9 びっくりどっきりサプライズ大作戦
オーダーメイドソファーが届いた。設置されて、いの一番に座らせてもらう。
「見て、クライヴ! ふっかふか!」
「あぁ。良かったな」
「お喜びいただき、当店といたしましてもこの上ない限りでございます」
最初は私に見向きもしなかった店長がぺこぺこしてる。あはは、面白い。
ところで、私は買い物なるものをしたことがないけれど、代金を支払うことは知っている。いつ払うのかは、まちまちだと聞いた。
おうちに届けてくれた笑顔の素敵な好青年見習いに尋ねる。
「あの、お代金はいつお支払いしたらいいですか」
「お代ならすでにクライヴ様がお支払いになっております」
「なんとまあ」
そんなこと聞いてない。クライヴのほうを見たら、片方の眉を下げてドヤ顔された。
クライヴは流行りのファッションアイテムも含めてドレスやジュエリーも、教えてないけど私好みのものを用意してくれる。家具も支払ってくれた。
欲しいものを頼んだら、きっと何でもすぐに買ってくれる。そういう性格だから、元婚約者にたかられたんだと思う。
そして、クライヴがそういう性格だから、私のお金の使いどころがない。
嫁入りの際に、パパから『ママには内緒だぞ』と、ママからも『パパには秘密ね』と、何かあったときのためのお金をもらった。合わせて金貨十枚。王都の一等地に家が建てられるほどらしい。
せっかくだから使ってみたいんだけど、いつ使えばいいんだろ。
そうだ! クライヴに何かプレゼントしてみよう。
その日は、湿った匂いがして、いつか雨が降り出しそうな曇り空だった。
クライヴが忙しそうに早々とお仕事に出掛けたのを確認して、私は使用人たちに振り返った。誰かに喜ぶものをプレゼントしたいなら、まずは相手のことを知ることを始めよう。
つまり、聞き込み調査から。
いざ、びっくりどっきりサプライズ大作戦、開始!
最初に目を付けたのは、いわゆる執事長。中に戻っていくところを回り込んで話しかける。
「ねえねえ、クライヴの好きなものって知ってる?」
「旦那様がお好きなもの、ですか。奥様とご一緒にいらっしゃるお時間が、最もお幸せそうでございます」
いや、そういうことを聞きたいんじゃない。
「じゃあ、クライヴがされて嬉しいことってなんだと思う?」
「奥様がなさることなら、どんなことでもお喜びになるかと」
むう。全くもって使えない意見だ。「ありがと」っと言って立ち去る。
廊下の窓ガラスを見て、口角をきゅっと引き締める。にやけてなんかない、私は断じてにやけてなんかないぞ!
聞き方を変えよう。次の獲物はクライヴに仕えている使用人。
「ねえねえ、クライヴって今何か欲しがってたりする?」
「旦那様がですか? そのようなご様子はお見かけ申し上げておりません」
「それなら、クライヴがなくて困っているようなものとかは?」
「旦那様や奥様が何不自由なくお過ごしできるよう、我々は日々努めております」
「そっかぁ」
肩をすくめれば、にっこり笑顔が返ってきた。
「旦那様に贈り物をなさりたいのですか?」
「そうなの。何かあげるなら、喜ばせられるのがいいなって」
「では、そうですね、消えもの……食品などがよろしいかと思います」
「帽子とかじゃだめなの?」
「ここだけの話なのですが、クライヴ様のご使用になるものはどれも……」
使用人に耳打ちされて、私は飛び上がった。クライヴの使うものって一つ一つそんなに高いの!? 私のソファーが何個も買えちゃう!
クライヴの好みの品質に合うものを買ったら、パパとママからもらったお金が軽く吹き飛ぶ。私が破産してしまう。こんなのやってられない。
「貴重な意見をありがとう。とっても参考にする」
「ぜひ」
私はすぐさま次なるターゲットの元へ向かった。
さて、お次はキッチン、に入ろうとしたら止められた。慌ててシェフのほうがダイニングにやってくる。よしよし、お目当ての人物だ。
「奥様、何かご用でしょうか」
「ねえねえ、クライヴの好きな食べ物って知ってる?」
「旦那様は美味なものでしたら、特に好き嫌いはないかと思います」
むむ。クライヴったら、なーんにも好きなものがない!
私はしかめっ面になってきたらしい。シェフに心配そうな顔をされた。
「どうかなさいましたか?」
「あのね、クライヴを喜ばせたいと思ってるんだけどね、食べ物のほうがいいって素晴らしい助言を得てね」
「そういうことでしたか」
シェフがキッチンのほうをちらりと見てから、私のほうを見てにっこり。
「奥様、お料理をなさってみませんか」
はて、お料理とな。
「私が作るの? それでクライヴが喜ぶの?」
「はい、もちろん」
「うーん、シェフの美味しいご飯のほうが喜ばない?」
「そのようなことはございません」
「けど、私、お料理をしたことがなくて。私が食材のお金を出して、シェフが作るほうがいいんじゃない?」
「いえ」
やけに食い下がってくる。なんで? 眉をひそめたら、シェフがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「庶民の間では〝男心を掴むには胃袋から〟という言葉があります。奥様の手料理で、旦那様をますます夢中にさせてしまいましょう」
なぬ。クライヴをますます夢中に。ハッとシェフを見上げる。キラッとウインクが飛んできた。
その案、採用!
キッチンではお肉の下処理などをしていた最中だったようなので、お料理はティータイム後の時間帯、つまり晩ご飯の準備が終わったあとに作ることになった。
メニューは初心者でも簡単に作れ、かつ、お酒に合うチョコレートケーキ。『夜、お二人でお酒をお飲みになる際にどうぞ』と。
クライヴに美味しいものを作ると、二人で楽しめて、喜ぶところが見れて、しかももっと好きになってもらえるなんて。一石二鳥どころか三鳥だ。
火や刃物は危ないということで、私は温度を測ったり型に流し込んだりした。チョコは何度も温度を測らなきゃいけなかったし、生地を入れたボウルは重たくて大変だった。
クライヴ、美味しいって言ってくれるといいな。
窓に雨がぽつぽつ当たる音を聴きつつ、オーブンの前にしゃがんで焼き上がるのを待っていたら、外がちょっと騒がしくなった。なんだろ、郵便かな。
と思っていたら「シーラは?」とクライヴの声。あれ、こんなに早く帰ってきちゃったんだ。ケーキはまだ焼き上がってないのに。
慌ててダイニングのほうに向かう。肩が濡れた外套を着たままのクライヴが廊下をきょろきょろしているのが見えた。
「クライヴ?」
「シーラ、ここにいたのか」
「な、なんで帰ってきたの?」
「ここが僕の家だからだが」
「だっていつもより早い」
「仕事が一段落したんだ。それで今からエドたちとちょっと飲みに行く」
飲みに行く。
「すまない、今夜は君一人で食べてくれ。それだけ伝えに来た」
クライヴは「では、いってくる」と早歩きで、再び出掛けていった。
エド様たちと飲みに行くなら、帰ってきても私とお酒は飲まない。なんなら、今夜は酔って帰ってこないかも。
ふらっと振り返って、シェフに問いかける。
「あの人、昔から、晩ご飯の準備が終わったような時間になってから急に飲みに行くようなことしてるの?」
「い、いえ。滅多に外食なさらない方で……」
「そう。ありがとう」
クライヴは私がケーキを作った日に限って急用が入るタイミングの悪い人ってことね。
お料理は日持ちにしないのにね。
飲みに誘われて行くのはいいと思う。友人との時間も大切だろうし。急用が入るのも仕方ない。お仕事付き合いもあるだろうし。
だからクライヴに文句を言うことはしない、けれど。
シェフにケーキのデコレーションを任せ、ラッピングするようにお願いした。
私は部屋に戻って封筒と便箋を引っ張り出した。
幸い、私は素敵な親友を二人も持っている。
家出したときにはハンナのおうちに何度も泊まりに行ったし、アリアとも数え切れないほどお泊り会をしたことがある。
二人ともノリが良いのだ。
そんな二人のお気楽な性格に影響されてか、私は根に持たない人間に育ったと自負している。一度お友だちに愚痴り散らしたら、スッキリするタイプなのだ。
『親愛なるアリアへ。緊急事態発生。至急、ハンナのおうちに集合。シーラ』
そう書いたお手紙を使用人に渡す。
「速達で出して! 私、今夜は帰らないから!」
つまり、一度お友だちに愚痴り散らさないとスッキリしないタイプでもあるのだ。
一人きりの晩ご飯で速攻腹ごしらえをし、手土産のチョコレートケーキとお酒を手に、華麗に家出。雨の中、爆速で馬車を走らせる。
クライヴにプレゼント? 笑止千万。今夜は親友たちとオールナイト愚痴大会なんだから!