8 好きが溢れるふわふわ気分な舞踏会
夢より現のほうが大変だと判明し、やっとおやすみのキスもいってきますのキスも慣れてきたときのこと。
「シーラ、ハーパー侯爵家の舞踏会の招待状が届いた」
「エド様のおうちのやつ?」
「あぁ。君の友人も招待するように頼んでおいた。楽しみにしておくといい」
舞踏会に行くことになった。
その日は少しの雲の向こうに半月が佇む穏やかな夜だった。
ドレスを着たあと、首元が寂しいと思ったらネックレスがなかった。鏡を見ながら鎖骨をさする。どれをつけようかな。
「シーラ、いいか?」
「ちょっと待って」
ジュエリーボックスやアクセサリースタンドとにらめっこ。お誕生日パーティーと違って、きちんとした舞踏会だから格式高そうな気品あるものにしないと。
「シーラ」
「今悩んでるの。あとにして」
「その悩みを解消しに来たんだが」
何言ってるの、この人。顔を上げたら、クライヴがなんとまあ可愛らしいアンティーク調のネックレスを掲げてみせた。
私の首に腕を回す。つけてくれるらしい。
「シーラに、これを」
「ありがと」
「さらに、これも」
「イヤリングも? ありがと」
「最後に、これも」
私の手を取って甲にキス。
「では行こうか」
そのまま歩き出した。あー、待って待って。これは顔をあおぐ用の扇がいる、絶対に。
エド様と初めて会った。
確かに、眩しいシャンデリアに負けず劣らずの美男で、絵に描いたようなにっこりスマイルをする人だった。
「エド、こちらは僕の妻のシーラ」
「こんばんは、シーラ様。お噂はかねがね聞き及んでおります。エド・ハーパーです。どうかお見知りおきを」
私はちらっとクライヴを見ながら挨拶を受けた。
噂って何。そう目線を送ると仏頂面ながらドヤ顔が返ってきた。なんだそれ。意味がわからないが、とりあえず私も笑顔を返しておいた。
「では、僕はこれで」
「クライヴ、もう行くのか?」
「香りがキツい。お前、つけすぎだ」
「女の子たちに大人気なんだぜ、これ」
「気が知れないな。勘弁してくれ」
男二人だと砕けた口調になって、クライヴもエド様も自然な柔らかい表情をする。これはなるほど、そういう仲だと勘違いされそうだ。
よろよろ退散するクライヴを見送ると、エド様が私にまたにっこり。
「クライヴ、気難しいやつでしょう」
「そう思います、とても」
「昔はもっと酷かったんですよ。今は緩和してきたほうです」
「あれでですか?」
わお。私が驚いてみせたら、エド様は何故かくすっと笑った。「あいつ、嫌なことがあったら最近よく言うことがあるんですよ」と言って、急にスンと真顔になった。
「『まぁ、僕は家に帰ったらお姫様がいるからな、このくらい許そう』って」
なんだ、そのそこそこ上手なクライヴの真似は。おかげで、いとも容易く脳内再生できてしまった。
ふーん。あの人、私のことを外でそんな風に言ってるんだ。ちなみにエド様、他にはどんなエピソードがあります?
意外にもクライヴ談義で盛り上がったエド様とお別れし、ハンナとアリアのところへお話しに行く。まずは二人を探さないと。
きょろきょろ歩いていたら、ホールの隅でおイケなおじさまとお話しているクライヴを見つけた。
それを遠巻きに観察する二人も。
「ハンナ! アリア!」
声をかけたら、きゃーっと二人が寄ってきた。
「シーラ! エド様と何話してたのよ! すんごくニコニコだったじゃない!」
「途中までクライヴ様も混ざっていらっしゃって、両手にイケメンだったわね」
「普通に話してただけだから」
「何よ、澄ましちゃって!」
このこの〜と言われつつ、ちゅっとぎゅっとくるっと挨拶。
次にハンナが目をつけたのは私の首元。
「シーラ、そのネックレス素敵ね!」
「そうね、可愛い! 大人っぽくて似合ってるわ」
「あれ、待って。クライヴ様のタイリングとお揃いデザインじゃない?」
「そうなの?」
「そうよ! ほら、よく見て」
三人でクライヴを注視。うーん、あそこは暗いし、タイリングも小さすぎてよくわからない。ハンナもアリアもよく気付いたものだ。
私はネックレスとイヤリングを触った。
「お揃いかは知らないけど、これはクライヴがくれたやつ」
「あら! あらあらあらあら〜!」
「ハンナ、落ち着いて。けれど、私も羨ましいわ。幸せそうだもの!」
アリアがにっこり笑う。幸せそう、幸せそうに見えるんだ、私。
正気に戻ったハンナが「そうそう!」と続ける。
「一時期はどうなることかと思ったけれどね。エド様とのことも、私たちの勘違いだったようだし」
「不思議よね、どうして外れたのかしら」
「ね、あれは名推理だったのに」
「ねー」と息を合わせる。これには同意しかない。みんなで意見一致したのに、間違ってたなんて。
でも、笑い話にできてよかった。クライヴと仲直りできたから。
きゃっきゃっとお話していたら、アリアが「あら?」と声を上げた。
「見て、あの方々さっきからこちらを何度か見ているわ」
私たちと同じ年頃の男の子二人が、まだ緊張した面持ちの顔でこちらをちらりちらり。
「誰かしら。知り合い?」
「ううん、知らない」
「私もよ」
三人で顔を見合わせる。あの様子だと彼らは話しかけにもこなさそう。紹介してくれる人がいたら、何の用事が聞けるのに。
「どっかに共通の知り合いいないかな」
「呼んだか?」
「わっ」
「ま! クライヴ様!」
私の背後にクライヴが立っていた。のけぞってこけかけたら腕を回されて支えられた。はいはい、どうも。
ハンナとアリアが過剰にキラキラした目をするから、逆に私は冷静にさせられる。
「クライヴ様、あの方々をご存知でいらっしゃいますの?」
「あぁ。あれはカーター男爵家の長男と次男だな。どちらもこの家に招かれるのは初めてだったはずだ。美術面の造詣に深く、話してみるとなかなか面白い」
「お詳しいのですね。すごいですわ!」
「紹介しようか」
さっきの人たちが空気を察してこっちにやってくる。クライヴがきゃーっと喜ぶ二人に初々しい二人を紹介。
クライヴ、仲人さんしてる。以前行ったお誕生日パーティーでは到底考えられなかった行動だ。丸くなったなぁ。
舞踏会らしく踊ることになった二人組みと別れ、私たちはホールを出た。クライヴに連れられてひとけのないバルコニーに。お月様とお庭がよく見える、景色の良いところだった。
クライヴ、平気な顔して紹介してたけど、相当キツかったと思う。近くのおばさまの香水は私でも気になるレベルだった。
「クライヴ、大丈夫?」
「ちょっと体を貸してくれ」
「から、え?」
ぎゅううっと抱きしめられた。というか、私の頭をすんすんしてる。
「え、何。変態?」
「人聞きの悪いことを。鼻をリセットしているだけだ」
「りせっと」
「君の匂いは僕の好みだ」
そ、そうですか。そんなこと言われると、言い返す気力が削がれる。減るものでもないし、お好きにどうぞ。大人しくしていたら、ぽんぽん頭も撫でられた。
一曲分は経った気がする。クライヴが離れて息をついた。
「助かった、感謝する。そろそろ戻ろうか」
「いいの? 人多いけど」
「あぁ、ホールの二階でゲームする。あそこは人が少ない」
「わかった」
ばいばい、と軽く手を振る、けどクライヴが動かない。
まっすぐ視線が交差して、不意にクライヴが私の振る手を握った。持ち上げて、指先に軽くキス。
「ホールの人が減ってきたら、君を踊りに誘いに行く」
クライヴが屈んだときに見えたタイリングがホールから漏れる光を反射して光った。見間違いでなければ、タイリングは私のネックレスとお揃いのもので。
クライヴがホールに戻り、私も体を冷まして戻ることにした。
中に入って、くるりと会場を確認。二階はホールが見渡せるように一部が吹き抜けになっている。クライヴは……あ、ソファーに座って誰かとチェスしてる。
遠目に見ていたら、「シーラ!」とハンナの声がした。その隣にはアリアも。
「どうしたの? あの人たちは?」
「さっきまでお話していたけど、それどころじゃないわ!」
「何かあったの?」
「しらばっくれちゃって! 見てたわよ!」
見てた? 何を? まさか、バルコニーでのことを?
ぼっと顔に熱が集まる感覚がした。
「見つめ合っちゃってキスまでしてもらっちゃって!」
「見てるこっちがドキドキしちゃったもの。気になって全然お話に集中できなかったわ」
「そ、それはごめん」
恥ずかし。あのあと全力で顔をあおいでところは見なかったふりしてほしい。
でも多分、こんなタジタジにさせられるのも、あと少しの辛抱。
なんせ、夫婦仲には倦怠期とかいうものが来るらしいから。
「そろそろ冷めるんじゃない?」
「そんなことないわよ! だって、ねえアリア」
「言いたいことはわかっているわ、ハンナ」
「な、何?」
ハンナとアリアのにやにやが一層深くなった。耐えきれないといったようにアリアが、「あのね!」と話し出したことは。
「クライヴ様、以前お会いしたときよりもお優しい表情をなさっていたもの。シーラを見つめなさるときなんて、もう!」
「シーラが大切でたまらないって顔だったわよね! シーラったら、どんな手使ったのよ!」
「そ、そんなこと言われても」
気圧されて一歩下がり、そーっと扇で顔面を隠す。よかった、扇持ってきてて。
「照れちゃって。ほんと、シーラってクライヴ様のこと大好きね」
「え!? まっさか。な、な、何言ってるの?」
「ま! さっきからものすごい頻度でチラチラ二階を見てるわよ、クライヴ様のほう。自覚ないの?」
「表情もゆるゆるよ。クライヴ様のお話のときは、特に」
「そ、そうなの?」
「「そうなの!」」
二人に勢いよく言われて、足元がふわふわするな、と思った。また支えに来てくれたらいいのに、とクライヴの顔が浮かぶ。
あぁ、私、クライヴのこと好きなんだ。