以上、どうしても大学に行く気にはならなかった。
昼からの講義に参加することを決めた僕は最寄駅近くのカフェに足を運んだ。
店のドアを開け1番奥の窓際の席に腰掛ける。
店内には僕を含め数人の客しかいない
平日の昼前だ、あと少しすればランチタイムで混み合うことだろう。」
数分前に注文したアイスコーヒーに口をつける。
少し酸味の効いたコーヒーに砂糖を溶かしつつ
スマートフォンを触り時間を潰していると静かな店内に来客を知らせるベルがチリんと小さく鳴り響いた。横目でちらりと入口の方を確認する。来客は1人の女性だった。右肩でギターケースを背負っていた。女性はまっすぐ僕の方を見つめ歩き始める。空席が多い中こちらに近づく
僕の目の前で立ち止まる。視線を上げると彼女は僕のことをみつめていた。視線が合う。
「え、どうして」見知った顔だった。見間違えるはずもない。昨夜、駅の近くでライブをしていた彼女だった。
一瞬のうちに心拍数が跳ね上がった。
「相席いいかな?」
そう尋ねながら席に着く
「瀬南アリスです。それにしても偶然だったね」彼女は少し驚いた表情でそう言った。
僕は額に滲む汗をおしぼりで拭いた。
目の前に座る女性はメニューシートを眺めていた。しばらく決めあぐねたあと備え付けのコールベルを押し店員さんを呼ぶ。
「お待たせしました!ご注文をお聞きします。」
フリルと腰に大きなリボンをつけた制服の店員さんが注文を聞きに来る」
「すみません、サンドイッチのセットを一つ」
ガラスポットには数種類のハーブから抽出されており薄っすら色味の滲んだ液体で満たされている。グラスに液体が注がれた瞬間から立ち上る湯気、柔らかい香りが辺りに広がり鼻先を掠める。
アリスはグラスを両手で持ち熱そうに口をつけていた。しばらく、ちびちび飲んで格闘していたが諦めていた。
彼女には熱すぎたようだ、一緒に運ばれてきたミルクを加えていた。
彼女は視線をこちらに向け口を開く
「ねぇ、さっきからキョロキョロしすぎじゃない?」
アリスは興味ありげに問いかける。
「状況を理解しようと思ってね」
どうして彼女はこの席に来たのだろうか?
そう思う気持ちは大きかった。
「ふーん、おもしろいね」
彼女の興味はどこに向いているんだろうか?
「で、どういう状況ですかね。」
僕はぎこちなく話を切り出した。
「いや、それがね、たまたま君のことを見かけたんだよ、これはほんと。
ねぇ、昨日いたよね?」
アリスが尋ねる。
「仲裁してるところを見ちゃったんだよね、きみ勇気あるよ」
普通あんなことできないよとアリスは言葉を続ける。
「いや、たまたまですよ」
僕は答える
「まぁ、たまたまだったらそれはそれで良いんだけどさ」
あの後、また会えるかな?なんて考えてたらさ
大学の近くで見かけちゃったからさ、これは行くしかないでしょ!そう思ってついてきちゃったよ。
笑いながら説明するアリス
少し遅れてセットのサンドイッチが運ばれてきた。「おっきたきた!じゃあいただきます。」
彼女は嬉しそうにサンドイッチの山から一つを手に取った。
むしゃ、この世界がアニメの世界ならきっとそんな効果音が聞こえてきただろう
「君も食べなよ」口に頬張りながらアリスは言う。
あれだけあったサンドイッチは数分でなくなった。
年季の入った赤茶色のマホガニーの机にこぼしたパンくずを端に寄せながらアリスは言葉を発した。
「ねぇ、君もサボタージュだよね、
行きたい場所あるんだ。ちょっと付き合って
よ」
有無を言わせないその表情はまるでチシャ猫のようだった。