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5 夕焼けと夜空が見守るエスコート

『君の都合のいいときに話をしよう』という伝言を最後に、クライヴと話もしないままアレも終わって、さらに数日。

 怒りがとっくに冷めている今となっては、話し合いは大事なんだろうなぁとわかってはいる。されど未だに乗り気がしない。


 それよりも、気になることが一つある。ソファーだ。


 自室のソファーに座りたくない。というかいっそのこと買い替えたい。

 タイミングが悪かった。あんなときに、断りもなく、私の定位置を使われたから。私のソファーでの思い出が、あの最悪な出来事一色に染まっちゃったのだ。


 ということで、私はクライヴとの話し合いを放置しておいて、ソファーを買い換えることにした。

 憂鬱で巨大な問題を避けて、あえて目先の小さな問題を優先する。先延ばし行動ってやつ。




 その日は薄い雲がかかって、晴れなのか、曇りなのか、雨になるのか悩むような、微妙な天気だった。

 私は早めの遅起きをして、クライヴと鉢合わせないようにダイニングに向かった。朝食後に外出の支度をして家具屋へ。わざわざ足を運ぶのは、今は部屋に業者を入れたくないから。

 ダイニングの入口で、私はピタッと動きを止めた。


「……またその話か。お祖母様もせっかちだな。わかっていると伝えておいてくれ」


 クライヴが使用人と話をしている。なんて居心地の悪いダイニングなんだ。私は慌てて踵を返そうとした、けど「シーラ」と呼び止められた。


「いつもこんな時間に起きているのか。王侯貴族だな」

「今日はたまたま」

「だろうな。普段はあと一時間は遅いと聞いている」


 私の情報、筒抜けすぎ。そんなに調べなくてもいいのに。

 クライヴから一番離れた席に座る。クライヴのせいで食欲が失せたので紅茶と、……これだけでいいや。すぐに飲み終えた。

 

「今日も部屋で過ごすのか?」

「んーん」

「出掛けるのか?」

「んー」


 私は適当にぼかして、自室に走り戻った。




 街で遊ぶ用のワンピースに袖を通す。実家にいるときに手に入れてから、次にお出掛けするときは着ようと楽しみにしていた。

 今の流行りはシンプルイズベスト。ゴテゴテした装飾はなく、すっきりスマートな形で美しいシルエットになるワンピースだ。


 お出掛け、お出掛け。

 上機嫌にスキップと回転をまじえながら外に向かう。玄関先でクライヴと遭遇し、鼻歌を止めた。


「今からお仕事?」

「いや、今日は休みだから君について行こうと思っている」

「……私、今日は都合が悪い。話し合いしたくない」

「僕は君の付き添いをするだけだ」


 帽子を被って先に出ていく。残した言葉は「夫として」。どこが夫なんだか。エスコートもしないくせに。



 仕方なく同じ馬車に乗り込んで、昼夜お祭りみたいな王都を走る。私はずっとずーっと窓の外ばかり見た。車内に会話は一つもなかった。

 まず訪れたのは、王都一腕利きと評判の家具屋。入って早々に失敗した。クライヴと一緒に入っちゃったから。


「おや、クラーク公爵家のご子息のクライヴ様では? ようこそおいでくださいました! お呼びになってくだされば、我々が駆け付け申し上げましたのに」


 クライヴがいると、お店の人がクライヴの相手をする。私が添え物扱いはいただけない。

 私はクライヴから離れて店内をぐるりと見て回ったあと、黙って退店した。その間、お店の人はクライヴクライヴ、一生クライヴ。知らなかった、私って透明人間だったのか。


 馬車で待っていたら、走ってクライヴが戻ってきた。「ここは王妃御用達の職人がいるところだ。どこか不満なのか」等々文句を言われたけど耳に入らない。

 家具屋はここ以外にもあるのだ。はい、次! 



 次の店に到着。降りるとき、私はクライヴに念入りに念入りに念押しした。


「私が見たいから、あなたは入店しないで」

「何故? 僕を気にせず見ればいい」

「じゃあ、私と関係ない人として入って。喋りかけてこないで。こっちも見ないで。距離も置いて。私は一人でゆっくり見る」

「……了解した」


 そうして別々で入店。店主らしき人は私を一瞥して店の奥に引っ込んだ。

 シンプルなファッションは最先端すぎて、年配の人に理解されないときがある。今みたいに、貧相な人間だと判断されることも。


 少し遅れてクライヴが来た途端、さっきの店主は目の色を変えて出てきた。さすが公爵家様、高貴なオーラがお隠れしきれないようで。

 でも、私にだって話しかけさせることはできる。見習いそうな青年の近くで咳払い。


「あっ、お客様、何かご用ですか」

「オーダーメイドのソファーをお願いしたいのですが」

「かしこまりました! お話をお伺いいたしますね」


 弾ける笑顔で奥のテーブルに案内してくれた。

 これよ、これ。こういう対応を求めてたの。



 ウキウキワクワクでデザインを考え、木材からこだわり抜き、張地や硬さなども頑張って考えて決めていった。

 時間は溶けゆき、空は夕暮れ。事件はこのとき起きた。


「それでは、お見積り書を作成いたします。お名前をお伺いしても?」

「あっ、えっとー」


 お買い物なんて自分でしたことないから知らなかった。名前なんか聞かれるんだ。

 目の端にはクライヴがまだいる。関係者だとバレたくない。支払いは私だし、ここは実家の名前にしちゃお。


「あのですね、シーラ・ホワ」

「クラークだ。やっと終わったか?」


 お得意の言葉被せで遮られた。クライヴが店員さんに勝手に話す。


「彼女は僕の妻だ。代金はいくらでも構わない」

「いえ、予算はあります。金貨三枚程度に収めてほしいです」

「さ、三? 君、そんな安っぽいものを僕の家に置くつもりか?」

「置くのは私の部屋なので、この人の言うことは無視してください。えぇ、よろしく」


 クライヴのせいで、せっかく笑顔が素敵だった店員さんに苦笑いで見送られた。店主は笑っちゃうくらい頭ぺこぺこ下げてたけど。




 帰り道。あんぽんたんでおたんこなすなクライヴは、わけがわからないと言ったように肩をすくめた。


「どうして不機嫌なんだ? 欲しいものを買う。それだけのことだろう」

「私だけで買いたかったの」

「難儀なものだな」


 膝を抱えて外を見る。あとちょっとで晴れそうなのに、そのあとちょっとに届かない夕焼け空。きっと夕日は雲の向こう。誰にも見てもらえなくて、人知れず沈む。私とおんなじ。


「……私のお願い、一つくらい聞いてよ」


 すれ違う馬車のひづめの音、大通りを歩く人々のざわめき、屋根の上で鳴いている鳥の声、隣からする気だるそうな息遣い。

 色んな音で溢れていたはずなのに、私が呟いた一瞬は何もかも止んで、確かに間違いなく車内の空気を揺らした。



「……エドは次のハーパー侯爵家の舞踏会に出るらしい。エドの家の舞踏会だな」

「ぶと、え?」

「君が知りたがっていたことだ」

「そう、だけど、今さらなんで」


 クライヴも窓に肘をついて外を見ていた。そっちの方角は夕焼けどころか、すでに夜が広がっていた。


「症状は個人差がある。言われてみればそうだな、と僕も思った」

「うん?」

「だから、女性として一括りに見るのもやめようと、意識することにしたんだ」


 何の話?

 問いかけようとして、できなかった。クライヴの伏せた瞳が真っ暗闇だったから。


「僕は元婚約者が嫌いだ。あれは貢がない僕が悪いと言いながら、僕がいくら贈っても浮気を繰り返して挙式を先延ばしし、果てには式の予定を立てたあとで駆け落ちをしてだな」

「え」

「笑えるだろ? 散々迷惑をかけておいて、自分だけ甘い蜜を吸ってトンズラしようとした最低女だった。政治や法律の勉強に忙しかったせいもあって、見て見ぬふりをしていた僕も僕もだが」


 自嘲気味に笑う声が途切れて、すうと息を吐く。私は遅れて、クライヴの言葉を意味を理解しつつあった。


「あれと十年以上付き合っていたからか、年頃の女は皆そういうものかと決め込んでいた」


 ちらりと私を見て眉尻を下げる。


「すまない。あのときは、君がエドと浮気するつもりかと、早とちりしていた」


 悲しそうな暗い瞳は、夕日の残り香に照らされて、うるりと潤んでいるように見えた。



 ゆっくりと馬車が停まる。降りようと動くクライヴの袖を、反射的にきゅっと掴んだ。

 婚約破棄のこと、私、知ってたはずなのに、知ってたはずなのに。一番酷い方法で、この人を試すような真似をした。


「ご、ごめんなさい」

「いや、君が謝ることでは」

「ち、違うの。早とちりしたのは、当然で」

「どうした?」

「あの、あのね、クライヴが女嫌いだから、その、逆に同性が好きなのかなって、エド様と特別親しいよねって、ハンナたちと話してね。私とエド様の接触を拒否したら、二人はそういう仲なのだ、と」


 クライヴが宇宙に放り込まれたみたいに目と口をぽかんと開けた。「僕が、エドを……?」とわなわな震える。あわわ、鳥肌まで。ご、ごめんて。


「それで、あなたを動揺させるためにわざとそういう話をして」

「わかった。それ以上は言わないでくれ」

「ご、ごめん」

「全く、お姫様たちは想像力がたくましいな」


 苦笑気味に口角を上げてドアを開ける。降りる直前、思い出したように「そういえば」と振り向いた。


「調査報告で君は友人の数が同年代の人に比べて少ないと」

「よ、余計なお世話」

「だから次の舞踏会でエドを紹介しよう。あいつは交友関係が広いから大いに活用するといい」

「舞踏会……クライヴは行って大丈夫なの? 体調は?」

「風通しの良いところにいるから問題ない。それか、人の少ないところだな」


 軽やかに地面に降りて、私に手を差し伸べる。こちらを見上げる瞳はわずかに茜色。ぼやぼやした夕焼けでもクライヴに光くらいは差すことができるらしい。


「ありがと」

「あぁ」


 クライヴの手を取っておうちのほうへ歩き出す。

 おうちが背負う夜空にはお月様とお星様がきらめいていた。

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