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聖女になりたかったシャルロット~監禁歴400年以上の人外に恋した結果~  作者: 水町 汐里
第1章 シャルヴェンヌ女子修道院の少年幽霊
4/50

第4話 <蝕>(1)

 鐘の音が、シャルロットの意識を現実へと引き上げた。

 彼女は灰色がかった青い目をこすると、起き上がってのそのそと支度を始めた。

 薄闇の中、足下まで隠れるゆったりとした紺のチュニックを着て、細いベルトを締める。

 わずかに癖のある亜麻色の長髪を櫛でとかすと、両耳脇の髪で細い三つ編みを作り、後頭部でひとつにまとめる。ベールを被るのだから誰にも見えないのだが、年頃の娘らしく、これぐらいはおしゃれを楽しみたかった。

 白いベールを被り、聖顔ラディウスと呼ばれるそら豆ほどの小さなミラーペンダントを身につければ、いっぱしの修道女の完成だ。

 朝の祈りが始まるまで、それほど時間はない。夜更かしをしたせいでぼうっとする頭を振り、シャルロットは足早に部屋を出た。




 朝の祈りが終わると、食堂で朝食の時間となる。

 細長い食堂には、長机が二列、壁と平行に配置されている。そこに座った修道女たちは、静かに朝食を取っていた。食事中は、私語厳禁なのである。

 説教壇に立つ修道女が、聖典を朗読している。それに耳を傾けながら、シャルロットはパンをちぎって口に運んだ。

 

「ある時、ヘリオト神は他の二柱には相談せず、新たな生き物を作り上げた。まず鍋の中から両手で砂をすくい上げると、それに自身の血を混ぜ合わせた。すると、巨大な河馬、鳥、狼、そして竜が生まれた。それらは神がお作りになった生き物と違い、どれもぞっとするほど醜い姿をしていた――」


 本日は、天地創造の下りを朗読しているようだ。

 今朗読している箇所は、怪物の中でも最も知名度の高い<しょく>の話である。


 <白き鏡>教の創造神話には、創造主であり太陽神でもある<白き顔の神>の他に、二柱の神が登場する。神が柘榴から創った女神、ヘリオト神とルネット神だ。


 ヘリオト神は父神の真似をして、自らも四体の生き物を創り出した。

 しかし、その生き物は<白き顔の神>が創った世界で暴れ回り、天変地異を引き起こす。創造主が彼らを諫めても、言うことを聞くどころか反抗する始末。怒った<白き顔の神>は、彼らを滅ぼしてしまう。

 それを見たヘリオト神は、大いに嘆き悲しんだ。彼女は自身の体を割くと、噴き出す血潮を四体の遺骸に浴びせ、彼らを復活させた。

 ヘリオト神の死と引き替えに不死身となった彼らは、その後いくら神に倒されても、必ず蘇ることとなる。


 聖典によると、四体の怪物はいずこかに潜み、神に反撃する機会を今でもうかがっているという。

 太陽の化身である<白き顔の神>の邪魔をする存在であるため、彼らは<蝕>と呼ばれるようになった。神への反逆者、人類にとっての災厄などとも呼ばれている。


 <蝕>のうちの一体は、この修道院と浅からぬ因縁がある。

 シャルロットはつややかな苺を摘まみながら、そのことを思い出した。


(エティエンヌは、この修道院の伝説を知っているでしょうか)


 後で聞いてみようと心に留め、シャルロットは鮮やかな赤い果実を頬ばった。





 食堂を出ると、「シャルロット!」と明るい声に呼び止められた。

 後ろを振り返ると、レリアが手を振っている。シャルロットは立ち止まって、彼女が追いつくのを待った。


「おはようございます」

「おはよう。昨日は置いていってごめん! いざ実物に遭遇してみると、なんだか怖くなっちゃって」


 周りを気にしてか、レリアは小声で謝った。

 申し訳なさそうに口を引き結ぶレリアに、シャルロットは優しく微笑みかけた。


「気にしていないので大丈夫ですよ。話に聞くのと実際に体験するのとでは、全く違いますものね。ですが」


 シャルロットは言葉を切ると、「もうあのようなことはやめてくださいね」と厳しい口調で言い添えた。

 

「うん。怖かったし、もうやらないよ」


 レリアは真面目な顔をして頷いた。しかし次の瞬間には、悪巧みを思いついた子供のようににやりと笑った。


「で、どうだった?」

「どうだった、とは」

「幽霊よ、幽霊。本当に、噂通り少年の幽霊だったの?」


 あふれ出る好奇心に目を輝かせながら、レリアは身を寄せて来た。

 これは懲りてないな、とシャルロットは思わず半眼になった。


「……中庭に出てみたのですが、よくわかりませんでした。見間違いだったのかもしれませんし、私たちが騒いだので逃げてしまったのかもしれません」

「ええ、そうだったの。なあんだ、残念」


 レリアはあからさまにがっかりした様子で、肩を落とした。

 シャルロットは嘘をついたことに罪悪感を覚えながら、曖昧に笑った。

 だが、いくら胸が痛もうとも、ありのままを告げる気にはなれない。エティエンヌのことを知った今、彼のことを興味本位で探られるのは、なんとなく嫌だった。

 それからは他愛もない話をして、ふたりはそれぞれに割り当てられた仕事場へと向かった。

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