2 お誕生日パーティーにまつわる情報戦
朝食の最中に、使用人がクライヴに何かの招待状を手渡した。
「誰からだ?」
「スミス伯爵家のご息女様からと」
スミス伯爵家に娘は一人しかいない。つまり、ハンナだ。
そうだ、友だちのアリアに「行けるかわかんないけど、私は行きたいから招待状ちょうだいって伝言よろしく」と言ってたんだった。
けど、クライヴ宛て? 私一人で行くから、私宛てでよかったのに。
クライヴも同じことを思ったのか、私を軽く睨みつけ、使用人に話しかけた。
「これは僕宛てにか? シーラにではなく?」
「クライヴ様宛てでございます」
「……そうか」
私は嫌な予感がした。
「ふむ、誕生日の舞踏会に、ぜひシーラとご夫婦で、か。どうして僕がこんな集まりに……」
心底嫌そうに、ダイニングテーブルにカードをぽいっと置く。
うえぇ。オッサンと一緒とか、私だって願い下げ。でも、ハンナのお誕生日はお祝いしたい。
「断るの?」
「さあ」
「さあって何?」
「…………」
はいはい、お得意の無視ですね。
クライヴはコーヒーを飲み干して退室していった。
「奥様、旦那様がこちらのお召し物を」
ある日の夜。そう言って使用人が私の部屋にドレスを運んできた。落ち着いて品があるけれど、ちょっとカジュアルチックな夜会用の。
可愛い可愛い。でも、私のものじゃない。
「これは?」
「来週の舞踏会用に、とのことでございます」
「舞踏会? なにそれ、私聞いてな」
「君の友人の誕生日パーティーに行くだろう」
これまたお得意の言葉被せ。結局パーティー行くことにしたんだと視線を送ったら「義理だ」と返された。さいで。
それはともかく、私もドレスくらいたくさん持ってますけど。
「わざわざ新しいのを? そんなことしなくても」
「君の持っているものはどれも僕の質と合わない」
「……あらまあ、お目がお高いのね」
「そうだろう」
む。嫌味なのに、すんなり受け取られると対応に困る。
困って、困って、困った末に、テーブルに置いてあったクッキーに手を伸ばす。クライヴはしかめっ面になった。何よ。
「残り日数はあまりないが、その間ぐうたらしないように」
「ぐうたら?」
「僕の隣に立ちたいなら、それ相応の身なりを心がけてくれ」
眉間に深い深ーいシワを寄せて、こほん。私の二の腕を指さした。
「これはさすがに見苦しい」
「なっ」
出ていく後ろ姿に、音にならない怒り声を浴びせる。お、乙女に向かって何言ってるんだ、あのオッサン!
口をぱくぱくさせて、行き場のない怒りを手を動かすことで発散。ようやく気持ちを落ち着かせて、残る使用人に叫んだ。
「わ、私、標準体型だよね!?」
「ご安心くださいませ、奥様。標準体型でございます」
「だよね! だよね!」
「ですが、毎晩マッサージをなさいましょう。お食事も少々減量なさいますほうがよろしいかと」
安心できないこと言わないで!
その日は、太陽光が暖かで晴れやかな日だった。
ハンナのお誕生日パーティーにやってきた。華やかに飾られたダンスホールの入り口で可愛い可愛いハンナにご挨拶。
「ハンナ! お誕生日おめでとう!」
「きゃーっ、シーラありがとう!」
ちゅっとお互いのほっぺにキスしてハグして一回転。隣でクライヴがわざとらしく咳払いをした。
なあに? 今、十代ではこの挨拶が流行りなの。二十代のオッサンは知らないだろうけど。
「じゃあハンナ、またあとで話そ」
「もちろん! クライヴ様もお時間がよろしければ、ぜひ」
「えぇ、喜んで」
言葉選びは紳士だけどニコリとも笑ってない。というか、クライヴの笑ってるとこ、見たことない。表情筋が死んでるんだと思う。
人の合間を縫いながら、そっと話しかける。
「ね、愛想笑いくらいできないの?」
「僕より上の人間に会うときは、そうするときもある」
「ってことは、ほぼしないんだ」
「…………」
この人、今までどうやって生きてきたんだろ。全然モテなかったんじゃ……。いや、私と結婚する直前まで婚約者がいたんだった。モテなくてもよかったタイプの人なんだ。
だから社交界でもあんまり見かけなかったのかも。
ん? ホールを歩き回る速度が、なんか。ちょっとクライヴ、歩くの速い。私が早足になってやっと追い付く、というほどに。
「は、速い」
「僕はこういう空気が肌に合わない」
クライヴは鼻を気にしているようだった。香水のせいかな。他の人の体臭とかもダメなのかもしれない。この人、ほんと神経質。
組んでいる腕をくいっと引く。
「休むとこはこっち」
「知っているのか?」
「ハンナのおうちだもん」
無理ならそうと言ってくれればよかったのに。
クライヴを休憩室兼談話室に置いてきた。招待客の挨拶が終わったハンナとやってきたアリアの三人で、いつものようにお話する。
「え! ハンナ、クライヴ様とお会いしたの?」
「カッコよかったわよ!」
「えー、羨ましい。シーラの結婚式、身内だけだったんだもの。私、まだお話したことないわ」
「あんなオッサンとは話さないほうがマシだよ」
「シーラは毎日お話できるからそう言えるのよ!」
きゃっ、怒られちゃった。
「クライヴのことはいーの。それより、アリアの気になるマックス様ってどなた?」
「今はね、あの角で話してる……あの茶髪のお方!」
「おおー、イケメンね」
「なんかやんちゃそうじゃない?」
「そこがいいの! 気さくで、とても素敵で」
マックス様は将校らしい。軍の帰都でしばらく滞在するんだとか。
「アリア、踊ってみたら? 周りにライバルいなさそうだし」
「やだシーラったら。恥ずかしいわ」
「隠れないでアリア。目が合ったら誘いに来てくれるかも」
「そうそう、熱い視線を送らないと!」
「二人とも、よくそんな強気でいられるのね」
怖気付くアリアの背中を押して、みんなで柱で話している将校さんたちに目線ビーム。一人と目が合って、くすっとした笑顔を返された。そして輪で話しながら親指をこちらを向ける。
「わっ、気付いたっぽい」
「本当ね! アリア、大丈夫?」
「待って、待って、緊張してるの。あぁ本当に、ハンナのお誕生日パーティーなのに、私ばっかりでごめんなさい」
「いいのよ! 楽しいから!」
「ねえ見て、こっち来るかも」
きゃっきゃっと身を寄せ合って話していたら、
「失礼。シーラ、ちょっと」
顔色の悪いクライヴに話しかけられた。休んでればいいのに、どうしたの。
クイクイッと指先を動かし、ついてこいのジェスチャー。それするくらいなら、手を取ってエスコートくらいして。
クライヴって、自分から全然私に触ろうとしないけど、私のこと汚いもの扱いでもしてるのかな。
ホールの隅でクライヴは息を潜めて言った。
「僕の妻としてこの場に参列している以上、行動を慎め」
「何? 私、そんな変なことした?」
「変なことはしていないが相手が悪い。あの将校を知らないのか?」
「知らない」
やれやれとため息。何ですか、それは。煽りですか?
「あれは南の駐屯地で女遊びが盛んだったと情報が上がっている」
「おんなあそび」
「それが娼婦なら僕も気に留めないが、相手はどれも身分の良い人妻だという報告だった。そういう嗜好なのだろう。独身の彼女たちはいいが、君はよくない」
つまり彼は人妻キラー。やんちゃそうという第一印象が妙にしっくり当てはまった。実際、遊び人だったということだ。
ただ、クライヴの言うことが正しかったとして、
「なんでそんなこと知ってるの? あの人と知り合いなの?」
「僕があんな人間と知り合いなわけがない」
「ならなんで?」
「危険人物がいないか把握するのは当然だろう」
「把握? どうやって?」
「君は何を言っているんだ? 調べたからに決まっている」
そっか。調べたから知っている。
おもむろに私は自分の体を見下ろした。ちょっと引っかかっていることが一つ。
「そういえば私、サイズ教えてない」
「…………」
「私のことも調べたの? このくらい聞いてくれたらよかったのに」
「…………」
「出た、だんまり」
「……僕の用は以上だ。君は友人と話してくればいい。彼女のためのパーティーなんだろう?」
クライヴはくるっと半回転して談話室のほうに去っていった。
会話はするようになったけど、都合が悪くなったら得意技発動させて、すーぐ逃げるんだから。
ハンナとアリアのところに戻ると、きゃーっと囲まれた。
「シーラ、何の話してたのよ!」
「もしかして、将校の方々を見ていたから? やきもち?」
「まっさか。妻としてああしろこうしろって文句言われた」
「それはおそらく照れ隠しね!」
「そうよ! お顔色がよろしくなかったもの。シーラのことすごくご心配なさってたのよ!」
「ううん、あれはただの人酔い」
何を言っても、二人に「「違うわ!」」と否定された。盲目信者たちめ。
でもまぁ、クライヴは良い情報を教えてくれた。私は大好きなお友だちに悲しい思いをさせたくないから。
将校たちがいる柱とは真逆の方向にある食事室のほうを見る。
「もう、今日はハンナのお誕生日なんだから、私のことはいーの! ケーキ食べよ!」
「良いわね! 踊る前の腹ごしらえね!」
「私、ハンナのおうちのケーキ大好きなの。楽しみだわ!」
自分で提案したあと、ふと思い出す二の腕事件。ケーキは食べるとしてもちょっと控えめにしよーっと……。