一話
プラットフォームは帰宅途中の人々で溢れかえっていた。
先程までいた車内は足の踏み場も無いほど詰め込まれていた。
改札をでて、地上を目指す。
仕事終わりのサラリーマン二人組の間を足早に通り抜け地上に躍り出る。
片耳にはめたイヤホンからは淡々としたメロディが流れ続けている。
「息苦しい街だな...」なんて独り言を呟きながら 人の波に乗って歩みを進めた。
夕方過ぎの繁華街はいつものように賑わっていた。
高く聳え立つ高層ビルの数々や綺麗な格好をした会社員、キラキラな雰囲気を放つ学生達
きっと僕が田舎から出た少年でこの光景を初めて見たなら感動しただろう。
度重なる再開発が進んだこの街は表向きは華やかだが一歩外に出ると雰囲気がガラッと変わる。
雑居ビルが立ち並ぶ繁華街、ネオンが煌めく大人の街といった印象を人々に与える。
歩き続けること数分、目的地に辿り着いた。
看板のネオン灯がジジ、ジジッと鳴り続けて所々が消灯している建物を左に曲がった先にあるナイトクラブ「ワンダーランド」
店に入る直前、店の奥から1人の男性が飛び出してきた。
「あら、コウちゃん」
「あ、葉山さん、おはようございます。」
「いまから出勤かしら?」
「そうなんですよ、今から出勤なんですよ」
いま目の前にいるのはワンダーランドのオーナー “葉山春夫” だ
葉山さんの慌ただしい様子が引っかかった。
「なにかあったんですか?」
「いや、それがね店の改修工事の日付を一月、間違っちゃってたのよ。ということで今日からしばらく休みね」
「え、ちょっと葉山さん」
言い終わる前に葉山さんは行ってしまった
「はぁせっかく来たのにな、、、」
途方に暮れた僕は店を後にした。
帰り道の途中、いつもの道が違う道のように感じた。それはそうか、帰ってる時間が違うもんな。自己完結しながら駅に向かう
交差点、信号の向こう側、人で溢れた駅周辺の中でも一際、人が集まっている場所が視界に入った。
かすかに聞こえてくる歌声、女性のものだ。
遠くに見える視線の先には1人の女性シンガーがいた。
引き寄せられるように近づく
人混みをかき分けて中に進む
隙間から歌声の主を探す。
「いた」
距離は6メートル、彼女はショートカットのよく似合う女性だった。少し吊り目がちな目元、年齢は僕と同じくらいか上ののようにも見える
離れていても分かるほど整った顔つきをしていた。
「じゃあ、三曲目いきます。」
彼女が歌い始めた途端、周囲の空気感が変わった
それは肌で感じるというよりも脳で理解しているような感覚だった。
彼女のことが知りたくなった
勢いに身を任せ隣の男性に彼女のことを尋ねる
「いや、僕もそんなに詳しくなくてね、たまに歌っているのは見かけるけどね」
「そうですか、ありがとうございます」
「アリスっていう名前で活動しているらしいね」
アリスっていうのか頭の中でそう反復する
彼女の姿を初めて見た瞬間から僕の心は奪われていた。
視線の先にいる女性の姿をもう一度目に焼き付ける
三曲目が終わる頃、周囲は先ほどよりも混み合い始めていた
人の往来が激しくなる時間帯、人々が自由奔放に動き回る中で何も起きないはずがなく
ドンッと後ろから鈍い音が聞こえてきた振り返ると歩行者同士によるいざこざが発生していたどうやら通行人同士がぶつかったようだ1人はスーツを着ている姿からサラリーマンだとよそうできた
「なんだなんだ」そんな野次馬の声が聞こえてくる
揉めている相手はおぼつかない足取りでふらつく中年男性
呂律の回っていない口調で喚いていた
怒号を飛ばす姿は自分の中にある嫌な記憶を思い出させる
酒に溺れた人間、一番嫌いなタイプだ
これ以上、ヒートアップする前に馬を収めた方がいいだろう。僕は喧騒の中心にいき
「その辺でやめた方がいいですよ」そう一言だけ告げた
野次馬のせいで人波は大きくなっていた
人をかき分けて僕はこの場を後にした
この時喧騒が解決する瞬間を瀬波アリスがしっかりと見ていたことを僕はまだ知る由はなかった。
その様子を瀬波アリスがしっかりと見ていたことを僕はまだ知らない。