水たまりにさ
「あー最悪だわー。マジで最悪だわー」
角のとがったデビルの少女が言った。
「マジ? 最高じゃん」
耳のとがったエルフの少女が言った。
港町の喫茶店に二人の姿はあった。
「んー気になるねぇ。何が最高なのかな?」
「いや、お前の不幸は蜜より甘いからな」
「虫歯になれ。熊野郎」
「誰が熊だよ。あと虫歯にはもうなってるよ」
「はぁ? 大丈夫なのかよ?」
「大丈夫、エルフだから」
「エルフの歯にそんな高いスペックねぇだろ」
「そうだよ、ねぇよ。明日、歯医者だよ」
「マジかよ。いや、そんな話じゃねぇだろ」
「どんな話よ……いてっ」
「……なんか目の前に虫歯の奴いると、アタシの最悪が矮小に思えてくるな」
「気にしないでよ、自業自得だから」
「それは一理ある」
「おい」
「自分で言ったんだろ」
「で、何が最悪なのかしら?」
「それがよ。さっきここ来る途中に」
「猪にハネられた?」
「うん、違うね。だとしたらアタシはデビルを超越した何かだね。無傷ですむわけないからね」
「デビルを超越した……うーん、何だろ?」
「いや、いいよそこは膨らませなくて」
「分かった。で、何にハネられたの?」
「頼むからそこから離れてくれ。水たまりだよ、深い水たまりにはまったんだよ。もう新品のブーツが泥でコーティングされちゃったよ」
「マジ? 余裕で虫歯よりヤバいじゃん」
「いや、虫歯をなめすぎだろ! もっと自分の体を労れよ!」
「何その優しさに溢れたツッコミ。あやうく惚れ……いてっ」
「お前……若干それ気に入ってるだろ」
「そうね……いてっ」
「しゃーねぇ奴だな。治ったら一緒にパフェ食おうぜ……いてっ」
「お前もかよ」
二人は喫茶店をあとにした。